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【雑記】向こう側
ふと、このバイクから飛び降りたらどうなるのだろうと思った。
純粋な興味もあった。けれど、身体がくっついていても孤独なことに疲れて、その状況に空しさを感じ始めていたからかもしれない。目の前の身体は暖かいけれど遠い。ぼうっと見下ろす先に、視界に捕らえきれない速度で流れていくアスファルト。
大してスピードは出ていない。このまま身体を傾けたら、映画のスタントマンのようにぐるぐる回転しながら道路に叩きつけられて息絶えるのだろうか。後ろを走っている車に巻き込まれたら、さぞ迷惑だろう。
私は後ろのシートに乗っているだけだから、もしかしたらこのバイクの運転手はそのまま気づかず走り続けるかもしれない。それとも焦って後ろを振り返ってくれるのか。
昔、ダイビングをしていた頃がある。
免許はなかったからお遊び程度だ。知り合いのよしみで連れて行ってもらっていた。会社のふた回りぐらい年上の、とてもアグレッシブな上司に可愛がってもらっていた。他意はない。
海の中でレギュレーターを外すのは自殺行為だ。だから、絶対に海の中でパニックになってはいけないと教えられた。パニックになって外してしまう人がいるそうだ。普通に考えれば、命綱でもある空気を吐き出してくれるレギュレーターを外すことなんてありえない。なぜそんな事になるのか不思議だった。
何度か日本海を潜った。もちろん付き添ってもらって。
常夏のリゾート地ではなかった。水中は2、3メートル先が見えないくらい濁っていて暗く、夏でも少し海中は冷たかった。始めはその暗さが特に怖くて、耳元で大きく唸る空気の音にもびくびくしていた。皮膚に触れる水の温度と水圧が、自分が水中に居ることを思い出させてくれる。
海の中で、私は一人だった。
いつも一人だったはずなのに、それ以上に一人だった。
何もない暗い海。光が届かない底。ジェスチャーでする会話。叫んでもきっと届かない声。意識的に繰り返す口呼吸。重力を感じない身体。
何度も錯覚しそうになる。
ここは何処なのか?
もしかして今もまだ、布団の中で夢を見ているだけなのではないのか? 私はここに本当に存在しているのか?
目の前は暗く、泡が吹き出す音が異様に大きく聞こえ、身体の感覚すらなくなっていく。どこにも戻れないような、どこから来たのかも忘れてしまいそうな不安で呼吸が浅くなる。
息が苦しい。外の空気が吸いたい。この苦しいマウスピースを外してしまいたい。
あぁ、これなのか。
風の噂で、上司のダイビング仲間が亡くなったことを聞いた。 死の理由は分からないけれど、私はもう潜るのをやめた。
死ぬのは簡単だ。
自分が望んでいようがいまいが、一瞬で向こう側へ行ってしまう。
次元の境目は、息がかかるほどすぐ隣にある。
fin.
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