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ショートショートまとめ

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書いたショートショートをまとめてます。 結構面白いです。
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#短編小説

【ショートショート】弾き手をなくしたテレキャスターと

持ち主を失ったテレキャスターと2人きりで過ごすのも、そろそろ限界だった。
金にならない言葉で埋まったルーズリーフを握り潰して、思い切り投げようとしたけれど、軽すぎて勢いも出ないから、壁に届きもせずに情けなく落ちただけだった。

首を掻き毟って、このウザったい神経を全部引きずり出したらスッキリするかと思ったけど、もうのたうつ程のエネルギーもなくて、床に倒れ込んだ。
狭い天井には何も映らない。
部屋の

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【ショートショート】春風にのせて

お題:さよならを言う前に

さよならとまだ言いたくなくて、宛もないのにモタモタと公園に寄ったり、解けてもいない靴紐を結び直したりしていた。

悠はぴょこぴょことついてきて、いつも通りのたわいもない話をしていた。
歩き慣れた帰り道のアスファルトが、別人のようでいつもより靴底が馴染まない気がした。
私は悠と違って地元に残らないから、この道を歩くことはもうしばらくない。

春風が散らせた桜が足元で舞って

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【ショートショート】さよなら「爆音」

お題:さよならを言う前に

卒業までの数ヶ月くらいは、一緒に過ごせるものだと思っていた。
言いたいことを散々言って、勝ち逃げみたいにこの世から消えた君に、私はさよならもまだ言えていない。
君のおかげで私へのいじめはなくなったけど、代わりに君を失うと知っていたら、こんなことは願わなかった。
望んだ世界に君がいないなら、地獄の底でも君といた方が私は幸せだったけれど、君はそう思ってくれなかったんだろう。

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【ショートショート】おおきなのっぽのふるどけい

壁一面に時計のある締め切った工房。そこが親父の仕事場だった。親父は時計職人だった。齢はもう100を超えている。朝は6時に目を覚まし、7時に工房に入って、18時ぴったりに工房から出てくる。そのルーティーンが崩れたことはほとんどない。まるで時計のような人間だった。

親父は気に入った客にしか時計を売らない。作った時計は娘みたいなものだから、半端な奴にはやれないのだと言っていた。だから親父の工房にはい

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【ショートショート】夏を奪った人

お題:夏

夏に潜む切なさの正体が知りたくて。
世界から夏を奪った男は最期にそんなことを言っていたらしい。
地軸が平行になった世界では、日本に夏は訪れない。
空気の循環が狂って、寒冷化しどの季節も少し寒い。
私は水着で浜辺に座り、かき氷を頬張る。

赤道付近の国や、極地に近い国が領土を奪うため戦争を始め、世界は狂乱の渦となった。
敗色濃厚の中、自国の管理機能すら働かなくなって、国内は思うがまま暴徒

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【ショートショート】好き嫌いのない子

お題:好き嫌い

好き嫌いはしちゃダメと教わってきたから、何も愛さないことに決めた。
そのうち愛されたいと思うことすら辞めて、昆虫のように気高く生きてきた。
だから、今更困るんだ。
こんな風に愛を伝えられたところで、僕にはやり方がわからない。

今週10回目になる林田仁花からの告白を断ると、教室中にブーイングが起きた。
イキんなボケチビ、いらねぇならウチがもらうぞ、引き出し糠床にしたろか、などと物

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【ショートショート】不死の薬は誰がために

(帝視点)
かぐや姫が月に帰って、一年が経った。彼女が最後に残した不死の薬が入った瓶をつまみ上げて、ため息をつく。外に目を向けると、月はあの夜よりも傾いて、放つ光も不安げに見える。辛いだけだと知っていながら、気が付くと見上げてしまう。届かないことは分かっているのに。
 たまにすべてが夢だったのではないかと思うときがある。それぐらいには、現実離れした体験だった。しかし、この激情がいつだってそれを否定

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【ショートショート】星が溢れる

【ショートショート】星が溢れる

お題:星が溢れる

「こうして面と向かって話すのは久々だな」

天河タケルは口角を横に大きく開いて、ニカリと笑った。
暗闇に光るようなその笑顔は、最後に舞台で見た時と、なんら変わらないように見えた。

「そうでもないだろ。だってあれから1年も経ってない」

「9ヶ月話してなかったんだから、充分久々だ」

外は土砂降りでこの室内にも音は響いていたけれど、天河の声ははっきりと聞こえる。

「で、次回作

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【ショートショート】癒えない傷を見て

書く習慣 お題「絆」

中学の時分に絆を永遠と嘯いた女の瞳が私を見下ろしていることに、今更ながら皮肉な因果を感じていた。
そこまで仲良くならなければ、こんな結末は避けられただろうけど、当時の私にそんなこと、予測ができるわけもなくて。
どうしてこうなってしまったのか。
逆光で見えづらい瑞稀の表情を見上げながら、他人事みたいに考えていた。

瑞稀と出会ったのは中学2年の冬。
6人だけの寂れた塾に新しく

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【ショートショート】満ちて、欠けて

【ショートショート】満ちて、欠けて

書く習慣 お題「欲望」

どれだけ喰うなと言われても、腹が減るのは仕方ない。
父親は目の前で、流れ弾で死んだ。
後から見つけて、衝撃を受けた。
芽生えた暗い要望に手を伸ばした。

この衝動になんて名前を付けようか。
ジェイドは奥歯を噛み締めて、袖で口周りを拭った。

「ジェイド、アレ見てよ。綺麗」

白い指先が示す方向には、黄色い正円。

「ホントだ。ベランダからでもこんなに見えるんだね」

「ね

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【ショートショート】遠くの街へ

【ショートショート】遠くの街へ

それなりに混んでいたからだろう。
私がカバンを置いていったことには、誰も気づかなかったようだ。
カバンに入る大きさにするのは苦労したが、これで残りのパーツは一つ。

「さっむー。さすがに真冬にニットだけはキツい」

家に帰るとロングコートに手袋を付けて、用意していたカバンを持った。
先程と違う駅に歩いて向かう。
少し遠いが、やむを得ない。
相当歩いたはずだが、疲れている様子を見せる訳にはいかない。

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【ショートショート】9月とは友達になれない

【ショートショート】9月とは友達になれない

書く習慣 お題「現実逃避」

必死に逃げても、立ち向かっても結果は同じ。
ヤツは当たり前のような顔をして、僕たちの首を刈る。
こうして僕が目の前の現実から逃げて、ロクに集中もできないゲームを続けている間にも、ヤツは刻一刻とその距離を詰める。

「9/1」

それが、僕が恐れる死神の名前だ。
部屋にかけたサッカー選手のカレンダーに視線を遣る。
メッシの左足がサッカーボールに光速を与える瞬間のアップ。

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【ショートショート】再会に鼻歌を

【ショートショート】再会に鼻歌を

書く習慣 お題「君は今」

同窓会の欠席は1人だけだった。
それが河本陽菜乃だと知った時、落胆と安堵が両立していた。
河本陽菜乃は高校時代の元カノだ。
別々の大学で遠距離恋愛をしていたが、ちょうど1年くらい前、好きな人ができたとフラれてしまった。
僕自身、まだ諦めきれていないところがあったので、会う機会が喪失したことは残念に思う。
ただ、実際に会えたとしても何を話せばいいか分からなかっただろう。

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【ショートショート】不幸体質の

【ショートショート】不幸体質の

書く習慣 お題「同情」

「何があったのか、聞いてもいい?」

幼なじみを見据えて、私は言う。

「何って言われても……見てのとおりただの怪我だよ。スピード出してる自転車にぶつかられた」

「なんでバッグないの?」

「ひったくり、バイク乗った人がバーって持ってった」

「なんで下だけジャージ?」

「これは近く通った車が水溜まり撥ねてって、それ被っちゃっただけ」

「柚希、2ヶ月に1回くらい。そ

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