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安藤むるめ
2020年7月20日 19:08
■緑葉[読]りょくよう緑の葉[例文]雨は降っていないのに、靴の中が湿っぽい7月の梅雨の朝に、若くて力強い木が夏に手を伸ばすみたいに緑葉の枝を伸ばしている。その勢いは公園を囲む柵を簡単に乗り越えて、近いうちに体ごと地面に投げ出してしまいそうに見える。まるで湿度の高さにもんどりうっているようにも見えて、もうちょっとの我慢だよと一人ごちる。それにしても成長というのは、みていて本当に
2020年7月9日 22:07
■退屈[読]たいくつ退く屈[例文]リビングの飾り棚に置くものがなくて空間が詰まらない。もっとあれこれ飾れば目も楽しいし心も躍るかなと思い立つ。次第に賑やかな装飾で棚は埋まったけど本当に欲しいものはみつけられないでいる。仕事の予定が詰まらなくて無理にいろいろと電話したりするけど、話すべきことを思いつけないまま受話器を握っている。身体が硬まってくる。でも職場だと気分転換にスト
2020年6月18日 09:05
■泥酔[読]でいすい泥が酔う[例文]いっぱい飲んでかっぱらいにあった酔っ払いはカッパの群れにあったその群れを突破するとオカッパのおんなのこおっぱいのところにすっぱいパイの描かれたTシャツおんなのこのお母さんがやってきてパッパとその手をひっぱっていったパパはさっぱりしていてやっぱりつっぱりだった
2020年6月10日 23:56
■地獄[読]じごく地の獄[例文]やかましいほど賑やかな女性用の化粧室は薄い壁を隔てた給湯室の隣にあった。給湯室のコーヒーメーカーは昼過ぎにはいつも空っぽで私がコーヒーを淹れている。弁当箱を洗うのに混まない時間だったし、午後のやる気スイッチをゆっくり押す時間に設定していたのだ。コーヒーが沸くのを待っていると、いろんなひとの悪口が薄い壁の向こうから、悪魔のように単調な口調で聴こえ
2020年6月8日 23:38
■蠱惑[読]こわく蠱う惑[例文]背の低い黒髪のショートカットの女の子と付き合うことになった。クセがついた髪の毛をいつも気にしている娘だった。彼女はある日、鼻の脇にあるホクロが特徴的な友達をうちに連れて来た。リビングのソファに座って二人はヒソヒソと内緒話を始めた。私が何か話しかけても二人は顔を見合わせて笑うだけだった。私は彼女たちの方に足を投げ出して椅子に座り、その様子をじっと
2020年5月27日 22:10
■貢士[読]こうし貢の士[例文]体育会系のしきたりだとか、年功序列の政治的世界に浸った人達と一緒にいるのがいやさで入ったつもりのアパレル業界なのに、大企業で、そんな連中とそっくりなのが出世したりしている。これまで個人で顧客を作っていく高単価のメーカーから転職してきた私にとって、驚くほど無駄にしか思えないことに、みんなが気を配っている。とうとう年貢の納めどきがきた気がした。これ
2020年5月22日 17:13
■別離[読]べつり別つ離[例文]気がつけば隣にいて何でも気兼ねなく話せる上に心の深いところから敬意の湧き立つような友人がいた。磁石に引き付けられる鉄片のように引き付けられて出会い、見えない糸で繋がれたまま別れたような友人だった。普段はできないことも、その人が近くにいれば乗り越えられる気がして実際に乗り越えた。野をこえ山こえ海こえて見つけた1000人よりも私に力をくれた。
2020年5月19日 14:25
■電話[読]でんわ携帯電話がなかったころの話[例文]あたりの闇にもしっとりと潤いを与える雨の夜に初めてできた恋人と電話をしていた。付き合ったばかりの私たちには話すことがたくさんあった。何が好きなのか、誰と仲が良いか、今ほしいものは何か、目の前に何があるか、今日は何を食べたかとか。とにかく話題はなんでもよかった。私たちは毎晩のように長電話した。彼女はサックスを欲しがっていた。
2020年5月17日 17:30
■失敗[読]しっぱい失う敗[例文]私の受験は終わった。その夜カーテンは閉ざされて、雨夜のようにしっとりとした部屋は闇に濡れて薄暗かった。美しいものはまるで無くなってしまい、あたりの気配は鋼鉄のように冷たくなっていた。小さな音でスピーカーから流れる父のクラシック音楽が氷のように部屋の冷たさを増していた。これまで私が詰め込んできた知識と時間は無意味に死んでいきこの場で弔われている
2020年5月15日 22:44
■背中[読]せなか背の中[例文]柔らかいシャーベットがスプーンにひとすくいされたように山はえぐられていて、そこから海までの間には日に焼かれたセメントと灰色のくたびれた鉄工場が横たわるように並んでいた。広大な鉄鋼施設の中には運動広場や娯楽施設もあったが、海と陸の境目にあるすみっこの魚市場がいつも賑わいを見せていた。潮で錆びた頼りない簡易テーブルの上に発泡スチロールを並べて、鯒や
2020年5月13日 21:30
■離婚[読]りこん離れた婚[例文]男物の見知らぬ靴が律儀なリスの前歯みたいに固く玄関に並んでいるのをみて、生まれて初めて静寂のざわめきというものを耳にした。遠雷が轟くように胸の奥に響いたあと黒くて重たいものが全身をかけまわり、頬は痺れて、時間をひどく長く感じさせた。玄関に立ちすくんで静寂の後に聞こえてきたのは、ガラガラと音を立てて崩れていく未来であり、これまでにないほど頭がク
2020年5月10日 23:23
■進化[読]しんか進む化学[例文]その国道はトラックの排気ガスや工場の黒煙が太陽に徐々に焼かれながらアスファルトをはね返り周辺いっぱいに淀んでいた。信号を左折して山道に入る。麓にはゴルフの練習場と野球用のコートがあった。勾配が急になってくると、道はクネクネと曲がりそこで視界に入るのは、白い岩肌が剥き出しにされた崖と海に沈もうとする金色の太陽だった。山の中腹には病院があった。こ
2020年5月8日 23:24
■帰路[読]きろ帰り路[例文]学校からの帰り道、彼女と手を繋いで歩いていたら路上に赤いボルボが駐車されているのを見つけた。カッコよかった。畑に囲まれた路上に流れる血のように赤いVOLVO‘V70に向かってゆっくりと近づいた私は、彼女の手を離して車内を覗きこんだ。後部座席で寝そべっていた男と目があい、しまった、と私は思った。パッと視線を外して彼女の手を取り直し、少し遠い向こ
2020年5月7日 21:32
■空洞[読]くうどう空の洞[例文]帰省していても落ち着かなくて、この連休が明けて実行しなければならない仕事の不快さが、じんわりと薄い影になって私のそばから離れなかった。黒い恐怖に常に押し込まれていて、まんじりともせず、頬が痺れているのをそのままにしておいた。そういうわけで今そこにあるはずのない緊張を抱えたまま帰省中の時間を過ごした。私を安心させたのは両親が元気そうだということ