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むるめ辞典

■失敗

[読]しっぱい

失う敗

[例文]
私の受験は終わった。その夜カーテンは閉ざされて、雨夜のようにしっとりとした部屋は闇に濡れて薄暗かった。

美しいものはまるで無くなってしまい、あたりの気配は鋼鉄のように冷たくなっていた。小さな音でスピーカーから流れる父のクラシック音楽が氷のように部屋の冷たさを増していた。

これまで私が詰め込んできた知識と時間は無意味に死んでいきこの場で弔われているようだった。

それはつまり、私がこれまで目標としてきた門が閉ざされて、積み上げてきたものがガラガラと崩れて倒れた後に、荒凉とした国の山河のような寂しさが身体に染み入る瞬間だった。

外で開花を待つ桜はもはや喜びの花ではなくなり夏草は伸びるのをやめ枯渇の悲しみにかわった。灰色をしたアスファルトは熱を帯びてジリジリと身を焼いていくようだった。

黒くて重たいものが血管を流れるまま春を迎えることがこれほど辛いことだと、誰も教えてはくれなかった。

このとき私に残ったものは、時の流れに堪えうる鍛え抜かれた音楽が、悲しみを呼び起こす記憶のスイッチに変わったことだった。

ベートーベン交響曲第5番 運命

この曲は私にとって失敗の象徴であり再生の盤である。春にこの曲を聴くときは、何かがうまくいっていない、どこかの地点に自分を引き戻そうとする時に限られている。


サポートしていただいたお金で、書斎を手に入れます。それからネコを飼って、コタツを用意するつもりです。蜜柑も食べます。