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2023年1月の記事一覧

story 庭守りの花

story 庭守りの花

私はある停車場で
汽車を降りた

花の匂いがする

改札の向こう一面に
満開に咲いた花の庭がある

この花は食べられるのですか?

庭守りは
傍の花を一輪摘むと
こちらへ寄越した

甘い…

ぼんやりと何かがよみがえってくる

私は独りでここまで来た
頼ることも関わることも避けて来た

何も見ないように
何も気づかないように

そうしているうちに
自分の本当の気持ちさえ分からなくなった

私は庭守

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story その生き物

story その生き物

その生き物は大きく欠伸をした
もう随分出し切ったやうだ

これで結構働ゐたのだ
次の波が来るまで
俺の役目は無ゐだらう

深海へ潜るやうに
その生き物は瞳を閉ぢた

岩のやうな姿が
後ろの景色へ溶け込んでゆく

ゐづれまた時が来たら…

引ゐて行く潮と共に
そゐつは靜かに消へてゐった

story 声は聴く

story 声は聴く

悟りなんてそんな大仰なもんじゃない
俺はただ苦しかったのだ
ただただ苦しかったのだ
なぜ苦しいのか知りたかった
全ては自分のためだった
それが知りたかっただけだ
それだけだ
慈善なんてものは微塵もない
お前もそうだろう
知りたいだけだ
だが知ってどうする
お前の内に留めるか
留めてどうする
お前も大きな渦の些末に過ぎない
ならば知らしめるか
知らしめてどうする
・・・
答えがないならそれが今のお前

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story I

story I

I はそれが
ようやくなんであるか分かった

私だ…
私自身なのだ

喜びも
悲しみも…

世界は全て
「私」に起因しているのだ

story ある、話し。

story ある、話し。

私ね、
昨日突然止められたの

夢中になっていた事が
あったんだけど

ヒューズが飛んだように
終了したの

それでね、
あぁ、違ってたんだなって思ったの

熱に浮かされたみたいに
夢中になっていたけど
少しのめり込み過ぎていたんだなって

途中から
何となくは気づいてたんだ

でも止めなかった

だから、
そっちじゃないよって
言われちゃった

分かるけど、
そっちじゃないよって

それでね、

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story ルアン

story ルアン

4つ下のルアンは
弟のようでもあった
どこの国の出か
陶器のように白い肌と
翡翠のような目をしている
歳のわりに
表情が大人びていた
ウェンは何かと面倒を見てやった
ルアンといると
邦に残した弟妹のことを思い出した
どうしているだろう…
もう踏むこともない故郷の土
懐かしい景色が
目の前を掠めた
ルアンは喋らなかった
心を閉ざしているのか
それともこの国の
言葉を知らないのか
異国の少年は
奇異な

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story 雨の古書店

story 雨の古書店

雨の為、閉店
なんだよ…
この店
天氣で営業してんのか…
ハルトは店の軒下の
小窓に貼られた
紙切れの文字を眺めた
眺めながら
嫌いじゃない…
と思った
客のことなんか
考えてなさそうな
店主の横顔が浮かんだ
いつもと違う道を通ろうか…
そう思って入った静かな路地
古い街並みと店が
いくつか立ち並ぶ中に
この店はあった
小窓から見える
白熱灯が
やけに目を惹いた
その下に置かれた
いくつかの本

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story 朝靄

story 朝靄

時計の針は
午前4時を指している
まだ暗い
夜明けがすっかり
遅くなった
ブランケットから出ている
鼻先が冷たい
ここ2・3日で
めっきり寒くなった
カーテンの隙間から
そっと外を覗く
薄明かりの中
枯葉が露に濡れている
チサは静かに
ベットを出ると
つま先立ちして
キッチンへ向かう
キッチンは
居心地の良い場所だった
憧れて購入した
ダルマストーブに火を灯す
紅く燃え出す色が良い
スリッパを

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story その続き

story その続き

ユウは読みかけの本を
膝の上で閉じた
小説だと分かっているのに
他人の人生に
一喜一憂することもないのに
意地の悪い作者だ…
結末が読めてしまえば
もう頁をめくる意味もない
やるせないじゃないか
なんだよ…
主人公に
肩入れする気はないけれど
やるせないじゃないか
ばかみたいに
一生懸命になって
最後がこれかよ
そこまで思って
ユウはまた
その続きが気になった
その続きは…
想像なんて
たかが知れ

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story 琥珀に溶ける

story 琥珀に溶ける

まるでイミテーションね…
女はグラスを傾けながら
遠い目をした
スポットライトなら
もう飽きるほど浴びたわ
カウンターの
灯りが揺れている
そんな言葉じゃ慰めにもならない…
甘い言葉は世間知らずの
かわいいお嬢ちゃんに
あげることね
コバルト色の服から
滑かな肩を覗かせて
女はシガレットに
火をつけた
滴り落ちそうな
真紅のネイルが艶に光る
死の淵に立った女を口説こうなんて
バカな男ね
女は細く煙

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story 月夜〜追記・千編〜

story 月夜〜追記・千編〜

初めは僅かな違和感だった
夕暮れ時になると体が重く
ひどく疲れを感じた
それから時折り
咳き込むようになった
風邪でもひいたか…
そう思い
薬湯を飲み早めに休むと
翌日には和らいだ
そんな具合がしばらく
続いたある日
吐血した
千は長からの命で
隣国の動きを探っていた
戦さになるかもしれなかった
その日は里へ戻ったのが
とおに夜半を過ぎていた
露が降り冷える
また体がひどく重かった
戸口の側まで来

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