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story ルアン

4つ下のルアンは
弟のようでもあった
どこの国の出か
陶器のように白い肌と
翡翠のような目をしている
歳のわりに
表情が大人びていた
ウェンは何かと面倒を見てやった
ルアンといると
邦に残した弟妹のことを思い出した
どうしているだろう…
もう踏むこともない故郷の土
懐かしい景色が
目の前を掠めた
ルアンは喋らなかった
心を閉ざしているのか
それともこの国の
言葉を知らないのか
異国の少年は
奇異な目で見られた
ある時
何がきっかけだったのか
他の少年たちに囲まれた
嘲り
罵り
辱め
異常な様子に
ウェンは考えるより先に
体が動いた
ルアンと少年たちの間に
割って入り
ルアンを抱きかかえるように庇った
ルアンはじっと目を閉じている
つまらない事は止めるんだ
こんなことをして何になる
お前たちは自分で
自分の顔に泥を塗っている
年上のウェンの言葉を聞くと
少年たちは
退くように散って行った
ルアン…
顔を覗こうとすると
ルアンは表情を見られたくないのか
ウェンの胸に頭を押し付けた
押し付けたまま
小刻みに震えた
胸にかかるルアンの息が暖かい
泣いているのか…
ウェンはどこかホッとした
お前が泣けるこでよかった…
どこで生まれて
どんなふうに
生きて来たのか
甘えることなど
およそ知らない少年の
細い肩を抱きながら
ゆっくりと背中をなでた
私も買われて来た身の男だ
お前の気持ちは
わかるつもりだ
透き通るような
翡翠の瞳が
こちらを見ている
私はこの瞳を
裏切ってはいけない…
ウェンの中に
どこか懐かしいのものが
流れた
ずっと昔に蓋をしたもの
血が通うというのは
こういうものだろう…
冷え切った心に
流れていく一筋の
暖かいのもを
ウェンは感じながら
愛おしいと思った
生きるとは
こうも苦しいものか
だが
苦しいほど愛おしい
腕の中で震える命を
守りたい
そう思った


ことばはこころ。枝先の葉や花は移り変わってゆくけれど、その幹は空へ向かい、その根は大地に深く伸びてゆく。水が巡り風が吹く。陰と光の中で様々ないのちが共に生き始める。移ろいと安らぎのことばの世界。その記録。