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story 雨の古書店

雨の為、閉店
なんだよ…
この店
天氣で営業してんのか…
ハルトは店の軒下の
小窓に貼られた
紙切れの文字を眺めた
眺めながら
嫌いじゃない…
と思った
客のことなんか
考えてなさそうな
店主の横顔が浮かんだ
いつもと違う道を通ろうか…
そう思って入った静かな路地
古い街並みと店が
いくつか立ち並ぶ中に
この店はあった
小窓から見える
白熱灯が
やけに目を惹いた
その下に置かれた
いくつかの本
無秩序なことが
さも秩序立っているよな
佇まいに引き込まれた
店のドアノブを押す
チリン…
いかにもノスタルジアな
音を立ててドアは開いた
静かにクラシックが流れている
レコードか…
どこからか
コーヒーの匂いがする
使い込まれて
艶がかった
アンティーク調の家具
テーブルや窓辺に
何冊か
誰かの読みかけのように
本がある
天井に照明はなく
店内の所々にランプが
置かれていた
ハルトは近くにあった
古書を手に取りソファに座った
それから何時間いただろう
薄いカーテンから西日が漏れている
はっと我に帰り
本を置くと
ハルトは店主に
軽く会釈し
店を出た
こちらを見ているのか
いないのか
鼻の上の眼鏡をずらし
レコードを変えている
それから何度か
ハルトは
この古書店を訪れた
コーヒー一杯で
好きなだけ本が読めた
店主の素知らぬ素振りも
ハルトには居心地が良かった
そういえば
雨の日に来たのは
今日が初めてか
雨の日だから
本が読みたいんじゃないか…
そう呟きながら
嫌いじゃない…
そう思った
世の中の
何にも囚われていないような
顔をしている
この店が
ハルトには
小気味良かった

ことばはこころ。枝先の葉や花は移り変わってゆくけれど、その幹は空へ向かい、その根は大地に深く伸びてゆく。水が巡り風が吹く。陰と光の中で様々ないのちが共に生き始める。移ろいと安らぎのことばの世界。その記録。