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#一日一文

マイナスの掛け算

マイナスの掛け算



 女は数学が苦手だった。
 テストでは赤点ばかりで、どんなに丁寧に解説されても理解できない。
 彼女の数学に対する苦手意識はマイナス同士の掛け算から始まった。
 プラスとプラスをかけると、増えるというのはわかる。
 マイナスとプラスをかけると、マイナスが増えるのもなんとなくわかる。
 だけれども、マイナスとマイナスをかけると、プラスになることが理解できない。
 マイナスがマイナス分増えそうでは

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5W1H兄弟

5W1H兄弟



 5W1Hという6人兄弟がいる。
 長男のWhenはとてもせっかちな男。
 仕事の納期に厳しく期限が近づくと「いつできる? いつ?」と相手をまくし立てる。社内一嫌われているので会社の飲み会に誘われない。
 次男のWhereは極度の方向音痴。
 地図を見ていても目的地にたどり着けず、街の中をさまよいながら「ここはどこだ? どこなんだ??」と徘徊している。Googleマップを見ていても反対方向に自

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筋肉治療

筋肉治療



 人との距離感を計ることが苦手だった僕は、学生時代ずっといじめられていた。
 部屋にこもりがちで夜中に活動をしていたものだから、青白くて脂肪だらけの肉体となり、大学に進学しても友人ができることはなかった。
 このまま寿命がつきるまで、何十年もこんな人生を歩まなくてはならないのかと思うと吐き気がした。
 いっそ、もう終わらせてしまおう。
 僕には生きること、毎日を積み重ねていくことが苦痛でしかな

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鯖国民

鯖国民



 日本人というのは、周りがやっている事を自分もやらなくちゃいけないという同調民族だと聞くので、本当にそうなのかと試しに、めちゃくちゃ不味いラーメン屋の前で
「あー早く食べたい! 三〇分並んだかいあっていよいよ次だ! わくわくするぜ!」
 などと喚いていたら、僕の後ろに長い列が出来た。
 これは金儲けに利用できそうだと考えたオレは、つまるところサクラを駆使して、フィルムカメラやでんぷん質のドリン

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種なしブドウ

種なしブドウ



「この種なしやろう!」
 果物仲間にそう罵倒された僕は、シャインマスカットと共に肩をすくめた。
 『食べやすい果物』という理念のもと、幾度も品種改良されてきた僕たち ピオーネやシャインマスカットに種という部位はもうない。
 僕たちもはじめは違和感を感じていたが、時が経つにつれ次第に慣れて、今じゃ自分たちに種があった日々がどんなものだったのか定かでない。
「子孫を残すための大切な種を捨てるなんて

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ネオ桃太郎

ネオ桃太郎



 昔の話ではなく、現在進行形の某所。イケおじと美魔女は第一子を授かった。
 実に健康的な男の子で、名を桃太郎と言い、共働きの両親や児童館の大人たちに見守られながらすくすくと育った。
 ある日、桃太郎はイケおじと美魔女に
「おれ鬼退治系YouTuberになりたい」
と伝えた。イケおじが
「鬼という表記は、コンプライアンス的に問題であるから『怖いもの掃除』とか『怒りっぽい人』とか、なんかイイ感じに

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生かし屋

生かし屋



 オレは生かし屋。人を生かすのがオレの仕事だ。
 報酬さえ貰えば、いくらでも生きることを後押しする。
 育児放棄された子どもに飯を振るまったり、ビルの屋上から飛び降りようとする若者を救ったり、病に侵された老人に希望を与えたりする。
 オレは青少年保護団体や医者ではない。
 なにかを生かす仕事であれば受ける。そして生かす為には目的も、手段も選ばない。
 だから製品会社で没になった企画を生かす仕事

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我利我利くん

我利我利くん



※我利我利亡者
仏教用語。他人を顧みず、自身の利益ばかり考えること。または、他人を顧みずある物事に執着すること。やせ細った人に対する形容はここから由来。

***

オレは我利我利くん。いつも飢えている。
髪の毛は五分刈り。いつも何かを欲している。
オレは我利我利くん。欲しいものは何がなんでも手に入れたい。
そんなオレはソーダ味の某棒アイスをむしゃぶりながら、まれに棒切れに刻まれる当たり印を欲

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こにゃる

こにゃる



金に困ったらタピオカを始めろ、なんて言葉を至る場所で耳にするほど、タピオカの経済効果というものはすごい。
それはタピオカの原価がとんでもなく安いからであるのだが、しかしながらそうなると、原材料の争奪戦になる訳で、今まさに経済的、金銭的ピンチの僕にとってはキャビアと同等なくらい手に届かない存在だ。
 とにもかくにも丸くて、プニプニしていればいいのだ。
そう言い聞かせて、試しに玉こんにゃくをほうじ

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待てば役所の日和あり

待てば役所の日和あり



 今までずっと避けてきたが、そんな僕にもついに役所を訪れる日が来た。
 自然災害、謎に包まれる病、失業や都市開発など、様々な事柄が日々生まれる中、それらの対処に追われる役所では人手不足も相まって、手続きにかなりの時間を要する。
多くの知人から「役所に行くと想像している三倍時間がかかる」などと聞かされていた為、できるだけ関わりのない人生を歩んでいた僕だったが、第一子の出生届を出すべくその地に足を

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もぐら娘

もぐら娘



 彼女は異常なほど、光と音に敏感だ。
 見事な秋晴れの空を皆が嬉しそうに仰いでも、彼女だけは俯いてサングラスをかけているし、駅のホームに電車が入ってくると必ず両手で耳を塞ぐ。
 工事現場の近くを通る際は唇を噛みしめながら駆け足で通り過ぎるほどで、あまり都会に向いていない。
 日差しに弱くてとても音に繊細だから、社内では彼女のことをもぐらみたいだから、と『もぐちゃん』と呼んでいた。
「私、安心す

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後期高齢恋愛化社会

後期高齢恋愛化社会



 待機児童、高い学費、教師の減少、増税…。子どもを育てる為の環境が極めて劣悪な日々が続き、多くの人が子どもを持たなくなった。
 子どもたちの笑い声が消えた今、日本国は六五歳以下の人間がいない、超高齢化社会となっていた。
 カフェで取り扱う飲み物は全て前茶、ほうじ茶、白湯となり、若者の街原宿は、巣鴨と化した。
 皆一様にどこかしらが痛く、昔流行したスポーツジムは、今や全てリハビリテーション施設と

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ゾクゾク虫

ゾクゾク虫



季節の変わり目などに、ふと悪寒を感じたかと思ったら、途端に高熱が出たりする。
それはゾクゾク虫の仕業だ。
 ゾクゾク虫はとても小さな虫で、なかなか肉眼で見つけることが出来ない。
ゾクゾク虫に刺されると、背筋が震えて発熱したり、咽が痛くなったり、咳込んだりする。
主に冬に活動をし、しかし時たま夏に刺される者も出る。
 このゾクゾク虫を駆除しようと、世界中の専門家が躍起になって薬を開発し、ついに完

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マスクのある日常

マスクのある日常



 駅前に新しくできた写真機は、とびきり綺麗に写ると若者の間で話題だ。
 中でも特にマスクを美しく写すようで、写真館で撮影するよりも綺麗に仕上がるそうだ。
 流行に敏感な私の娘も興味があるようで、撮影の為の支度をしていたが身に付けたマスクから鼻先が覗いている。
「極めて破廉恥! 嫁入り前の娘が何をしてる!」
 と叱りつけた所
「これが流行ってんの!」
 と一瞥された。
 マスクの下というものは、

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