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ショートショート(掌編)集

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短いお話たちです。
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2021年9月の記事一覧

死神に会いました【掌編】

死神に会いました【掌編】

遠くから僕を見ている人影を見た。
変わる信号、動き出す足取り、通り過ぎていく人々。
その隙間から、時に誰かに遮られながら、
僕とその人影は見つめ合っていた。
そいつの正体は、ひと目見ただけでわかった。

「・・・死神だ」

―――

ああ、生きることが退屈だ。
なんの手応えもなくて、味気もない。
人生ってやつが噛んでいることすら忘れてしまうほどに存在感をなくしたチューインガムのような、そんな無意識

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踊っていたら、寝てた【掌編】

踊っていたら、寝てた【掌編】

企画書とのにらめっこ。
刻一刻と、一日が削り取られていく。
はて、わたしは何を考えているのか、
それとも《何か考えているポーズ》をとっているだけなのか。
コーヒーを淹れて、飲み干し、また淹れてを何度も繰り返している。

頭がカフェインのおかげ冴えていくのと比例するように、
トイレに行く回数が増えていく。

着席、企画書とのにらめっこ、コーヒーが底をつく。
コーヒーを淹れに席を立ち上がり、また戻って

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いつか来るって思っていた別れ【掌編】

いつか来るって思っていた別れ【掌編】

いくか来るって思ってた。
でもいざくると、心に重くのしかかるそんな別れ。

―――

僕は学生寮で共同生活いとなんでいる、どこにでもいる大学生だ。

もちろん、寮で寝泊まりをし、
寮でご飯を食べ、そして排泄をする。
しごく自然な流れである。

そして、また寮で共同で洗濯し、
さらには共同で洗濯物を干して、取り込み、畳んでいく。
これもまた、自然な理である。

だから、いつかくるとは思っていた。

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壁越しの声【掌編】

壁越しの声【掌編】

真夜中のことだ。
騒がしい声に僕は目を覚ましてしまった。

重い頭を持ち上げて、僕は声のする方に顔を向けた。

何を言っているのかはわからないのだが、
壁越しから聞こえているようだった。

その音の輪郭を捉えることはできなかったが、
ただその声が大きいということだけはわかる。
どうやら日本語ではない「なにか」が語られ、誰かと誰かが意思疎通しているようであるが、その声が伝達しようとする情報をまったく

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バットを振る【掌編】

バットを振る【掌編】

野球はやめた。
何年前だ?
かれこれ10年近く前になるな。

それでも夜の8時になると、自然とバットを持って近くの公園にでかける。
なにかの力に引き寄せられるように、無意味だと知っていながら私はバットを振りに行く。
立つべきバッターボックスも、対戦するピッチャーもいないのに、その前段階の準備作業を何度も何度も繰り返す。

バットを振る。
体重移動を確認する。
腰の動きを繰り返して、体全体を連動させ

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あなたは私の構成物質【掌編】

あなたは私の構成物質【掌編】

「あなたは私の構成物質」
突然、彼女のフウコが語りかけてきた。

「こうせいぶっしつ?あの、細菌の繁殖を抑えたりできる万能薬のこと?」

「細菌?あ、それは抗生物質ね。同音異義よ。私が言ってるのは、構成物質!あなたが私を構成している一部だってこと」

「僕がフウコの構成物質?それはそれで、どういうことなのさ?」
僕は少し嫌な予感がした。フウコがこういった突拍子のないことを言い出すときは、決まって何

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かつおぶしの旅②【掌編】

かつおぶしの旅②【掌編】

かつおぶしをくわえた猫は、騒々しい町並みの影を縫うように駆けていった。
目指すは海である。

「・・・ありがとうな、猫さん」
かつおぶしは一言そういったきり、家を飛び出してからしゃべらなくなった。

しかし、猫はそんなかつおぶしに気をつかえるほど、心の余裕はなくなっていた。
なぜなら、かつおぶしをかじりながら走るということが想像以上にきついことだということを、猫は数分の間でひしひしと感じていたから

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そよ風が頬をなでた。【掌編】

そよ風が頬をなでた。【掌編】

「カンヅメ」その一言がとてもふさわしい。

朝起きて夜寝るまで、自宅の一室でほとんどすべてが完結している。

午前は論文作成、午後も論文作成、夕食後も論文作成。
そんな日々に、Bは満足しつつも、退屈していた。

研究の繰り返しの繰り返し。
たとえ好きなことであっても、習慣化されていくと「自分の意志とは違うところ」で日々の行動が行わていくように感じられる。

人はいう、「好きなことでも仕事にしたとた

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かつおぶしの旅①【掌編】

かつおぶしの旅①【掌編】

「当然のことだが、わたしを削っていくと、段々とすり減りへっていくのだよ」
そうかつおぶしが言った。
「芳しい香りと共に、わたしはだんだんと細くなっていくんだ」

「かつおぶしさん、どうかしたんですか?」
彼の隣に座っていた猫が尋ねた。
「なんだか、声が弱気になっているようだけど?」

「猫のあんたも、わたしみたいに細くなっていけばわかるさね。わたしみたいに寿命を可視化できるようになったら、猫でも犬

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たんすとダンス、したんです【掌編】

たんすとダンス、したんです【掌編】

揺れる車内。
車の窓から見える町並みは、だんだんと広大な自然風景に変わっていった。

わたしは今日、おばあちゃんの家に行く。

―――

久々の家族旅行だ。
旅行と言っても茨城の母の実家に遊びに行く程度のことであるが、パンデミックの影響もあり家族でどこかにいくというのは1年ぶりになる。

わたしの父と母は、どちらも公務員で同じ都内の市役所で働いている。
いわゆる職場結婚をして、一人娘であるわたしを

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《世界》を決めつけた男【掌編】

《世界》を決めつけた男【掌編】

「世界は、すなわち私の心だ!」

それがAが下した結論だった。

――――

「世界はいつだって、私のことを《愛している》!」
Aはとても満足そうにそう言った。

「世界が君を?」
友人Bが不思議そうに、彼に聞いた。
「どうしてそんなことがわかるんだい?」

「私がそう決めたからだよ」

「そう決めた?」

「世界の形を決めているのは、物理法則じゃないんだ。それらはただ、世界を成り立たせている要素

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あなたは誰ですか?【掌編】

あなたは誰ですか?【掌編】

「あなたは誰ですか?」

そんな言葉が、騒然と僕の体中を駆け上がった。
足元から何かが崩れ落ちるような、よりどころのない不安感が胸の奥に広がった。

ーーー

久しぶりにあった、3年前に別れた彼女。
高校卒業と共に、いや、大学進学と共に、僕らの関係は自然とリセットされた。

そんなことになるとは思いながら、僕らは「そんなことにならないよね」と何度も確認しあっていた。
もちろん、忘れていくって知って

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2つの心【掌編】

人の悪意を感じることがある。
それはふとした瞬間のことだ。

いや、悪意というにはもっと些細で、ありふれていて、それでも心にねっとりと染み込んでくる、そんな視線のことだ。

会話の中で、ふと。
メールのやり取りの中で、ふと。

そういった、ふとした瞬間に、その視線が僕の顔を捉える。

「・・・はあ」
誰もいないガラっとした駅のホームで、僕はそんな出来事を思い出しては、大きくため息をついた。

「ど

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ピーターパン症候群?【掌編】

ピーターパン症候群?【掌編】

「・・・20代前半か」

「はい」

そんなやりとりをした。
目の前の青年は、20代前半だという。

彼はいう、「自分には時間がない」と。
僕は思う、「君には時間が溢れている」と。

彼が時間を喪失しているように感じるのは、まだ見ぬ未来が日に日に切迫して感じているからなのだろうか。

一方で、僕には彼の時間が溢れているように感じるのは、すでにその時を失ってしまっているからなのかもしれない。

「『

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