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死神に会いました【掌編】

遠くから僕を見ている人影を見た。
変わる信号、動き出す足取り、通り過ぎていく人々。
その隙間から、時に誰かに遮られながら、
僕とその人影は見つめ合っていた。
そいつの正体は、ひと目見ただけでわかった。

「・・・死神だ」

―――

ああ、生きることが退屈だ。
なんの手応えもなくて、味気もない。
人生ってやつが噛んでいることすら忘れてしまうほどに存在感をなくしたチューインガムのような、そんな無意識的な反復作業と成り果ている。
それが僕の人生だ。
時間の経過とともに、すべてが惰性となっていく。
味も意味もないし、ちっぽけで風船ガムもつくれないから面白みもない。
だからいっそのこと吐き出してやりたい。道路の上にペッと吐き出すのだ。誰かに踏みにじられたら、その足裏を呪ったようにつきまとってやろう。
嫌そうにするソイツの顔を、僕はどんな表情で眺めるのだろう。

そんな折だ。
道路の向こう側にソイツを見つけた。・・・死神だ。

ソイツはゆっくりと僕へと近づいてきた、一歩、一歩と。
僕はすぐさま背を向けて逃げることもできたが、ソイツから目を離さなかった。
ソイツの瞳はギラギラと輝いており、生気で溢れていた。
その指すような視線をまともに食らった時、
僕は一瞬で毛という毛が逆立ち、心臓が高鳴った。
それは恐怖ではなかく、歓喜であった。みるみると力が湧き上がってきた。
「死」が一歩ずつ近づいてくるほどに、感覚が段々と研ぎ澄まされていった。
周囲の息遣い、足音、タバコのニオイ、車が走り去る僅かな振動までが、
僕の中に飛び込んできた。
それまで無味乾燥であった《世界》に色が付き、躍動し始めていた。
生命が溢れ出し、賛美歌が空の向こうまで響き渡っていた。

死神が僕の目の前に立った。ほんの目と鼻の先の距離だった。
同じ背丈、同じ体型をしたソイツは、よく見ると僕自身のようだった。
しかし、本能でわかる。
コイツは死神で、肌が触れた途端に僕は死ぬ。
楽しそうに笑っているソイツと一緒に、僕も笑った。

「死にたいのか?」
ソイツが言った。

僕は踊り狂っている世界を眺めた。
そのリズムが、その血と汗と肉の躍動が、僕の内でうねるように轟いている。
「僕は生きていたい、君のそばで」

「馬鹿だな」
ソイツはそう言って照れたように苦笑いした。
「いつだってそばにいたのに」

そう言ってソイツは僕の頭に手をおいた。

―――

「・・・ということで、僕は死にました」

「ふーん」
彼女はつまらなそうに頬杖をついた姿勢のまま僕に視線を送った。
「じゃあ、私の目の前にいる《あなた》はなんなの?死人?それとも死神かなんか?」

「そうだなあ」
僕は「死神」が手を置いた頭のテッペンをなでた。少しひんやりした。
「・・・死にいく者だね」

「なにそれ、そんなの当たり前じゃない」と彼女は不満げに言った。

僕はおかしくなって笑ってしまった。
そんな僕のことを彼女は無表情で見つめていた。
心底、うんざりしているようだった。
僕はちらりと彼女の数歩後ろに立つ人影をみた。
そこにはギラギラとした生命力を放つ、彼女の《死神》が立っていた。

「いつか、君も会えたら良いね」
そう僕はつぶやいた。

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