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あなたは私の構成物質【掌編】

「あなたは私の構成物質」
突然、彼女のフウコが語りかけてきた。

「こうせいぶっしつ?あの、細菌の繁殖を抑えたりできる万能薬のこと?」

「細菌?あ、それは抗生物質ね。同音異義よ。私が言ってるのは、構成物質!あなたが私を構成している一部だってこと」

「僕がフウコの構成物質?それはそれで、どういうことなのさ?」
僕は少し嫌な予感がした。フウコがこういった突拍子のないことを言い出すときは、決まって何らかの波風が立つのだ。

「そのままよ。あなたが私っていう人の一部になってるってこと。私、フウコって人格なり人物には、あなたが埋め込まれているのよ」

「ああ、フウコの人格形成に僕が影響を与えているってこと?」

「・・・まあ、そんなところ」
フウコは少し不満げではあったが、僕の言葉を受け入れた。

「突然どうしたのさ?」
僕はフウコが次にどんなことを言うのかハラハラしながら聞いた。
彼女の思いつきには、《なんらかの行動》が伴うことがよくあるからだ。

「まあ、聞いてよ」
フウコは深くため息をついてから、僕をまっすぐ見た。
「アリストテレスだっけ?『人間とは社会的な動物だ』なんていったのは。私ね、今日、図書館の脇にある駐輪場に自転車を止めていたときにね、ふとその言葉が頭の上にふってきたのよ」

僕は小さく息をのんだ。彼女は突然、天からの啓示を受けることがある。
そして、そこから得たひらめきをなんの躊躇いもなく行動に起こしてしまうところがあった。彼女はなんの悪気もなく、とてもラディカルにその啓示を実行に移すのだ。

あるときは、「先輩後輩なんていう概念は幻にすぎない」なんて言い出して、サークルの先輩たちに突然タメ口を聞くようになって、大変な騒ぎになったものだ。
またあるときは、「お金に執着しないために、今月のバイト費をすべて募金する」なんて言い出して、それを止めようとする僕とひと悶着した(結局、彼女はバイト代から生活費を抜いた額をユニセフに送金した)。

「あのね、その言葉によると・・・」
フウコはどこか遠くを見るような目をして、僕の顔を覗き込んだ。
「私って《社会的な構成物質》だっていうのよ」

「社会的な構成物質、か」

「そう。私っていう人を説明しようとすると、まずは女性で歳は21、スリーサイズはこの際伏せとくけど、茨城に住む大学生で、学部は教育学部の2年生。演劇のサークルに所属していて、主に小道具を担当している。社会的なつながりとしては酒屋でバイトしたり、奉仕活動に参加したりもしている。人間関係でいうと、風間家の一人娘。お父さんは銀行マンでお母さんはフリーのライターからなのか、お金には少しうるさくて、文章を書くのが好き。飼い猫の《なな》の飼い主であり、かつ友人で、さらにはあなたの彼女」
フウコはペラペラと語っていく。彼女は相変わらず、心ここにあらずといった目をしていた。
「・・・ほら、あなたもしっかりと私の中にいるのよ」

「そう言ってもらえると光栄だよ」
僕はまだ少し警戒をしていたが、ここまでの話だとそこまで奇怪な行動にでそうではないように思えた。
「確かに、自分が誰かを証明するときには、学生証なり、家族関係なりで説明しがちだし、それくらい自分という存在は関係性によって構成されているっていうのも、なんとなくだけどわかるよ。なんだっけ、仏教だとそういったものを縁起っていったりするよね」

「エンギ?それに関しては、よくわからないわ。まあ、そんなことよりも、私が社会的に構成されているんだって気づいたらさ、なんだかちょっと不思議に思ったのよ」
フウコはまた大きく息を吐き出した。
僕は背筋が凍った。彼女はいつも、《啓示》から派生する「考え」によって何かしらの行動に決起する傾向があったからだ。

「じゃあさ、私という存在を構成しているっていう関係性なり社会的地位を全部投げ捨てたらさ、そこには何が残るんだろうって」

「・・・おいおいフウコ、まさか」
僕はいやな予感がしてきた。ここにきて、フウコが何を考えているのかが、やっとわかってきた。
「フウコ、とりあえず場所を変えないか?そうだ、学食の近くにあるカフェに行こう。ちょっと、落ちついてゆっくり話そうよ」

「ううん、これで話は終わるし、これが最後だから」
フウコはまっすぐに僕を見ていた。その目には、生気が戻っていた。

「フウコ、最後ってどういう・・・」

「私、姿を消すわ。後のことは任せたわ!」
彼女はそういうと、突然踵を返して走り出した。

「ちょっと!待って!」
僕はフウコを追いかけて走った。
しかし、高校時代は陸上部の100メートル走の選手だった彼女は、どんどんと僕を引き離していった。
後ろからみると、彼女のフォームには無駄な力が入っておらず、軽々と風にのるように駆けていった。
「フウコ〜!」

タタタタタ

小気味よい足音を残して、フウコは僕の視界から消えていった。
・・・と思ったら、フウコはまたこちらに走って戻ってきた。

「・・・!?」
僕は肩で息をしながら、だんだんと近づいてくるフウコを見つめた。

タタタタ、タン!

フウコは僕の目の前に止まった。

「啓示がきたのよ」

「・・・・今度は何?」

「彼氏は大事にしろって。だってあなたの中にも、私がいるんだから」

「・・・そうだね」

こうして、僕らは牛丼を食べにその場を後にした。

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