牢村

文学部/音楽と歴史と夜が好き

牢村

文学部/音楽と歴史と夜が好き

記事一覧

【短編】言霊

「なあ、魂ってどこにあると思う?」 「脳…ですかね。それか心臓?」 「ちげーよ馬鹿。教えてやる。舌だよ。」 「…舌?」 先輩の話はいつも唐突だ。悪戯な笑みを浮か…

牢村
3週間前
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終幕

人生は回転する劇場だ。矢継ぎ早に景色が切り替わり、数秒前の世界は何処にもない。もはや原型を留めずに、流水の如く滴り落ちる。刹那的な映像の連続。彼方此方で生命が…

牢村
3週間前
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【手記#6】比喩という装置

前提として僕は比喩が好きです。会話の中に的確かつウィットに富んだ比喩を滑り込ませ、それで相手が唸った時、僕の脳ではドーパミン堤防が決壊します。そんな比喩について…

牢村
1か月前
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【短編】鯨落

【龍涎香(英: Ambergris)】…ベゾアールの一種で抹香鯨の腸内に不明の原因により生じる結石。病的分泌物。香料として高値で取引される。 画材屋の匂いはどうしてか、…

牢村
1か月前
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【短編】蜃気楼

どれくらい眠っていただろう。煌々と照りつける太陽を半身に受け、冷やかな夜を潜った肉体に再び血が通い始めた。母の腕は未だ、私を包んでいた。汗の溶けた潮風が砂をべ…

牢村
2か月前
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【手記#5】似非・認知シャッフル睡眠法

認知シャッフル睡眠法とは、カナダの認知科学者リュック・ボードウィン博士によって考案された、脈絡のない単語の羅列により脳の活動を停止させるという睡眠導入方法です。…

牢村
5か月前
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【手記#4】「他己肯定感」から見る「自己」考察

「自己肯定感」という言葉は、一見すると「自己」+「肯定」+「感」に分解でき、この時「自己」は【似た意味をもつ漢字の組み合わせからなる熟語】と捉えられるように感…

牢村
5か月前
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【短編】回帰

灰が舞ったセピアに、墨を引いたような地平線。たった4時間の冷たい夜がまた、その気配を届かせる。貪り尽くした地球を乗り捨て、数ある太陽系コロニーに離散、疎開した…

牢村
8か月前
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【手記#3】徹夜

微睡む横目で眺める時計の秒針が随分とゆったり廻るだけに、目が醒めた時の感覚はタイムスリップに近い。それゆえ、眠れず明かす夜、窓際がだんだんと白んでゆく様子を見て…

牢村
10か月前
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【短編】屈折

エプロンを纏う時。それは己を偽る時だ。表情筋を吊り上げて、喉のピッチを強く捻る。背筋をぴしゃりと貫く。そして、笑顔の仮面をつける。 褪せた踏切が下り、寒色…

牢村
1年前
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【短編】6分の街

【あと5分で着く!】 改札を抜けてくるのに2分。であれば7分か。 いつからここに立っていただろう。 1時間前くらいじゃないか? 随分前に炎を乗せ、じりじりと溶けてい…

牢村
1年前
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23,04,01雑感

日の出から正午の太陽熱をどっぷりと溜め込んだ塒がいい加減蒸し暑く、目が覚め、毛布にも汗を吸わせたくないし、さっさと起き上がった。数日家を空けていたこともあり、…

牢村
1年前
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【短編】風景画

カチャ、カチャ… 指先で茶器が触れ合い、小気味良い音を耳に届ける。細く開いた窓から滑り込む春風。ひらひらと揺らめくカーテンの向こうにはずっと変わらない長閑…

牢村
1年前
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【手記#2】カエルの交尾

こんにちは、牢村です。 テーマを見て苦手と感じた方はブラウザバックしてください。 カエルの胚を用いた実験はご存知ですか?高校生物の図説を眺めていた時、アフリカツ…

牢村
1年前
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【短編】酔眼

月の見えない夜だった。公園を包もうとする静寂を、薄寒い木枯らしが柔らかく破る。飲みかけの缶チューハイで仄かに火照る彼女の頬は、液晶の青白い光を斜めに浴びて、…

牢村
1年前
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【手記#1】自己紹介と作品

こんにちは。 普段は短編小説を投稿しているのですが、軽く自己紹介をしてみようと思い、教授の目を盗んで液晶を叩いています。 名前は「牢村」と書きます。音読みで「ロ…

牢村
1年前
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【短編】言霊

【短編】言霊

「なあ、魂ってどこにあると思う?」
「脳…ですかね。それか心臓?」
「ちげーよ馬鹿。教えてやる。舌だよ。」
「…舌?」
先輩の話はいつも唐突だ。悪戯な笑みを浮かべて机に座り直し、ペン回しをしながら続ける。
「頭ん中にはな、海があんだよ。でけー海。お前、海見たことある?」
「ありますよ。」
「おー、いいよな海。感情っつーのは全部波で、嵐の時って水嵩が増すだろ?それが溢れてくるのが涙だよ。頭下げ

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終幕

終幕

人生は回転する劇場だ。矢継ぎ早に景色が切り替わり、数秒前の世界は何処にもない。もはや原型を留めずに、流水の如く滴り落ちる。刹那的な映像の連続。彼方此方で生命が増えては減り、産声と断末魔が二重奏となって耳を裂く。肉体という入れ物を使い其々の五感が捉える風景を、ただ整然と組み上げて、惑星の息遣いは解釈される。幾許かを手に取り、エゴイズムを以て脳に吸わせる。それを繰り返す。組合せ、色遣い、外敵、そし

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【手記#6】比喩という装置

前提として僕は比喩が好きです。会話の中に的確かつウィットに富んだ比喩を滑り込ませ、それで相手が唸った時、僕の脳ではドーパミン堤防が決壊します。そんな比喩について、最近ひとつの気付きがありました。それは、比喩が生活の指示看板になり得るということです。この事実について考えるために、まず「比喩」の構造を理解します。
「比喩」というプロセスは、
① 状況の要素を理解・整理
② 共通の要素を持つ別の状況を発

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【短編】鯨落

【短編】鯨落

【龍涎香(英: Ambergris)】…ベゾアールの一種で抹香鯨の腸内に不明の原因により生じる結石。病的分泌物。香料として高値で取引される。

画材屋の匂いはどうしてか、いつも懐かしく鼻を抜ける。時折軋む床の板材には色の剥げた跡がいくつかあり、落書きだらけの塗り壁と共に老舗らしい風情を広げている。店の中央では、まるで脊椎だと言わんばかりにどっしりと構えたブナの樹が天井を貫いており、無数に伸び

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【短編】蜃気楼

【短編】蜃気楼

どれくらい眠っていただろう。煌々と照りつける太陽を半身に受け、冷やかな夜を潜った肉体に再び血が通い始めた。母の腕は未だ、私を包んでいた。汗の溶けた潮風が砂をべたつかせ、肌に纏わりついている。私は昨夜、罪を犯した。

ほの暗い海辺に微かな月光が垂れていた。皆は寝静まっているようだった。荒屋をひとり抜け出して、漁村の外れにある墓地まで、虫のさざめく泥濘みの雑木林を踏みしめた。
生前の母

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【手記#5】似非・認知シャッフル睡眠法

認知シャッフル睡眠法とは、カナダの認知科学者リュック・ボードウィン博士によって考案された、脈絡のない単語の羅列により脳の活動を停止させるという睡眠導入方法です。この記事では、その形に準えつつ、僕の好きな単語を思いついた順に羅列していこうと思います。共通の好きを探しながら読んでいただけたら嬉しいです。

ヒートテック

裏拍

暖房便座

フレンチクルーラー

24時間営業

齧歯類

白スニーカー

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【手記#4】「他己肯定感」から見る「自己」考察

「自己肯定感」という言葉は、一見すると「自己」+「肯定」+「感」に分解でき、この時「自己」は【似た意味をもつ漢字の組み合わせからなる熟語】と捉えられるように感じる(豊富、禁止、道路等と同様)。しかし、SNS等でしばしば散見される「他己肯定感」という言葉を(単なる「自己肯定感」を捩った言い回しではないと断定して)踏まえると、解釈に不都合が生じる。なぜなら、「他己」は更に「他」+「己」に分解する必

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【短編】回帰

灰が舞ったセピアに、墨を引いたような地平線。たった4時間の冷たい夜がまた、その気配を届かせる。貪り尽くした地球を乗り捨て、数ある太陽系コロニーに離散、疎開した人類は、とうとう宇宙人というわけだ。22世紀中葉、米中の熾烈な宇宙開発競争が先導の旗印となり、科学や理工学はその体系の毛細血管まで爆発的な急成長を遂げた。生活や社会はその過程、目紛しく変貌を重ねた。ついに旧時代の痕跡ごと置き去りにした今、

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【手記#3】徹夜

微睡む横目で眺める時計の秒針が随分とゆったり廻るだけに、目が醒めた時の感覚はタイムスリップに近い。それゆえ、眠れず明かす夜、窓際がだんだんと白んでゆく様子を見て、毎日当たり前に存在する筈の夜を、どこか新鮮に暴く。そこにある確かな時間を、なぞるように。些細な後悔を携え、次第に重くなる意識とせめぎ合いながら。

【短編】屈折

エプロンを纏う時。それは己を偽る時だ。表情筋を吊り上げて、喉のピッチを強く捻る。背筋をぴしゃりと貫く。そして、笑顔の仮面をつける。

褪せた踏切が下り、寒色の空に轟音を運ぶ。風圧に髪が靡く。緩やかな勾配。一歩。また一歩。ひび割れたコンクリートに萎れた雑草を見た。住宅街を抜ける空気は今日も冷たい。安物のイヤホンを強く挿して、主婦がベビーカーを転がす音や、向こうで響く救急車のサイレンから身体

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【短編】6分の街

【あと5分で着く!】

改札を抜けてくるのに2分。であれば7分か。
いつからここに立っていただろう。

1時間前くらいじゃないか?

随分前に炎を乗せ、じりじりと溶けていた無限の蝋燭に、ようやく寿命が設けられた。火を守りながらゆっくりと折り、燭台に刺し直す手は、このしばらくの静止によってすっかり冷えていた。乾燥した掌と甲を擦るとさらさらと薄い音が鳴る。不思議と待ち遠しさが込み上げた。

そんなもの

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23,04,01雑感

日の出から正午の太陽熱をどっぷりと溜め込んだ塒がいい加減蒸し暑く、目が覚め、毛布にも汗を吸わせたくないし、さっさと起き上がった。数日家を空けていたこともあり、換気のために今朝は珍しくカーテンを開けた。網戸を通して窓辺から、向かいの庭に落ちた光を見て、春が来ていると気付いた。ハチ公広場に注ぐ桜や、真新しい制服の子供が母親の袖を追うのを見かけるよりも、それはくっきりと春を告げるのだ。去年越したばか

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【短編】風景画

カチャ、カチャ…
指先で茶器が触れ合い、小気味良い音を耳に届ける。細く開いた窓から滑り込む春風。ひらひらと揺らめくカーテンの向こうにはずっと変わらない長閑な田園が広がる。そして、窓枠の世界を塞ぐかのように、その絵画は立ててある。
「カモミールティーです。熱いのでお気をつけて。」
「どうもありがとう。」
婦人のか細い手がそれを受け取る。入念に吹きかける息が、細やかな波を立てる。そし

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【手記#2】カエルの交尾

こんにちは、牢村です。
テーマを見て苦手と感じた方はブラウザバックしてください。

カエルの胚を用いた実験はご存知ですか?高校生物の図説を眺めていた時、アフリカツメガエルの初期胚を用いて器官形成の経過を観察する実験が目に留まりました。と言っても僕は理系に暗い上学習熱心でもなかったため、引き付けられたのは実験そのものではなく、その手順説明でした。

①雌雄のアフリカツメガエルにそれぞれホルモンを注射

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【短編】酔眼

月の見えない夜だった。公園を包もうとする静寂を、薄寒い木枯らしが柔らかく破る。飲みかけの缶チューハイで仄かに火照る彼女の頬は、液晶の青白い光を斜めに浴びて、高い鼻筋の影を落としていた。髪をかき上げる仕草に不意を突かれ、僕は明後日へ目線を逃がした。街灯が不規則に点滅し、羽虫の気を引いている。彼女はずっと俯いて、指先を動かしていた。そして時々、口元が緩んだ。それ以外は変化のない景色が、暫く続いた

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【手記#1】自己紹介と作品

こんにちは。

普段は短編小説を投稿しているのですが、軽く自己紹介をしてみようと思い、教授の目を盗んで液晶を叩いています。

名前は「牢村」と書きます。音読みで「ロウソン」と呼ばれることが多いですが、苗字っぽくするなら訓読みで「かたむら」ですね。決まった読み方はありません。というのも、この「牢村」という自称は、友人にもらった「ロム」という名前に合わせた重箱読みの当て字だからです。地元の片田舎らしい

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