【手記#4】「他己肯定感」から見る「自己」考察

  「自己肯定感」という言葉は、一見すると「自己」+「肯定」+「感」に分解でき、この時「自己」は【似た意味をもつ漢字の組み合わせからなる熟語】と捉えられるように感じる(豊富、禁止、道路等と同様)。しかし、SNS等でしばしば散見される「他己肯定感」という言葉を(単なる「自己肯定感」を捩った言い回しではないと断定して)踏まえると、解釈に不都合が生じる。なぜなら、「他己」は更に「他」+「己」に分解する必要があり、「他」による「己」への「肯定」+「感」と見るほかないからだ。つまり「自己肯定感」を最小単位まで刻むと、「自」+「己」+「肯定」+「感」となり、「自(分)」による「己」への「肯定」+「感」と見るほうが適切と言えよう。したがって、「自己肯定感」という言葉における「自己」の部分が持つ意味は【自分による自分の】であり、熟語「自己」の意味するところである【1 おのれ。自分。自身。2 哲学で、同一性を保持して存在するあるものそれ自身。人格的存在以外にも用いられる。⇔他者。】とは区別されるのではないだろうか。

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