【短編】6分の街

【あと5分で着く!】

改札を抜けてくるのに2分。であれば7分か。
いつからここに立っていただろう。

1時間前くらいじゃないか?

随分前に炎を乗せ、じりじりと溶けていた無限の蝋燭に、ようやく寿命が設けられた。火を守りながらゆっくりと折り、燭台に刺し直す手は、このしばらくの静止によってすっかり冷えていた。乾燥した掌と甲を擦るとさらさらと薄い音が鳴る。不思議と待ち遠しさが込み上げた。

そんなもの、ここに立つ前から抱えていた筈だろう?

右から左、左から右、奥から手前、後ろから向こう。視界を撹拌する人々の往来は、背を預けるランドマークごと、僕を街からくり抜いたようだ。この街には、僕だけの時間も流れている。

いや、違うね。

暇に暮れる僕の疎外感は、壁に貼られたポスターの中で微笑むムービースターや、花壇の角にちょこんと座り込む兎の置物と次第に仲良くなった。そうだ、彼らもまた、僕の時間を生きている。

それも違う。

分かったよ。君らの時間を、僕が間借りしているんだ。どうも、この場所で感じる街の空気は身体に馴染む。ピントを合わせるのは、鳥の声とか、向こうの看板に書かれた電話番号とか、喫茶店の小ぢんまりとした息遣いとか。空を見れば、浜辺に届く白波をクーピーで描いたみたいな雲だ。僕があの、電流みたいな群衆の、電子のひとつにすぎない時も、君らはいつもここにいるんだな。

なあ、蝋が垂れてるぞ。

【今改札出た、どこ?】
【不在着信】

改札前まで迎えに行くか。立っていても腰が痛むから。直すのに苦戦した今日の寝癖は、ここに来た時も入念にチェックしたが、もう一度ショウウィンドウで直していこう。燭台に残る僅かな火種を、蝋が溶け終わるより少し早く、指で潰した。

寝癖/蝋燭

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