【短編】酔眼

   月の見えない夜だった。公園を包もうとする静寂を、薄寒い木枯らしが柔らかく破る。飲みかけの缶チューハイで仄かに火照る彼女の頬は、液晶の青白い光を斜めに浴びて、高い鼻筋の影を落としていた。髪をかき上げる仕草に不意を突かれ、僕は明後日へ目線を逃がした。街灯が不規則に点滅し、羽虫の気を引いている。彼女はずっと俯いて、指先を動かしていた。そして時々、口元が緩んだ。それ以外は変化のない景色が、暫く続いた。
「部屋戻ろうよ」
   立ち上がって彼女が言った。僅かに残ったハイボールを缶の底で転がしたあと、僕は啜って飲み干した。

   薄明るい窮屈な部屋で、声を殺しながら二人、冷え切った身体を温め合った。艶めいた髪がふわりと垂れて、馨しい蜜を残した。

   夜更け過ぎ、彼女がそっと出て行く音に、僕は気付かない振りをした。

酒/スマホ

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