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世界はここにある㊶  第三部 

「あの感染症はバイオ施設からの流出汚染事故が原因という噂はあったが、まさか本当だったのか」
「あれは事故ではありません」
 ナオは後ろ手に持っていたタブレットを操作する。画面に男の写真が映し出される。阿南はその人物を知っていた。まだ官房長官だった10年前、フランスで行われたサミットのパーティーで彼とは会っていた。幻の大公と言われた男。

「この人物をご存じですね」
「ああ、知っている。一度会ったことがある」
「彼があの感染症のワクチン開発に関してどう関わってきたかもご存じでしょう」
 彼はパンデミックによる全世界の混乱を終息に向かわせた画期的ワクチンの開発に、米国が当時投入した援助の二倍の額の私財を投じたと言われていた。結果、奇跡の半年と言われた短い期間でワクチンの開発は成功し、2年を待たずして全世界に猛威を振るった新型の感染症は終息した。

「彼がワクチン開発に大きな貢献をしたのは私も知っている。人類を救ったという点で世界は彼を称えたが、それについて彼は公には多く語っていない」
「それは人類に対する正義と貢献だという言葉でしたね」
 ナオは彼がインタビューを受けた時の原稿を調べ読むように言った。
「それが…… どう関係するというんだ。確かに彼はワクチン開発に投資し、そしてそれ以上の額をワクチンの全世界への供給で手に入れたと言われる。開発したワクチン製造会社は彼が資本を出資している会社だ。まさか君はそれを……」
 阿南が疑問を投げかけようとした時、ナオはその答えを先んじて話す。

「彼はこの感染症が全世界をパンデミックの恐怖に陥ることを知っていました。なぜならそれは彼が仕組んだシナリオだからです」
 会議室にいる全員が言葉をなくす。阿南と友安官房長はそのことについて少しの疑念を持っていたこともあるが、表立ってそれを口に出すことは今までなかった。それほどにウイルスは危険で、なによりも自分を含め全世界が被害を受けていたからだ。

「彼は感染症を知っていたという事なんだね」阿南は事実を確かめるべく一つ一つ聞いていこうと訊ねる。

「彼はウイルスの正体を知っていた。その危険性と世界に与える影響も。ゆえに同時に対策も立てた。これは生物化学兵器開発から始まったことなのです。そしてそれは新しい戦争を生み出しました」
「生物化学兵器の開発は国際条約で禁止されている。どこがそれを…… 中国か」原田外務大臣が問いただす。
「東西両陣営共にです。イスラム圏も例外ではありません」
「しかし、生物兵器にしてはどうなんだ? この感染症は…… 世界はパンデミックに陥ったが兵器としては毒性が弱くないか?」
「それも彼の考えです」
「彼……」
 阿南は名前を出せないでいた。それを口にすることは日米の関係に大きな影響があると知っていたからだ。

「チャールズ・D・ロセリスト。そして彼の裏にいるジェームス公」
 ナオは阿南の代わりにというように答える。
「ジェームス公…… 誰だそれは?」
 一同はその名前に聞き覚えがない。チャールズの名は政財界の人間なら誰もが知るロセリスト家の当主だ。世界の金融界の帝王でありその影響力は東西を問わず絶大なものがあった。一国のリーダーをも指名することができると噂され、それは米国、中国、ロシアでさえも無視することができないと言われる。阿南もそれはわかっていた。それは彼自身が間接的であれそのことを感じていたからだ。

「私の組織、ダヴァースは彼によって作られたものです。チャールズの……そしてたった今、私たちはチャールズの庇護を受ける立場を失いました。これは彼らと私達が敵対することを意味します。その判断を下したのはジェームスの方でしょう。ですから私達は米国を始め全世界を敵にしたといっていいでしょう」

「ちょっと待ってくれ、なぜ君らは自ら闘いを選ぶ? なぜその闘いの場が日本なんだ?」
「米国は兎も角、中国やロシアは? イランは?」
「いくらロセリストの支配が絶大とはいえ東側の陣営はまだ君らやこの事態を利用できると思っているのでは?」
「お前は所詮テロリストだ、左派やイスラムと手をくんでいてもおかしくない」
「なぜ米国を裏切った」
 堰を切ったように閣僚から疑問が投げかけられる。阿南は今だ言葉を出せずにいた。

「あなた方は自由を、民主主義を大切にする立場ではないのですか! あなた方は国民を、国を守るために政治を行っているのではないのですか!」
 ナオは強い口調で言う。
「当たり前だ、だからお前たちテロリストには与しない」
 鈴木が机を叩きそう言った。

「あなた方が共にリーダーとして手を組む米国がロセリストと与して人類を掌握しようとしているのにですか!そして中国、ロシアも覇権を手にするためにその計画を利用している。日本を始めその他の国々は従属の立場に貶められていることになぜ気付かない? 気付かぬふりは国のリーダーの取るべき姿ではない!」
 ナオの言葉はその様相からは想像もできない強い意志を持っていた。何十年と日本の政界で生き抜いてきた閣僚たちを一瞬でも黙らせる力があった。

「詭弁だ!」誰かが叫ぶ。
「では、在日米軍が今取っている行動はどう説明します? 我々のアタックでシステムが崩壊したあと、米軍は防衛システムを遮断した。彼らは自らの基地の防衛に専念する。日本人は置き去りだ。日米安保条約はすでに米国から破棄されたも同じ」
「それは防衛のためには……」
「そう、防衛です。自らの、日本の為ではない」
 閣僚たちは顔を見合わせ始める。はっきりと動揺が現れ始めていた。

「あと数時間もすれば、我々が行動を始めると宣言した時間になれば、中国は日本ではなくタイペイを攻めます。もはや準備は整っている。ノースコリアは南にミサイルを降らせるでしょう。中東では米軍が手薄になり戦争が始まる。ロシアは一層NATOへの圧力を強めるはず。パワーバランスが崩れるのは時間の問題です」

「待て、それはお前たちがこんなことをしでかしたからだろう。もしそうなって、日本も戦場になるなら、それはお前たちがきっかけだぞ!それがわかっているのか!」

「私にはそれを止める手段があります。ひとつはシステムを破壊する力。貴国や米国だけではない。東側のシステムをも我々は掌握しています。そしてもう一つがフラクタル計画の真の目的。その鍵もすでに私達は手に入れた。私はその鍵を使えば全人類をこの世から抹殺することができる。自らの運命と共に。この世から……」
 皆が息を呑む。

「それは……なんだ? 核兵器を自爆でもさせられるというのか」
 阿南がやっと口を開いた。

「いいえ、あなた方ワクチンをうった全員が来週を迎えることができなくなる。戦争など比べることができない地獄を見ながら、何の罪もない人々と悪の限りを尽くした人々、勿論、私も含めて皆が消えるのです」
 ナオの言葉を聞きワクチンをうった腕を一様に皆がさわる。
「何をうった、くそ!」
 誰かが吐き捨てるように言い、水の入ったグラスを床に投げ捨てた。グラスは割れずにころころと転がる。

「あのワクチンの正体はなんだったんだ。誰が? 何を企んで」
「その答えはクリス大統領とお話をされればわかります。私は死にたい訳ではありません。それに申し上げたように鍵は私が持っています。ロセリストも米国もロシアも持っていません。そしてその計画の全貌を知る証人も私達の手の中にいます。国連の場で、全人類の前でそれを告発できる準備が整いつつあります。その間に私達と局地的な戦闘はあるかもしれません。そのきっかけを作った責任は私にあります」ナオは少し俯き、そして再び顔をあげ

「しかし、阿南さん…… 日本が本当に世界の平和国家して貢献できる最後のチャンスなのです。世界有数の強力な同盟関係である日本と米国。その日本が米国を告発することが、そして同時に東側諸国の同様の罪を告発することができれば、自らの過去を顧みて本当の平和国家を築くスタートにできる。もしそれができないのであれば、私はそれを実現する新たな場所を探すことになる」

「もし、協力する国が他に無ければどうする、国連でも賛同が得られるとは限らん。大国は拒否権もある。そもそも法的拘束力も実行する力もない」
「ですから私はその力を保持している」
「それは力がロセリスト家から君に移っただけではないか。君が新しい支配者となるつもりか? それで世界が変わると思うか?」
 阿南はナオの本性を見たように思い否定の言を強めた。

「私は支配者とはならない」
「それこそが詭弁だ!」
「フラクタル計画がすべて明かされ、関係する全ての人が処罰されて、私がもつ鍵を消滅させたとき、私は…… 私の命はそこで終わるのです。それが私の運命。フラクタルは私そのものなのです」


 ㊷へ続く


★この作品はフィクションであり登場する人物、団体、国家は実在のものと一切関係がありません。


エンディング曲

Cruel War (Remastered)
Peter, Paul & Mary


世界はここにある①    世界はここにある⑪   
世界はここにある②    世界はここにある⑫
世界はここにある③    世界はここにある⑬
世界はここにある④    世界はここにある⑭
世界はここにある⑤    世界はここにある⑮
世界はここにある⑥    世界はここにある⑯
世界はここにある⑦    世界はここにある⑰
世界はここにある⑧    世界はここにある⑱
世界はここにある➈    世界はここにある⑲
世界はここにある⑩    世界はここにある⑳

世界はここにある㉑    世界はここにある㉛
世界はここにある㉒    世界はここにある㉜
世界はここにある㉓    世界はここにある㉝
世界はここにある㉔    世界はここにある㉞
世界はここにある㉕    世界はここにある㉟
世界はここにある㉖    世界はここにある㊱
世界はここにある㉗    世界はここにある㊲
世界はここにある㉘    世界はここにある㊳
世界はここにある㉙    世界はここにある㊴
世界はここにある㉚    世界はここにある㊵


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