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世界はここにある⑯  三佳篇㈨

 ヒステンブルグの中心部にあるベラギー王宮は、1800年代、オランダの統治下にあった時に作られたものをハンス・シュナイター公。現在のマリア女王の祖父が今の形に改築したものだ。現在、王室一家は別の宮に居城しており、この王宮は主に外交や文化活動の為に使われているという。

 ヴェルサイユ宮殿を模して造られたというシンメトリーで直線の美しさを強調した石造りの外観は、王宮の前にある公園から一望できる。20世紀以降の現代建築の圧倒感はその殆どを高層建築物が代表してきたが、高さも現代の建物の5~6階建て相当を備え、その幅100mを超える王宮の正面の構えはまさに王室の権威の象徴と思える。
 
 しかし、この王宮も世界に現存する宮殿のベスト20にも入らない大きさだという事実が、中世ヨーロッパから続く時の権力者たちの力がいかに強大であり、それが現在も受け継がれていることを知らしめるに十分であることも感じさせる。

 そして三佳たちは正負織り交ぜたその権威の中に、鎧もまとわずに入っていった。

 玄関ホールで、エージェントのシュミットが出迎えてくれた。側に初めて会う2名の男性がいた。

「ミヤネさん、ようこそ。こちらは王立アカデミーの広報担当のロゾルフ氏と王室外交部のリヒャル氏です」
「ようこそベラギー王宮へ」
三佳らはそれぞれに握手をして簡単な挨拶とボディチェック、機材の確認をを受けたあと、予定されているインタビューの部屋へと案内される。

 玄関ホールは大理石の床と階段が格式をもって訪問者を迎える。正面の階段上には女神らしき石像がかすかな微笑みを湛え三佳たちを見つめ、像の横にはエンタシスの石柱が梁をささえている。古代の神殿へ誘う階段のイメージだろうか。

 階段を上がり回廊へ出ると石造りの外観とは一変して豪華な内装が出迎える。「うわぁ…… 」サツキが思わず漏らす感嘆が、アイボリーに統一された壁色に金色の装飾が続く長い廊下にこだました。案内のロゾルフが振り返り『素敵でしょう?』とほほ笑んだ。

 天上からはクリスタルガラスのシャンデリアが灯りを煌めかせ、宮殿の雰囲気を一気に盛り上げている。三佳たちはその煌びやかさに昨日から続く得体のしれない不気味さや恐怖を一時いっとき忘れていた。

「こちらへどうぞ。本日、皇太子殿下とお会い頂く部屋です。こちらで殿下がお見えになるまでしばらくお待ちください。撮影クルーの皆さんはこの部屋でのみ撮影を今から許可します。その他の王宮内は後ほどご案内しますので、その時まで撮影はご遠慮ください」

 外交部のリヒャルが案内してくれた部屋に入り、三佳たちは彼らの登場を待つ事になった。

 室内は同じく豪華な造りで、それに合わせての調度品が備えられていた。三佳たちの為の椅子やティーテーブル、皇太子が座るであろう椅子。すべてが王宮にふさわしい伝統と品位を感じさせる。アイボリー色の壁面にはハンス・シュナイター公の肖像画がその妃の肖像画と共に掲げてある。眼光鋭いその表情は建国を勝ち取った王の威厳が、そして妃はその高貴さを感じさせる凛とした姿を描いてある。

 ハンス・シュナイター王は男子に恵まれず、以来、現在のマリア女王にその血脈を繋いだという。そして三佳たちが目撃した事件。彼の眼にはどう映っているのだろうと三佳は考えていた。

「肖像画って、怖いですよね」サツキがポツリと漏らす。確かにそうも感じる。しかし今、かつての王の心の中をもし覗けるのであれば、きっと悲しみが渦巻いているだろう。そうであってほしいと三佳は思うのだった。そしてあの写真の無表情な皇太子らの顔が思い出された。

 撮影クルーが王宮の担当者にアドバイスをもらいながらセッティングを開始した。三佳はインタビューの内容を宮根と再確認をし、サツキは三佳に変わりカメラでの撮影を担当する。

「チーフ、今回のシンポジウムの内容についてと、彼の研究についての質問はこれで良しとして、あとは例の件ですけど……」
三佳は昨晩に宮根から手渡された原稿は全て頭の中に入れてある。あとはあの事件。皇太子に直接それを確かめるのはまず不可能だろう。謎は謎としてそのままに持ち替えるのがふさわしい。あれが夢であるならば。

「三佳、あの事にはふれるな。俺達は取材にきたがそれはシンポジウムについてのこと。俺達はジャーナリストじゃない。日本の雑誌社の、先端科学をネタにする部門のスタッフだ。警察でもないし007みたいな秘密諜報部員でもない。俺達が今、関知することじゃない、すべきじゃない」
宮根も昨夜、相当考えたのだろう。その言葉には全員の安全を最優先するべきだという責任が感じられた。

「わかりました。原稿通りでいきます」
三佳も同意した。

「まもなく殿下がお見えになります」
従者が声をかけ、三佳たちは直立し並んで彼が登場するであろう扉が開くのを待った。ノックの音がして従者が扉を開ける。外側から別の従者と関係者が数人入ってきた後、昨日から瞼を閉じても消えないあの人物が入ってきた。

「やあ、お待たせしましたね」
にこやかな表情のフランツ・シュナイター皇太子が入ってきた。続いてサラ妃、そしてその横には美しい金髪に少しそばかすが目立つが、愛らしい瞳でほほ笑むロイ王子が母親に連れられ入ってくる。

ー間違いないー
三佳は速くなる鼓動もそのままに宮根と共に皇太子の前に進む。

「シュナイター皇太子殿下。本日はお忙しい中、我々の拝謁をご許可頂き光栄に存じます」宮根の言葉を通訳が伝える。

「こちらこそ、ようこそベラギーへお越しくださった。日本は私の親友であるドクター・タカヤマの国。そこからの客人を断る理由がないでしょう」
彼はフランクにいきましょうと握手で応える。
三佳はその光景を伺いながらもロイ王子を視界に入れる。

 王子は間違いなくあの写真の、狂気の老女(あるいはそれに扮した)に刺された、隣にいて今は笑顔を絶やさない母の腕の中にモノのように抱かれていたあの王子に見える。

宮根が皇太子とサラ妃、ロイ王子と順番に挨拶をしたあと、三佳は皇太子の前に出た。

「拝謁、光栄に存じます、立花三佳と申します。本日はありがとうございます。宜しくお願いいたします」
「ミス・タチバナ、よくいらっしゃった。どうですか? ベラギーはお気に入りいただけたかな」
「はい。美しい街なみに自然、そしてこの王宮も素晴らしくとても感激いたしました」
「昨日はスランデントの公園にもお越しいただいていたそうですね」
三佳は皇太子の言葉に一瞬、戸惑った。
「はい…… ご許可いただいたので、素晴らしい自然にふれ、そこで楽しまれる殿下の休日の『一コマ』も撮影させていただきました」

 三佳は少し声が震えたような気がするも写真を写したことを告げる。

「ああ、そうらしいですね。私は気付かなかったが。どうですか? 良い写真がとれましたかな?」

「はい、仲の良いご家族のひと時が写せたと思います」
「それは良かった。是非、その写真を戴きたい」
「かしこまりました。お手元にお届けできますれば私達も嬉しいです」
「ええ、是非に。何か都合の悪いものが映っていたら、妻には見せないようにしないと」

 皇太子は少し声を落として、隣にいるサラ妃に聞こえているのをわかっていながらそう言い笑った。サラ妃もそんな夫のジョークに笑顔で応えている。

 三佳にはこの短いやりとりが全て悪い冗談に思えた。冷たい汗が背中を伝う。側では亡くなったはずの王子がやはり可愛らしく見える笑顔で三佳を見ていた。


『三佳』篇㈩に続く

★この作品はフィクションであり登場する人物、団体、国家は実在のものと  一切関係がありません。

エンディング曲
HANDEL: CORONATION ANTHEM NO. 1
HWV 258 "Zadok the Priest"

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