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世界はここにある⑮  三佳篇㈧

 食事の誘いにきた宮根を、辺りの様子を伺いながら部屋に招き入れた三佳は、サツキが『話しても大丈夫なのか』と心配げな表情で自分を見つめるのを横目に、スランデント森林公園で起こった事件の一部始終を彼に話した。

 そんなバカなと言う宮根も、三佳の真剣な話しぶりとサツキの様子、そして例の写真を見せられると、自分達が直面している事が今まで日本で経験してきた何よりも重大で、そして危険な場所に予期せず踏み入ってしまった事実を受け入れざるを得なかった。

「とりあえず、お前らはこの部屋から出るな。晩飯は俺が用意してやるから。それと今夜の取材クルー向けのパーティーは出るのをやめよう。とにかく今夜は大人しくしてろ。俺は明日のインタビューの内容を練り直す」
宮根はそう言い部屋を出て行った。

「先輩、チーフに相談してよかったのかな」
サツキはそう言いながらもあの場面を思い出したのか、恐怖に慄く様子を隠さなかった。

「私達だけで抱えられる問題じゃないよ。もしかしたら私が話したことでチーフにも危険が及ぶのかもしれないけど…… でも、もしもだよ? もし、私らが何か危ない目にあうとしたら、こんな外国で頼りになるのは、今はチーフだけでしょ? 相手はベラギー王国とそれから…… 」
三佳は口ごもる。

「それから、何?」

「あんな事件を起こしたほう、犯人達のこと。正体がわからない、私達は何も知らない。でも、向こうは、多分だけど私達のことを把握してるはず」
「でも、あそこにいた他の人は撃たれたよ」
「そうね、でも、そんな気がするのよ」

 三佳はドレープカーテンが閉まっていない部屋の窓から、遅い日没にまだまだこれからの時間を楽しもうと闊歩する人が行き交うヒステンブルグの街並を見つめながらそう言った。どこからか自分達を見つめる眼があることを意識しながら。

 その夜遅くに再び宮根が三佳達の部屋を訪れた。差し入れられた食事もそこそこに早く休みたいと心身共に疲れていた二人だったが、眠ることができないでいたのをわかっていたかのような訪問だった。

「すまん、疲れてるだろうとは思ったんだが、どうしてもちょっと話しておきたくてな」
宮根は普段の様子とは明らかに違う。三佳らと同じくこの事態に自分自身を置いたようだった。

「実はあれから俺もエージェントを通じてそれとなく情報を集めてみたんだ」
「何かわかりましたか?」
三佳もサツキも宮根が取り出すメモに注目した。

「まず、話を皇太子がお忍びで森林公園にいると情報が入ったところまで戻す。そもそもあの話がなぜ俺達に入ってきたのか? なぜ俺達に写真撮影だけを許可するなんて話が舞い込んできたかという事だ」
宮根は何枚かのメモを繰りながら言う。

「明日のインタビューの補助取材という事じゃないんですか?」
「王室側の意図としてはそうだろう。けど、こちらからそれを持ち込んだわけじゃない」
三佳は驚いた。宮根との電話のやりとりから、この取材はこちら側のアプローチが相手側の利益になると許可されたものだとばかり思っていたからだ。

「この話は直接はエージェントのシュミットから聞いたんだ。しかし彼に改めて問い合わせると俺の知らない話があった」
宮根がメモの中身を確認している。三佳は続きを早くとそれを覗き込もうとする。

「実はな、シュミットもこの話、うちの会社から王室側に正式に要請したものが許可になったと思ってたんだ。けど、俺たちはそんな話はしていない。つまり、これはあちらさんがお膳立てしたという事になる」
「わざわざ、日本のいち取材クルーにですか?」
サツキもメモを覗き込むように近づきそう言う。

「で、シュミットに王室側の誰からその話が来たかを確認したらだ……」
「ポール・ヴュータン」
三佳は即答する。
「そう、そのポールだよ」
「あいつがこの話を私達に持ち込んだ……」

「お前たちが遭遇したことは、そいつがわざわざ俺達を、いや、お前らを呼び寄せた所で起こったんだ。常識的に考えて、自分の国の皇太子ファミリーがお忍びでいる場所でテロが起こって、そこに自分達が呼んだ外国の取材クルーがいるなんてありえるか? 何かのパレードとか、行事とかで相手が計画したテロの現場に偶然居合わせたわけじゃない。これは明らかにおかしいぜ」

「でも、偶然に起きた可能性もあるでしょ?」
サツキが宮根に聞く。

「そうさな、偶然かも、しれない。そんな計画の中にたまたま居合わせたのかもしれない」
宮根は何か飲むものはないか?と手振りで聞く。サツキは部屋に用意してあるミネラルウォーターを宮根に渡した。

「けどよ、お前たちの行ったあの公園はな、もともとシュナイター家の別荘地が国有公園になったところなんだ。つまりシュナイター皇太子の先祖から、亡くなった親父さんだってあの公園で釣りをしてたらしい。つまり庭だよ。お前ら、あの皇太子の名前知ってるか? フランツ・シュナイターだ。
なんでフランツ皇太子じゃなくて世間でシュナイタ―皇太子って呼ばれるか知ってるか?」

「そう言えば、不思議に思ったことないな、なんか初めからシュナイターさんだったから」三佳は答えた。

「あの皇太子、実はヒスマン家の直系の血を引いてるんだ」
「ヒスマン家?」
サツキは全く自分の知らない世界の話を整理しようと宮根に聞く。

「ローマ帝国時代から続く貴族の流れの一つでな、都市伝説っぽくなるけど世界の裏を牛耳ってると言われるロセリスト家と並ぶ家系だよ。シュナイターはヒスマン家の傍系だけれど実力者がそろっている。一説によると今の金融市場をリセットしようとしてる一派はすべてヒスマン家の流れをくむ組織だというぜ? その中のシュナイター家はベラギー王国から一時追放された時期があったんだな。正確に言うとベラギーが建国する前の話なんだが、それを第一次世界大戦後復権、建国したのが、今の女王の爺さんに当たる人なんだ」

宮根はメモをみながらそう説明するが、話を聞くだけの三佳とサツキはもう頭が混乱していた。

「ベラギー王国は今、マリア女王だ。けど女王は前のフェリプス殿下との間に子供ができなかった。マリアはシュナイター家の血を引く。フェリプスはヒスマン家。そこでフランツ・シュナイターが1歳のときヒスマン家から養子縁組された。フランツ・シュナイターはフランツ・ヒスマンからシュナイターになったんだよ」

「つまりシュナイターの一族の名前を残す目的のためにそう呼ばれるってこと?」

「そうだな、簡単に言うとな」
宮根はメモをまた見ながらそう答えた。

「それがさっきの話と、どうつながるのよ」
三佳はサツキと訳が分からないと目を合わせる。

「シュナイター家とヒスマン家の対立ということさ」
「派閥争い…… みたいな?」
「これ以上は情報不足でな…… わからん! それに、ここでこれ以上踏み込むのは危険だろう。だが、このベラギー王国のなかで二つの家が争っていることはどうやら事実っぽい」

「ぽい?」三佳とサツキはまた目を合わせた。

「ぽい、話で跡取りが殺されるの?」
「これ以上はここで確認できないという事だよ。だが、『ぽい』と言う話が『ぽい』じゃないことを証明したのが今回の事件なんじゃないか?」

 そう言われて三佳はしばらくの宮根の話から現実の恐怖へ引き戻される。
これが本当だとしたら、自分達は外国のどちらかの家の、しかも残酷な、利己的な計画の片棒を担がされるという事だ。そんなことの為に自分達は身の安全を引き換えに利用されるのか。

暫くの間をおき三佳が口を開く。
「でもそうだとして、あの不自然な写真の二人の態度はどう説明するの? 家の対立はそうだとして、子供を殺されて…… それにあいつらはそんな事件は起きてないと…… 」

「それも俺にはわからん」
悶々とする二人の顔を見ながら宮根は一呼吸おいて続ける。

「俺達は相手の庭のなかで今は選択枝がない。まずはお前ら…… 俺達が安全に日本に帰ることが先決だ。しかも仕事は『ちゃんと』してな」



『三佳』篇㈨に続く

★この作品はフィクションであり登場する人物、団体、国家は実在のものと  一切関係がありません。

エンディング曲
One of These Nights (2013 Remaster)
Eagles Official


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世界はここにある②    世界はここにある⑫
世界はここにある③    世界はここにある⑬
世界はここにある④    世界はここにある⑭
世界はここにある⑤
世界はここにある⑥
世界はここにある⑦ 
世界はここにある⑧
世界はここにある➈
世界はここにある⑩

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