世界はここにある⑫  三佳篇㈤

 二人はヒステンブルグまで車で連れ帰られていた。三佳とサツキの横にはウォルフの部下がシートに身体を預けながらも二人を監視しており、三佳は自分のバックの中を見ることさえ制止された。たった4日程度ではあるが見覚えのある街並みを視界の端に捉える。男の様子を伺いつつ顔をなるべく動かさずに、これから連れて行かれる所がどこなのかを探ろうとしていた。

 隣のサツキは三佳の腕を掴み身体を三佳に寄せたまま黙っていた。三佳は反対の手で彼女の髪を安心させるようになでる。自分自身も先ほどの恐怖に身体を固くしているが、サツキの様子に彼女の心までが壊れていないか気がかりだった。

「サツキ?大丈夫じゃないとは思うけど、しっかり」
三佳は自身にも言い聞かせるようにそう言う。サツキは小さく頷いた。

「しゃべるな」隣の男が短く言う。OKと三佳は答え、車が目的地に着くまで沈黙が続いた。幾つか見覚えのある建物はあったがそのあとは交通量がある通りを通っているにも関わらず見知らぬビルが立ち並ぶ。明らかにヒステンブルグに来てから訪れたことのない場所にいることはわかる。もしここで隣の男の隙をついてサツキと車を飛び降りることができたとしても、二人でどこへ逃げればいいのかわからないであろう。今はこの男達が連れて行こうとしている場所へ行くしかない。三佳は逃げようとして背後から撃たれた釣り人を思い身を寄せるサツキの手を握った。

 車はハンドルを大きく切り一つのビルの地下駐車場へ降りていった。駐車されている車列の角を何回か曲がったあと、警備らしき男達が立つ扉の前に横付けされた。
「降りろ」
ドアロックが解除され、車のドアを開けて待ち構えていた男達の一人が言う。サツキが三佳の腕を放さぬままに二人で降りると、背中を押されるようにして開いた扉の中へ男達に囲まれ連行された。

 いくつかの無機質な何も表示の無い扉の前を通り一つの部屋へ入るよう指示される。部屋の中には床に固定された金属製のテーブルとイスが二脚ずつ対面に置かれている。奥側にある椅子は固定され足元にはまた何かを固定する為のリング状の金物が取り付けてある。三佳はそれを見て自分達が置かれた状況が想像以上に悪いことを察した。サツキにはそれを悟られないよう「大丈夫よ」と声をかける。サツキはまたそれに頷いた。

「持ち物は全てテーブルの上に出して」
一緒に入った男が言い、二人はそれぞれのバックを差し出す。別の男が腕をあげるよう指示して二人はボディチェックを受ける。公園の前では女性警官が調べたがここではその配慮もない。何もないことを確認すると二人のバックを持ち部屋から男らは出て行った。

 二人残された部屋には死角ができないような配置で監視カメラが天上から据えられている。ここは警察なのか? 取調室のようなここなどこれまで無縁の二人である。自分達の置かれた環境にふさわしい設備とは思えない。あの場所へ自分達は招かれた立場だ。ただ偶然にあの瞬間に居合わせただけなのだ。サツキと共に身の安全は保障されて当然と思った。しかしこの部屋は明らかに二人を無言で追い込んでいる。

 ほどなくして先ほどの男達と共に、一人、毛色の違うスーツ姿の男が入ってきた。少なくとも警官やSPの類ではない。官僚のような感じの40歳代と思える男だ。彼は笑みを浮かべながら「座ってください」と言い、他の男達に部屋から出るようにと言った。

「ミス・タチバナ、それと… ミス・ドウヤマ? 私はベラギー王国外務部の担当者でポール・ヴュータンです。宜しく」
彼は二人に握手を求めてきた。サツキは彼の口調に少し安心したのか求めに応えた。三佳もそれに応えながら「ヴュータンさん、私たちは…… 」と口を開いたが、「ポールでいいですよ。私もミカさんとお呼びしてもいいですか?」と彼は笑顔でそう聞いた。

「ええ…… ポールさん、私達はここがどこかわかりません。私達がなぜここに連れてこられたのかも…… そしてさっきの出来事がなんだったのか?皇太子はご無事だったのか?教えていただけますか?」

彼はなぜか笑顔のまま三佳の質問に答え始める。

「まず、あなた方の身の上について確認しておきましょう。お二人はあくまで友好国である日本の客人であり、わが国で行われたシンポジウムに取材で来られた友人であることに間違いありません。この場所…… まあ、あまりお二人に気持ちのいい環境とは私も思いませんが、お二人がすでに協力的でいてくださる以上、私としてもお二人が早くお仲間のところに戻っていただきたいと思っています」ポールは三佳らを安心させるよう柔らかい物腰で言った。

「協力と仰いましたけれど、私達に何を?」

「実に簡単なことですよ。あなた方はこれからお仲間の待つホテルへ帰る。そしてカメラで撮った写真をもとに皇太子ご家族の休日の様子を記事に書く。地域住民とのふれあいも併せてね。そして明日のインタビューで我が国と皇太子の偉大な研究成果を伝えていただき、我々と日本、しいては世界の科学の発展と平和のためにジャーナリストとして仕事をしていただく。これだけですよ」
彼は何も難しくはないでしょう?と同意を求めるように笑顔を絶やさず言った。

「ポールさん、それは私達にさっきの出来事を見なかったことにしろということですか?」
彼のいう事に逆らわないでと言わんばかりにサツキはまた三佳の腕に手を伸ばし押さえる。しかし三佳は続けた。

「皇太子の息子さんが刺されたんですよ?皇太子ご夫妻も襲われ殺されそうになった。犯人はおそらく射殺された。そして関係のなさそうな人達も」
彼女は急にわいてきた怒りのような感情を乗せて、そうポールに言った。

「あなた方は何を見たんですか?」彼は本当に何もわからないような仕草をして続ける。
「あなた方は何もみていない。そんなことは起きていないのです。現に証拠もない。あなた方の夢の中のお話ですよ。少し残酷なお話のようですがね」

「写真を撮ってあります。カメラはヘンドリッヒさんが持っていかれました」
「カメラ?それなら私もさきほど確認させていただきましたがデータを見た限り、皇太子ご家族が釣りを楽しんでいる様子しか映っていませんでした。それは後ほどお返しします」
「その写真だけ消したのですか?」
「消した?そんなことをする必要はないでしょう」
「私はその瞬間シャッターを押していた。必ず写っている筈。不都合だから彼もその場でカメラを持っていった」
三佳は食い下がった。
「ミカさん。カメラはあなたが森の中にうっかり置き忘れておられたのです。それをヘンドリッヒが拾って私に届けた」

「じゃあ、なぜ、私達はここへ連れてこられねばならないんですか?それこそが口封じをしようとするあなた方の意図でしょう?」
三佳は押さえきれない感情が口をついて出ていることに気付く暇なくポールに答えを求めた。

「ミカさん」
ポールが表情を変えた。それはあの男達と同じ冷徹ささえ感じる目をしていた。
「あなた方に選択肢はないのです。我々は友好国からのゲストであるあなた方に言っている。あなた方がそれを捨てるつもりならば私達はお二人をゲストリストから外す。その意味はお判りですね。お二人は皇太子の休日の写真を撮りそしてホテルへ帰り、明日のインタビューを無事に終わらせ国へ帰るそれだけです」

「事件はなかったことにしろと…」

「繰り返しますが事件などそもそも起きていないのです」

「息子さんも他の人も死んでいないと?」

「ええ、そもそも誰も亡くなってはいません。明日のインタビューの時には息子さんも紹介されますよ」

三佳とサツキはポールの答えに思わず顔を見合わせた。




『三佳』篇㈥へ続く

★この作品はフィクションであり登場する人物、団体、国家は実在のものと  一切関係がありません。

エンディング曲
The Beatles - A Day In The Life
The Beatles Official


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世界はここにある②
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世界はここにある⑧
世界はここにある➈
世界はここにある⑩

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