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世界はここにある⑦

「ペア?何のこと?初めから、一から説明して」

 僕が詰める。
三佳は一度頭を垂れ、数回首を振ると少し間をおいて再度、僕の眼を見た。
僕も彼女自身も決意を求められているような気がする。

「まず、あなたが遭ったあの子ども達、あの子達は何者かという事だけど…
あれは本当の子供じゃないの」
「本当じゃない?って人間ではないとか?」
僕は急にSFぽくなる話に少々拍子抜けする。しかし、三佳の表情は真剣なままだ。

「一昨年に感染症が猛威を振るって世界中がその対応に振り回されていた裏である研究が完成されていたの。それは一言でいうと『人類の最も進化した形はなにか』ということ。1990年代、すでにその研究は、かの大国をはじめとする西側諸国では進められていたんだけど、AIや量子コンピュータ技術の驚異的な発達でここ数年で極秘裏に臨床実験が進められていたのよ。その計画は決して表面には出てこなかったけれどあるグループがそれを暴露しようとしたのよ」
「誰?」
「西側諸国に対抗するグループとだけ言っておくわ」
「そんな事件は聞いたことない」
僕は政治や経済にそんなに疎いとは思っていない。だからある程度の世界情勢やニュースはそれなりに理解している筈。しかしそんな話題は聞いたことがない。

「じゃ、あの感染症はなんで始まった?」
いきなりの三佳からの質問だが答えるに難しい問題じゃない。
「あれはC国の動物から突然変異体のウイルスが急速に広まったという話や
生物兵器研究所の事故からとかいろいろ言われたけど結局、原因は特定されていない」
そう。WHOの研究もいつの間にか他の話題にすり替えられてしまった。

「結論として発生した原因はわからない。でも人為的な要素があった可能性は高い。そしてこの2年間の世界中の騒ぎのあと、遠いヨーロッパでいきなり戦争が始まった。もう、世界中の目はそちらへ奪われてしまう。でもそれはお互いに隠したいものがあるからよ」
三佳はそう言ってハンドルを右の拳でドンと殴打した。ダッシュボードの人形が小さく震える。

「隠したいものって何なんですか?」
「あなたが逢ったあの子達はそのひとつね」
「でも確かに大人びた可愛くない口調の子供には違いなかったけど、誰も隠れてはいなかったし、僕にも話しかけたよ?」

 三佳は一度頷いてからこう続けた。

「アレ、あなたは現実の出来事だと思った?」
「どういうこと?」三佳の話の方向がわからない。

「あなたが現実だと思っていた子供達との遭遇は仮想よ」
「いや、あれは僕が公園にたまたま差し掛かった時に…」

「私は一部始終を向かいのマンションの一室から全て録画していたの」

 三佳はスマホを操作すると僕に動画を見せた。
そこには公園の手前を欠伸をしながら歩いている僕がいた。
そして僕は後ろから来た数人の男に何やら霧状の液体を頭上にまかれ、気づいていない僕はそのまま意識を失うように倒れ込むが数人の男達に抱えられ、横づけされた車に乗せられた。

それから30分くらい動画上ではそのまま車の中でいたことになる。
そして再び僕は数人の男達に両脇を抱えられ公園を後にしている。
僕には全くの一連の出来事、そして僕は彼らを見て様々なことを考え、彼らとも話をしているのだ。あれがバーチャルだというのなら、僕は現実との区別がすでに分からない。

「このあと、ひでくん。あなたは道路わきの柵にもたれかかるように座らされてしばらく動かなかったわ」
「見てたんですか?」
「ええ」と三佳は短く答えスマホの電源を切る。スマホの電源を入れたことを後悔しているような様子で車の外を注意深く伺った。

 確かに桜木が去った後、どれくらいあの場所にいたか記憶が定かではなった。こうやって記憶が刷り込まれたのか?しかしこのあともあの子からのアプローチはあった。そこまで手の込んだことをなぜ僕に?という疑問は続いている。そしてなぜ三佳は僕を追跡していた?こうなるのをわかっていたという事か?

僕が尋ねる前に三佳はその答えを話し出す。

「ねえ、ひでくんは結構有名な企業に勤めてるわよね」
「ええ、世間的にはそうだと思います。けど僕は…… 」
遮るように三佳は続ける。

「あなたが今いるのって、ベラギー王国の光学機械の輸入案件やってる部署でしょう?」
「え、なぜそんなことを?」

 僕は確かにその案件の担当社員だ。しかしうちのベラギー王国との年間取引はたかだか2億円程度。しかも他に何も取引はなく社内でも世間でも話題になるような取引ではない。部署は僕と上司が1人、課は欧州全体を管轄するが僕らはあと数人のアシスタントがいるだけのお荷物部署と言われてもおかしくない。だから数日休んでも誰も文句は言わないのだし。

「私たちもその取引自体は問題視してたわけじゃない。けれどベラギー王国側のエージェント。それが引っ掛かった。私たちは裏に何かあると睨んで調べ始めたの。そうすると案の定、やばい話や出来事が多発した。あなたもその中で名前が出てきたの…… 私もあなたが取り込まれるまであなたの存在を特定してたわけじゃないのよ。あれから調べて、なるほどの線がつながったわ。サツキのこともね」
彼女はそう言ってまた周囲を伺う。

「サツキは…彼らにというか、僕を拉致った奴に殺されたと言うんですか」

彼女はまたダッシュボード上の一対のドールを眺めて小さく頷く。

「なぜ彼女は?それに三佳さん、私たちって言いましたよね?」

「それを説明するに、ここは難しくなったわ」

そういいながら彼女はすぐにエンジンをかけて車を駐車場から出そうと発進させハンドルを大きく左にきった。
僕は何が起きたかと周りを見渡しながらアシストグリップを強く握りしめ片方の手でダッシュボードを押さえる。
ドールがバネの部分で激しく揺れている。
フロントに数台の車のライトが見えた。対向車線からタイヤを鳴らし勢いよくこちらに車をよせてくるが三佳はギリギリのところで左側の縁石を擦りながらも接触を回避し、相手の車両の横をすり抜けた。三佳は思い切りアクセルを踏みこむ。

僕はリアウインドウ越しに車が方向転換をしているのを確認した。
「やつら?ですか?」
「たぶんね、早かったわ…… 想定より」
三佳はこのワンボックスカーをラリーカーのように操る。第一印象の車のプロのような感じは間違いではなかったようだ。
後ろから彼らは追ってきている。

「次の角で右に曲がったらあなたを突き落とす」
「えっ」
「嫌なら自分で飛び降りて」
「三佳さんはどうするんですか」
「私のことは心配しないでいい。あなたが一緒にいることが問題なのよ」
「けど…… 」
「考えてる暇ない。曲がったら河川敷道路のはず。転げてすぐに隠れて!少々怪我はするかもしれないけど死ぬよりましでしょ!この人に連絡を取って携帯以外でね」
彼女は名刺らしきものを素早く僕のズボンの中にねじ込んだ。ポケットではなく股間にだ。しかしそれは後で気が付いたことだ。

僕が何をする間もなく彼女はハンドルを切り、少しブレーキを効かせたところで「行って!」と叫ぶ。

僕は扉を開け飛び出した。

天地が周り、全身に痛みが走る。頭を守り抱えるので精一杯の僕は、なすすべもなく草むらに転がり落ちた。生きているのか死んでいるのか僕にはわからない。

結局、出来事の半分もわかってない。サツキもこんな目に遭ったのだろうか?そう思うと現実感の無い話の中のサツキが僕の知っているサツキに変わっていった。
本当に死んだのか?
もう、車の音は聞こえない
血を流しているのか目が開けづらい。よく見えない。それが泣いているせいだとわかるのに少しの静けさが必要だった。

カサカサと草を踏む音が聞こえる。音のするほうへ目をやることすらできない。

「にーちゃん、スタントマンの素質あるかもな、怪我してなかったらだけどな…無理か…」

そんな声が聞こえた気がした。


『三佳』編に続く

★この作品はフィクションであり登場する人物、団体、国家は実在のものと  一切関係がありません。

エンディング曲
Long Train Runnin' The Doobie Brothers公式


世界はここにある①
世界はここにある②
世界はここにある③
世界はここにある④
世界はここにある⑤
世界はここにある⑥


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