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世界はここにある③

「お兄さんはこの街の人でしょ?」
彼女は僕のことを何もかも知っているかのような口ぶりで聞く。
「ああ、僕は引っ越して3年くらいだけど、君はどうなの?ここに住んでいるの?」
「いえ、私はちがうの。私は今日、このミーティングの為に来てるの。この街の子はそうねぇ、100人もいないと思うけど」
彼女は子供達を見渡してそう答えた。
100人に満たないのがこの街の子供なら、その10倍近い子供らは別の街から来たことになる。それだけの子供がどうやって集まった?それよりもそう、何のための集まりなんだ?

「君らはここでなにをしてるんだい?」
僕はさっきの緊張感から解かれた勢いで彼女に訪ねてみる。
「ミーティングよ。私たちの為の」
「なんの集まりなの、これは?」
返答を待つ間もなく桜木と呼ばれた男が割って入る。
「あなたには関係がありません。ご遠慮願いますか」

 男に表情は無いが目は鋭く感じた。只者ではないだろうが僕に危害を加えるつもりもなさそうだ。しかし相手は確かに僕を彼女から引き離してこの場から立ち去るように圧力をかけている。何かはわからないがそれはこの子供らの本来の集合体と違う力のような気がする。君子危うきに近寄らずは正しい選択なのだと言わんばかりに。

「桜木さん、そろそろ時間ですから」
彼女がそう言うと男たちは「こちらから」と公園が見えなくなるところまで僕を囲んで誘導した。僕は何回か振り返り子供達を見たが彼女らはもう僕の登場がなかったかのように集会に戻っている。

「では、ここで」
公園からほどほど歩いて、桜木と呼ばれた男と部下らしい男達は、軽く会釈をして僕を解放した。駅まではあと5分程度の大通りまで出ていて、行こうとしていたコンビニはもうすぐそこだ。公園の異常に思えた風景とは違い、街の人々が行き交い車も忙しく走るいつもの姿があった。
 
「桜木さんでしたね、あなたはあの子達の何なんですか?保護者でもなさそうだし、まるで彼女の部下みたいに」

「何度も言いますがあなたには関係がありません。あの集まりを我々は特に秘密にしているわけでもありません。あなたがこの先この事をどう解釈しようと、誰に話そうと構いません。しかし我々はそれをお勧めはしない」

 静かに話す桜木の口調には言葉使いの丁寧さとは裏腹に、重ねての他言無用の盟約を結ばせる意思があるように感じた。

「では、お気をつけて、高山さん」

 なぜ、僕の名前を知っている…?

 僕は最初に彼らに囲まれた時の危うさの比ではない恐怖を感じ、その理由も問いただせずに歩道柵にもたれかかるのがやっとだった。
 
 平静を取り戻すのにどれくらいの時間がたったのだろう?前を通っていく住人らしき人は僕を見ようともしない。車道を両方向に走る車は日常の仕事をこなしているのだろう。並んでいる店舗には客が出入りし、笑顔の挨拶まで聞こえる。しかし僕だけは、僕だけはここに動けなくなっている。何が起こっている?何に僕は触れてしまったんだ?

 それから僕は何とか歩き出した。ほとんど無意識にポケットからスマホを取り出した。

「もしもし、おふくろ?」
「はい、どなた?」
「僕だよ、ひでと」
「あーひでちゃん。どうしたん?」
「なんかちょっと、知ってる人と話したくて」
「何言ってんの?親子だからそりゃ知ってるわよ、なんなの?」
「いや…… なんか変わったことある?」
「変わったこと…… いや~別に、ここ最近は別にないな~」
「そう、それならいいわ、僕だけかな、変わったことに遭遇したのは」
「さっきからおかしいよ、ひでちゃん。身体の具合でも悪いの?」
桜木の言葉がよぎる。
「いや、最近忙しくて、疲れてるかも。帰って寝るよ」
「大丈夫?」
「ああ、おやじや絵里奈に宜しく」
「わかった。今度の休みでも帰っておいで。美味しいもの食べさせてあげるから」
「うん、じゃ」

 ほんの少し心が和らいだ。僕の世界はちゃんとある。少なくとも実家はあった。電話中に浮かんだ桜木の顔と声。公園の子供達。謎の少女。
忘れよう。そう思い本来の目的であるコンビニへ向かった。 

 コンビニ弁当とビール、水を選び、持ち合わせが少ないことに気が付いた僕はスマホで支払いをしようとアプリを開く。支払いがされたあと何やら抽選が画面で始まった。運が良ければ支払い分のポイントが返ってくるやつだと、店を出ながら結果を確かめるべく画面と前を交互に見ていた。

店の前を親子連れが通る。男の子が僕を見てにこりとした。

あの子だ、ゆうたとか呼ばれてた子だ。
僕は彼を目で追ったが、彼は振り向かず親らしき大人と歩き去った。

スマホが軽快な音を短く鳴らした。
画面には全額ポイント還元の表示がまるで宝くじの一等が当たったかのように映し出されている。
「いいこともあったか」
僕は続けてメールの着信を見る。

ダヴァースという発信先のショートメッセージがある。
訳の分からないメールはブロックしてあるはずだがショートメッセージならテキストだけだろうと確認をする。

『お兄さん、お母さんに黙っててくれてありがとう。お礼にコンビニ代はタダにしてあげたからね💛じゃーね!』


 続く

エンディング曲
Perfume 「Spinning World」perfume公式



世界はここにある①
世界はここにある②


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