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世界はここにある⑥

  駅前の通りを僕とサツキは速足で通り抜け、大型の電化製品と日常雑貨ののチェーン店舗がある大きめの駐車場に差し掛かるところで僕は彼女に切り出した。

「あの…… あなた、堂山どうやまサツキって言いましたよね」
僕は足を止めた。彼女ももう一歩踏み出そうとした足を戻し、僕の隣にピッタリと止まった。

「バレてるか…そりゃそうだよね、サツキはあたしみたいにイケてないしね」
彼女はさも自慢げな笑みを浮かべ僕を横目でチラと見た。
「それは失礼だと思う。確かにあなたは美人だ。けど堂山さんのことを僕は素敵な人だと思ってた」
「へ~、その辺は情報あるようでないけど好きだったってことね」
「中学生のころの話ですよ」
「ふふ」
彼女は初恋かと囃し立てかねない表情で僕をまた見る。

「あんたはサツキじゃない。あんたは誰だ?メモの人なのか?なぜ堂山サツキの名を知ってる?どうして僕のことを知ってる?」
僕は彼女の表情に少々腹を立てていた。いや、腹を立てていたのは表情にではなく彼女の名前を勝手に語られたことだったのかもしれない。
 
『堂山サツキ』彼女は僕の中学生の時のクラスメートであり、確かに僕の初恋の相手だった。彼女は美術部、僕はサッカー部で接点はほぼなかったけれど、彼女が美術室でキャンバスに絵を描いている姿を眺め、なんとなく意識をしていた。彼女のキャンバスを見つめる真剣な表情が好きだった。そして彼女が友人達と帰る時に見せる、世の中のことに何も疑いがないような笑顔も僕は好きだった。
 
 彼女は堂山で、僕は高山。『同じ山が付くから結婚してもあまり苗字が変わらない感じでお似合いだ!』とか小学生が考えそうな幼稚な発想のロマンス捏造がほんの一瞬クラスに広まったことがあり、僕は不自然に大げさに否定をし、彼女は笑いながら否定をしていた。その時、目が合ったことがあるけれど僕にはその瞳が語ることの意味を考える余裕はなかった。
 
 ごくまれに練習帰りに友人同士、グループで一緒になることがあった。僕は直接、彼女と話したことはあまりない。そして中学を卒業をし、その気持ちは宙ぶらりんのまま、僕は次の三年間をサッカーだけに集中していた。ただ、僕の気持ちを見抜いていた悪友は、高校時代最後のサッカーの試合を前にして、僕自身も忘れかけてた彼女への気持ちを、同級生なら絶対にわかるイニシャルトークで勝手にSNS上に初恋話を拡散させたことがあり、中学人脈では知らぬ人がいない話題になってしまった。それが功を奏してか、サツキは試合を見に来てくれたものの、当然に僕はなんの活躍もできず試合に敗れ、彼女にありがとうの言葉も伝えられないまま高校生活のページも閉じた。

 それ以降、もちろん彼女とは会っていない。東京の大学を出た後マスコミ関連の仕事に就いているというのは聞いたことがあった。

「その話をする前に私の車に乗って」
彼女についていくと、なんとも彼女には似つかわしくないシルバーのワンボックスにキーを突っ込みドアを開ける。今時、物理キーでドアを開ける車があるのにも驚いた。
「乗って」
彼女は慣れた感じで僕が助手席に乗ったのを確認したあと発進させ、車は駐車場から出て国道を東に横浜方面へ向かっているようだった。

「これ、ディーゼル車ですよね」
「そうよ、会社の車。燃料安いし故障しない。あと変に細工もされない」
「細工って?」
「この車カーナビもつけてないの。ただし空から見られたら一緒だけどね」
「返事になってませんよ」
「わかるでしょ、今の車は電装、半端ない。EVは勿論だし、ガソリン車だって電気がなきゃ動かない。その点、毎年車検のディーゼル車でも足回りとエンジンが大丈夫ならいくらでも走る。いざとなりゃ灯油や食物油でも走れるわよ少しならね…」
彼女は車の多い日曜の国道を巧みにハンドルを切り走らせる。その風貌とは違うが普段から車の運転を生業にしているようにも思える。

「おおよそ電子制御でGPSやネットにつながるものは『あの人たち』に見つけられる。だから時間稼ぎやカモフラージュでこの車は有効なの。あくまでも一時的だけど、どうせNシステムを調べりゃ私たちは多分15分後には見つかる。すごいんだから」
TVや映画で聞くような台詞。それが本当か嘘かは別として自分がいる現実にその台詞が語られていることに僕は戸惑っている。

「さっきの答え、まだ聞いてませんよね」
「どっち?私が誰かってこと?それともなぜサツキを知っているかってこと?」
「両方です」
彼女は時折バックミラーを気にしながら僕には視線を決して向けることなく
話す。
「私は立花 三佳たちばな みかそれと堂山サツキは私の後輩、仕事のね」
「立花さんって、マスコミ関係ですか?」
「なぜ?」
「サツキ…堂山さんはマスコミ関係に就職したという噂をきいたことがあって」
「それは半分当たってる。彼女は私が勤めていた雑誌社のデザイン部にいた。私はカメラで彼女とは同じ雑誌の担当だったの」
「勤めていたって…今は違うんですか」
車はスローダウンした。いつの間にか東名高速に入っていたが東行きは渋滞が長くなっている。

「サツキは死んだ。私のせいで」
彼女は前を見つめたままそう言った。
僕は「えっ」という言葉すら出ずに三佳の横顔を茫然と眺めるだけだった。

「これからあなたに話すことは信じられないことばかりだと思う。でもこれだけは言っておくわ。『あの人たち』はあなたをこのまま放置しない、絶対に。あなたがあの子たちを見つけたのは偶然ではないの。予定されたバグなのよ。それはあなたを使って私達をあぶりだすため。サツキも同じ目にあった。あの人たちは私たちがあなたを見捨てないことを承知の上であなたを選んだのよ」

「それは、僕も命を狙われると…」
「そう」
「なぜ? 僕は何もしていないしこれからも何にもしない。あの子も言ったよ!あの…… 桜木って男だって、僕には関係がないから忘れろって。僕はそのつもりだったんだ。それをあんたがまた僕を引き込んだ。なんでそれで僕が命を狙われるんだ? なぜサツキが死ななきゃならなかった? 僕はあの子達の正体すら知らないんだ。」
 
 僕はむしろ三佳が僕を自分たちの悪行に引き込もうとしているように感じた。
 
「僕をどうするつもりなんだ?あんたは一体何者なんだ?あの子達はなんだ?」
僕は僕を見ようとしない三佳に怒りを覚え、彼女の持つハンドルに手をかける。返答によってはハンドルを思いきり切って車を事故らせる覚悟だ。
しかし彼女は冷静を保っている。そして高速を降りて一般道に入り、何かの店の駐車スペースに車を止めた。

 もう辺りは日が暮れ始めている。三佳はハンドルを強く握ったまま、ダッシュボード上の小さな男の子と女の子のドールを見つめていた。そして意を決したように、車に乗ってから初めて僕を真正面から見て話し始める。

「それは…… 」

「あなたが最も進んだプロトタイプの『彼』とペアの人間だからよ」


続く

エンディング曲
capsule - Step on The Floor -  capsule 公式


世界はここにある①
世界はここにある②
世界はここにある③
世界はここにある④
世界はここにある⑤


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