見出し画像

世界はここにある⑭  三佳篇㈦

 滞在するホテルの前に車は止められ、二人は仮睡の間の悪夢から逃れるように車外へ出た。車はすぐに走り出し他の車列の中に見えなくなる。
相変わらずサツキは三佳の腕を掴んでいる。先ほどまでの体験が現実であったことの揺ぎ無い証拠だと三佳は思う。

「行こう」
三佳はサツキに声をかけ、何人かの旅行客であろう人達に混じり、身を寄せるようにしてホテルに入っていった。

 8階にある二人が泊っている部屋に入ってすぐにサツキは床に座り込んでしまった。日本にいてはまず遭遇しない場面に居たのだ。恐怖は後からも追いかけてくる。
三佳にしても今になって震えだす膝を手で押さえ、平静を装うことなどできないと思い知らされていた。
涙が一筋つたう。サツキも同じだろう。取り敢えず助かったことの安堵は全身の力を奪っている。

「これでも飲みなさい」三佳はサツキにミネラルウォーターのボトルを渡しサツキの横に胡坐をかく。
サツキと三佳は一気に半分ほど飲むと、お互いの顔を見て「ひどい顔だね」と言いあった。少し笑顔が戻ったことで二人はやっと安全を感じられた。

「大丈夫?」三佳はサツキに聞く。
「うん、ちょっとここまで帰ってきて安心しました」
サツキはそう言ってから水をもう一口含んだ。
「どうするんですか? 明日」
「ーー明日? どうもしない、予定通りよ」
三佳も、もう一口水を含んだ後、そう答える。
「本当ならインタビューどころじゃないですよね」
「そうね」
三佳は残りの水を全部飲み干すと堅めのペットボトルを手で握りつぶそうとする。
「あれは何だったんですか、おばあさんが子供を刺して、兵隊が人を撃って…… それが何もなかったなんて言うし」
「何もないわけない」
三佳は勢いボトルをつぶす。
「絶対にあれは本当だった。二人で見たんだ、夢じゃない。絶対に何かある。私達が知ってはいけないことなんだろうけど」
そう言ってサツキのスマホを上着のポケットから出してもう一度写真を確認する。

スマホには3枚の写真がダウンロードされていた。
一枚は皇太子妃が息子を抱きかかえている写真。
もう一枚に逃げる釣り人の後ろ姿。
そして最後の写真には皇太子ら3人の写真だった。

三佳はしばらくその写真を見ていたが、何かに気付いたかのように写真をピンチアウトさせると「ちょっと待って……」とスマホをサツキに渡す。
「その写真、メールで私のPCに送って」とサツキに言い、ベット脇に置いていたラップトップの電源を入れた。
ほどなくメールで写真を受信すると、ラップトップの画面にその写真を映し出し、さらに画像を拡大する。

「サツキ、ちょっと見てごらん。何かに気付かない?」
「その写真は見たくないですよ。それでなくてもPTSDになりそうなのに」
「そのPTSDにならないためにも見なきゃダメなのよ」
三佳はサツキに早く見ろと手招きをする。

「ほら、まずこの写真のお母さんの表情を見てよ」三佳は一枚目の刺された我が子を抱く皇太子妃の写真を拡大する。
「なんか、無表情ぽく見えない?」
サツキは三佳にそう言われ、渋々画面をのぞき込む。言われてみると写真の彼女の表情は無表情と見えなくもない。

「目の前で自分の子が刺されたのよ、普通は気が狂いそうに泣きわめくとか叫ぶとか、刺されたところを手で出血を押さえるとかするんじゃない? だけど見てよ、なんか見るからに『ああ、死んじゃったのか』みたいな表情で抱きしめるでもなく、なんか支えているだけの感じの抱き方。おかしくない?」
「うーん……どうかな、なんかショックすぎて茫然としてるからこうなっちゃったとも見えません?」
サツキは少し抵抗がなくなったのか写真を自分で拡大したり戻したりしてそう言った。

「確かにそうともとれる。でもこの写真見て」
三佳がスクロールして三枚目の写真を映し出す。皇太子と皇太子妃、そして刺されて抱かれる王子の三人のワンショット。

「ーーえっ!」サツキは思わずそう言い口を手でふさぐ。
「これでさっきのが茫然としての顔じゃないことがわかるでしょ」

その写真は、あきれ顔で『仕方ないな』と言う表情の皇太子と、少し口をへの字にまげた母が目を合わせるシーンが映っていた。腕の中の王子は頭を垂れ、もはや母が抱いているという形ではない。まるで重そうなカバンを抱えているとしか言いようのない母の体勢。

 三佳はサツキの頬を両の手で触った。
「もし私の目の前でサツキがこんな目にあったら、私はあんたの血でドロドロになったってあんたを抱きしめるよ。でもこの人たちは自分の子どもが刺されてるのにこの表情とこの態度。これは絶対におかしい。なにかある。きっと何かあるよ」
「何かって、なんです?」
サツキの問いに三佳はしばらく考えて
「例えば、この子は本当の王子ではないとか」
「とか?」
「ーーこの子は人間じゃないとか」
「それはSFすぎません?」
「そうね、ちょっと現実的じゃないね。でも本当の王子ではないと思う」
三佳は確信したかのようにそう言った。

「でもそれならそれでどうして釣りをしてた人まで撃っちゃったんですか?」
「釣りしてた人が犯人の仲間だったか……」
「だったか?」
「口封じの為か」

「でもそれなら私達も」サツキはまた不安げな表情を見せる。
「でも、私達は殺されなかった」
「なぜ」
「それはわからないけど、考えられるのは明日のインタビューがあるから、じゃない?」
「インタビューが終わったら?」
サツキはそんなことはないという答えを三佳に求めるように聞く。
「それは私達次第ということじゃない? このことを黙ってる限りは安全だみたいなことをあの男、言ってたでしょう」
「私、英語がよく聞き取れなかったから……そう言ってました?」
「ええ」
「じゃ、黙ってましょ、先輩、誰にも言っちゃダメです」
「わかってるよ、あんたを巻き込んで殺されたら私は死んでも死にきれないから」
三佳は私だって死にたくないと思いラップトップを閉じた。

 その時ドアをノックする音が聞こえた。二人は一瞬、身を強張らせた。
「誰?」
三佳の問いに答えたのは宮根だった。

「おい、帰ってたのか? 飯食いにいこうぜ」



『三佳』篇㈧に続く

★この作品はフィクションであり登場する人物、団体、国家は実在のものと  一切関係がありません。

エンディング曲
ONE OK ROCK - Liar
 ONE OK ROCK Official


世界はここにある①    世界はここにある⑪
世界はここにある②    世界はここにある⑫
世界はここにある③    世界はここにある⑬
世界はここにある④
世界はここにある⑤
世界はここにある⑥
世界はここにある⑦ 
世界はここにある⑧
世界はここにある➈
世界はここにある⑩

この記事が参加している募集

私の作品紹介

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?