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世界はここにある⑰  三佳篇㈩

 皇太子ファミリーとの挨拶が終わるとサラ妃とロイ王子は退出した。4歳になったばかりという王子は、少しはにかみながらも三佳らに丁寧に挨拶をし、母に手を引かれ部屋を後にする。眼の前にいた王子のあどけない表情と写真の糸切れのマリオネットのような姿が、三佳にはどうしても重ならない。何かがおかしいがその答えは見つからない。王子は部屋の外へ出る瞬間も見返り、ほほ笑んだように見えた。それは自分達への親睦なのか。

 三佳は予定通りのインタビューを行った。質問や内容は事前に皇太子側へも伝えてある。過不足のない内容のインタビューが行われた。シンポジウムのホスト国であるベラギー王国の皇太子として、またクローン技術の世界トップレベルの研究者であり技術者でもある博士として、彼の話す内容、それらについては三佳らの期待を裏切らなかった。

 一通りのインタビューが終了を迎え、席を立ちながら皇太子が三佳らに言葉をかけた。
「予定されたご質問は以上でしたかな?」
「はい、とても興味深く素晴らしいお話が伺えました。ありがとうございます」三佳と宮根らはそろって日本式にお辞儀をしながらそう言う。
「日本へはいつお帰りで?」
「明日の便でドイツへ飛んでから日本へ帰ります」
宮根は通訳を介してそう答えた。
「そうですか、では残りの時間、是非、我が国をお楽しみいただいて、気を付けてお帰り下さい」
丁寧な皇太子の言葉にも三佳は裏を探ってしまう自分を見つけていた。

「皇太子閣下、あの森へはよく行かれているのですか」
三佳は皇太子の言葉を受け、つい口を開いてしまう。宮根が三佳を驚きの表情で見つめ、サツキは覗いていたモニターから視線をあげ三佳を見つめるだけだった。

「ああ、昨日の…… あの森はご存じかと思いますがもともとシュナイター家の領地であり別荘地でもあったところです。昔は狩とかもできたんですが今は公園ですし、ありがたくも世界自然遺産にもなっている所ですから今はそういうわけにはいきません。家族でと言っても私は早朝に釣りをするか、昨日のように大勢の護衛をつけて昼までの間に森林浴をするとかですかね。どちらにしてもそう度々と言うわけにはいきません」
そう言って皇太子は笑った。その笑顔に不思議と嘘は感じなかった。

「早朝にですか?」三佳は皇太子の言葉を繰り返す。
「そうですよ、釣りの場合はね。昼間はなかなか」
三佳は宮根の顔を一度見て、彼が頷くのを確認してから慎重に言葉を選んだ。
「昨日の皆様でお過ごしの時間はいかがでした?なかなかごゆっくりとはできないのではないかと思ってしまいまして」
「まあ、短い時間ですが久しぶりに家族で朝のいい空気を吸えましたしね……」

 皇太子の答えに三佳が続いて尋ねようとした時、扉をノックする音とほぼ同時に足早に男が部屋に入ってくる。
「閣下、申し訳ありませんが次のご予定の時間です。お急ぎいただけますれば」
「ああ、そうか。では皆さん、残りの時間が良い思い出になるように」
皇太子は宮根と三佳へ軽く手をあげ『また会いましょう』と言いながら部屋を後にする。
皇太子の後から部屋を出て行く男は三佳を振り返り見る。彼は無言で三佳らを見つめた後、鋭い視線を残したまま部屋を出て行った。

「どうした」宮根が血の気の引いた顔をしている三佳に尋ねる。
「ポール…… 彼が、ポール・ヴュータンよ」
宮根がサツキを思わず見ると、サツキはガタガタと足を震わせていた。他のスタッフは三佳らの様子を変とは思いつつも機材の片づけや次の撮影の準備を急ぐ。

「おい、島崎!」宮根がスタッフの一人を呼んだ。
「はい、何すか?」
「お前ら、あとの王宮内の許可撮影を頼む。俺は立花と先にホテルに戻るから」
分かりましたと返事を聞いてから宮根は、三佳とサツキを一刻も早くこの王宮から、いや、日本に戻さねばと思っていた。
しくじった! なんでさっき三佳の合図に俺は頷いたんだ! 宮根は戻らない時間に後悔をしながら二人に声をかける。

「行くぞ、すぐにホテルへ戻ろう。場合によっては日本大使館へ逃げ込む」
三佳とサツキは言葉なく頷き、宮根と共に王宮から逃れるように出た。


「彼女のスマートフォンはどうだった」
「データはありません、消したとしても復元は可能とは思いますがそれよりも問題が」
「なんだ」
「どうやらスマートフォンを隠す寸前に、何らかのデータをクラウドに挙げた形跡がありました。そのサーバを追跡してハックしたところ、そのデータは彼女以外の端末に転送されてますが、元のデータは残っていないようです」
「確かか?」
「はい、そこから先は端末を抑えなければなりません。その端末から別に送られているとその受け手次第では厄介なことに」
「誰だ? その持ち主は」
「彼女と一緒に来ている一行の誰かと思われます。彼らの企業の携帯のようですぐに個人の特定はできませんが、通信は我が国内でした。」
「そうか、では回収しろ」
「データの追跡は」
「相手がわかれば方法はある。端末をすぐに押さえろ」
ポール・ヴュータンはそう部下に指示しながら、三佳たちが去っていく様子を王宮の窓から見ていた。

「いらぬことをしたなミス・タチバナ。ならば兎追いを始めるしかなかろう」


 王宮からホテルまでは徒歩で10分程度の距離。車は他のスタッフの為に置いておかなければならないし、今は街を歩く人の中に紛れる方が安全だとも思えた。宮根は周囲を気にしながらも二人の様子を気にしていた。

「昨日のあの家族は偽物だった……」
三佳はサツキの左側に寄り添い彼女の腕をしっかりとつかんで歩きながらつぶやく。
「だったらあれは、誰なんですか?」
サツキは正解を欲し、三佳に聞く。
「わからない。でも本物じゃない。皇太子も、奥さんも、王子も」
「影武者…… 的な?」
「そうかもしれない。とにかくさっきのロイ王子が本物で生きてる」
「それはそれで良かったけど、殺されたあの子と他の人たちは誰かってことですよね?」

 サツキは速足で歩く三佳に遅れまいと小走り気味についていく。三佳が腕をしっかりと握ってくれている安心感はあったが、三佳のただ宮根の背中だけを見て歩く横顔に、事態は自分が考えている以上に危険なのかと感じる。すぐ前を歩く宮根の振り返る顔も同じように思える。この国の人達は自分達の味方になりえないのか?そう思うと、すれ違うこの国の人、全てから見えなくなりたいと思った。

 ホテルに着いた三人は8階まで上がり、廊下を見て人がいない様子を確認すると宮根の部屋へ入った。
宮根は閉じてあるカーテンの隙間から外の様子を伺い、三佳たちを安心させるように「誰もついてきてはいないようだ」と言った。

「どうするんです?チーフ?」
サツキはソファに座り込んだ宮根に聞く。
「とにかく…… 今は少し休もう。明日の便はドイツまで他の取材クルーも一緒だし安全だろう…… 問題はそれまでの時間だ。他のスタッフが帰ってきたら嫌でも今夜はお前たち二人だけにはしない」
「私達もそのほうがいいわ。サツキもそうでしょ」
三佳はサツキに同意を求めサツキは頷いた。

「一体、何が起きてるんだ、ここは」
宮根が苛立ちを抑えられない様子で言う。
「私達は利用されたという事じゃないかな」
三佳はずっとサツキの腕を離さなかったがゆえに力を入れすぎてこわばった自分の右腕をほぐしながらそう言った。
「利用って、なんの?」
サツキが三佳に聞く。
「想像だけど、暗殺計画を防ぐためにとか」
「なんで?私ら日本人ですよ。この国には仕事に来てるだけの」

「多分……」
宮根が三佳の表情を伺いながら口を開く。
「外国の取材陣が王室ファミリーに取材に行く情報をわざと流し暗殺者をダミーのところへ誘導させた」
「で、結果は失敗し、犯人達は射殺された」
三佳は宮根の言葉に続けて言った。
「それがあいつの狙いだったとしたら……」
「あとは私たちをどう扱うかということね」
「そんな! なんで私達なんですか?」
サツキが顔を膝頭にうずめて言う。
「何かあるはず。私達でなければならない理由があるはずよ」
「記者であるとか、あるいは外国人である事とかか?」
宮根は三佳にそう聞いたが、三佳の口からその答えは出そうにない。推察できることはそこまでだ。

 暫し沈黙が三人の間を漂う。
宮根は王宮に残ったスタッフへ連絡すべく、スマートフォンをポケットから取り出した。

 呼び出し音が静かな室内に漏れ聞こえる。しかし電話に出る様子がない。
「ちょっとトイレに行くわ」
三佳がそう言って離れた数秒後、部屋のチャイムが鳴り響いた。
クルーが帰ってきたか?宮根は扉に向かい「島崎か?」と尋ねる。

「警察だ。扉を開けろ!」野太い男の声が響く。
「What?」
宮根が短く発した直後に扉は勢いよく破られ、数人の男達がなだれ込んでくる。宮根とサツキは突き付けられた銃の前に跪くしかなかった。

「もう一人はどこだ?」


『三佳篇』 最終話に続く

★この作品はフィクションであり登場する人物、団体、国家は実在のものと  一切関係がありません。

エンディング曲
ジェンキンス - 弦楽のための協奏曲「パッラーディオ」
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世界はここにある②    世界はここにある⑫
世界はここにある③    世界はここにある⑬
世界はここにある④    世界はここにある⑭
世界はここにある⑤    世界はここにある⑮
世界はここにある⑥    世界はここにある⑯
世界はここにある⑦ 
世界はここにある⑧
世界はここにある➈
世界はここにある⑩

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