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世界はここにある⑱  三佳篇最終話

 サツキと宮根は銃を向けられたまま部屋の隅に移動をさせられた。
「いやっ! 放して!」
三佳も別の男に両腕を後ろに固められた状態で連れ出されてきた。そして二人と同じように跪かされ、眼の前に銃口を突きつけられた。
「撮ったものを全て出せ、データを送った端末もだ」
押し入ってきた男達の中の一人が言った。警察とは名乗ったが明らかに違う。そのやり方は法を遵守したものではない。いきなり銃を突きつけられる恐怖はそれが現実の出来事であることを思い知らされると同時に、自分達が持っているものが彼らにとって重要なものであることを示していた。

「写真のことか? ここにはないぞ」
宮根が英語でそう言うと同時に、銃を向けていた男が宮根の顔面を蹴った。彼は後ろへ倒れ、両手で頭と顔を守るようにして身体を丸くする。
再度、その男が蹴ろうとした時、リーダー格らしき男が止めた。
「大人しく出せばいい。それだけでいいんだ。手荒なことをしたいわけじゃない。我々に協力的ならな」

 英語で話す彼はやはり警察官ではない。何かの組織で訓練を受けたこういう特殊な任務を遂行する男達だ。命令を着実に実行する。そして命令以外の行動はしない。その命令を下したのはポール・ヴュータンに間違いないだろう。三佳はおびえるサツキとダメージを受けている宮根を見ながらも身体が動かない。自分も恐怖に固まっていることを自覚した。

「どこだ!」
再び彼が言う。
「わかったわ、全て出すから乱暴はしないで」
三佳はやっとのことで声をだした。
「いいだろう。協力さえしてくれればいいんだ」
「この部屋じゃないの。私達の部屋よ」
リーダー格の男は倒れている宮根とサツキを見張れというような指示を出し、あと一人にこの部屋と持ち物を確認させだした。
残り二人を従えてその男は三佳を立たせた。
三佳は3人の男と共に自分の部屋へ行く。廊下に出ると同じ階の宿泊客らしき女性と出くわしたが、リーダー格は『こんにちは』とドイツ語で紳士のように声を掛け相手も『こんにちは』と笑顔で返事をした。三佳が助けを求める表情さえできぬよう『ディナーの予約は出来ているんだ、今日は楽しもう』と英語で三佳に微笑む。
そして三佳の部屋に入っていく。

「写真はお前の端末からサーバに送られて、そこからデータを再度ダウンロードしたことはわかっている。それをまず出せ」
「サツキ…… 彼女の携帯に送ったのよ。彼女の携帯のデータはもう消去してある。あとはこのPCにメール転送したの」
リーダー格が二人の内の一人に何かしらを言うと、その男は宮根の部屋に戻っていったようだった。リーダー格は三佳に『Lap Topを起動させてデータを見せろ』と言った。三佳は言われるままに写真データを見せる。3枚の写真データを確認した男は『これはそのまま持って帰らせてもらう』と三佳に告げた。

 その後、部屋の中を物色し他に何も無いことを確認した彼は三佳に『立て』と指示をする。
「身体も勿論、調べさせてもらうよ」彼はそう言い、三佳の身体を触り、持ち物と衣服のすべてを確認する。胸をはだけられ、彼の手が三佳の下着の内まで探った。涙があふれるのが分かった。自分が卑しめられているのが悔しいからではなかった。サツキが間違いなく同じ目に合わされていることが辛かったからだ。自責と共にポール・ヴュータンへの憎悪が三佳を侵食し始めていた。

 宮根らを調べていた別の男が報告に来た。それを聞いたリーダー格は三佳に『隠せばこれ以上の扱いをしなければならなくなるぞ』と言った。
「東京のスタッフのところへデータを暗号化して送ったわ。けれど私でしか開けない。パスワードまでは送っていないの」
余計な事をという表情のリーダー格の男は自身のスマートフォンで連絡を取る。相手は間違いなくポール・ヴュータンだろう。対応の指示を受けているのに違いない。ドイツ語らしく内容まではわからない。

 何かの指示を受けた後、リーダー格は三佳に送り先の情報を教えろと言い三佳は受け手のアドレスを教える。
「お願い、向こうは何も知らないし写真も添付ファイルが開けられないから絶対に見れない。関係がないの。お願いだから向こうへは何もしないで」
三佳は彼に哀願するように言った。
「追って指示がくる」
彼は短く言った。

 それから2時間ほどの時間がたっていった。三佳はサツキと宮根のことが心配だったが何もできないでいた。リーダ格の男に電話があったようで、また何かの会話がなされた。

「すべて終わった。我々は失礼するがくれぐれも慎重な行動を頼むよお嬢さん。もうそろそろ君らの仲間も帰ってくるだろう。『一緒に我が国の最後の夕食をせいぜい楽しんでくれ』と伝えておく」
「伝言ってポール・ヴュータンから?」
三佳は聞く。
「言うまでもないだろう」
そう言って男らは三佳の部屋から出て行った。

 すぐに宮根とサツキのいる部屋へと三佳は走る。扉を開けるとタオルで顔を冷やす宮根と側に寄り添うサツキがさきほどと同じ場所に座り込んでいた。
「サツキ! チーフ!」
三佳は駆け寄りサツキを抱きしめ咽び泣いた。サツキも堪えていた感情が破裂したように叫び泣いた。宮根は三佳の肩に手をかけ「よかったよ、生きてて」と呟いた。

 帰ってきた島崎らスタッフは、転んで顔を打ったという宮根を笑いながらも、3人の様子がおかしいことに首をかしげていた。が、明日の出発の用意もしなければならず、早々に食事をすませたあとそれぞれの部屋に戻っていった。携帯やPCを没収された三佳らは他のスタッフのスマートフォンを借りて東京に連絡を入れる。今の時間なら東京の会社に連絡が付く。三佳は東京のスタッフのことが心配だった。

「もしもし、立花。木村くん?」
「もしもし、はい、三佳さんすか?」
「そう。なにか変わったことなかった?」
「いきなりですね。そっち、今日で終わりでしょ?」
「そんなことはいいの。そっちよ、どう、なんかあった?」
「どうしたんすか急に? こっちですか? あー、さっきですけどPCがウイルスにやられちゃって、復旧できたんすけど、この何日かのメールが全部消えちゃったんですよ。そう言えば三佳さん、なんか送ってきてましたねデータだけ。すみません。バックアップあります?」
「いや、いいの、みんなが無事ならそれで……」
「無事? 大げさっすね~ 編集はみんな元気ですよ。あー土産、期待してますよ」
「わかったわ。じゃあ明後日、東京に着くから」
そう言って三佳は安堵の表情で電話を切った。おそらくPCを狙い撃ちしてハックしたのだろう。まんまとやられた結果だが、危害を加えないと言った男の言葉が本当だったことには助けられた。三佳はこれ以上の事が周りで起これば自分の心がもたないと感じていたからだ。

 
 そして三佳達はベラギーを発った。ドイツのフランクフルトに入る便とは別に宮根と撮影クルーは直行便で成田を目指す。ベラギーから羽田への直行便はシンポジウムの為に旅客が多くなり、どうしても直行便とドイツ経由の帰り組ができたのだ。それならと三佳とサツキはドイツで一日休暇を取ってから東京に戻るというのが元の計画であった。しかしこんなことがあって二人が心配な宮根は、直行便組との入れ替えを三佳に打診したが大丈夫だからと三佳とサツキは当初の予定通りにドイツに、宮根らはそのまま日本へ一足先に帰ることになった。

 
 昨日のことが噓のようなフランクフルトでの一日。短い時間ではあったが
大聖堂やメッセを楽しみ、ビアカフェでビールに舌鼓を打つ。
「なんか嘘みたいですね……」
サツキは晴天に恵まれ賑わう異国の街と人を眺めながら言った。
「うん…… ごめん、サツキ」
「なんですか? 先輩」
「私があんな写真を撮って隠したばっかりにサツキやみんなを危ない目にあわしちゃったんだよね……」
「そんなことないですよ。チーフは可哀そうだったけど、みんな無事だし。仕事は一応できてるし。携帯とか取られちゃったけど、初期化したのを返してくれたり、なんだか悪い人の割には義理堅いな~なんて思っちゃったりして……」
「怖かったでしょ」
「そりゃ怖かったですけど…… 言う通りにしてれば無事に返してくれたし」
「そうね……」三佳はそれ以上言葉を続けることはなかった。

 これで終わりならそれでいいのか? 本当にそれでいいのか? 三佳は自問する。フランクフルトのこの通りで、自分とは何も関係のない人々が其々に楽しんでいるこの時間は、ベラギーでの出来事が全て悪い夢であったように思わせる。夢なら忘れたほうがいいのか。しかし自然に忘れられるとは思えない。

「先輩、私、東京に帰ったら高山君に会いにいきます」
サツキは三佳をまっすぐ見つめてそう言った。いきなりの話で驚きはしたがなぜか三佳は嬉しくなった。
「そう…… いいわね。賛成よ」
「それから、先輩には悪いんですけど、私、会社辞めます」
三佳は今度は驚かなかった。当たり前だと思った。こんなことがあっても仕事は続けるべきだなどと言えるわけもなかった。

「そうね、当然だと思う」
「勘違いしないでくださいね。私、今度のことで怖気づいたからって言うわけじゃないんです。ちょっと休養したいというのもあるし、絵を描きたいなって思ったんですよ。あの森の風景。怖い事はあったけど…… それもあったけど、あの森の美しさは本当に素晴らしかった。デジタルのデザインではあの美しさは描けないなって。仕事は少しお休みして描きたいなって。なんかね、先輩が研究から急に写真に興味が移った気持ちがわかるような気がして……」

 サツキは残りのビールを飲み干すと『そうだ』と言って席を立った。
「どこへ行くの?」
「お土産。自分用に何にも買ってないんですよ、ちょっと見にいきましょうよ。先輩」
「了解。いいね」
三佳はそう返事をしてサツキの姿を追いながら、やっとサツキと自分が微笑んでいることに気が付いた。

 そして自分のバックの中に今ある、小さなUSBメモリのことを考えていた。その中にはあの写真が入っている。あのPCはメモリが使えないソフトが入っていたが、三佳はそのキーを外すパスを知っていた。あの襲撃の予期はしていなかったものの、データをメモリにコピーしていたのだ。そしてそれをポケットに入れ、偶然にトイレに立った時にあの襲撃があった。そこから強引に連れ出される前、三佳は自身の中にそのメモリを、考えもせず痛みを堪え押し入れていた。何故あんなことをしたのだろう。もしそれで自分達の命が奪われていたら、あの時、あの男にもっと身体を探られていたらと思うと、おぞましい感情がぶり返す。こんなものは踏みつぶしてここで捨ててしまおうとも思う。自分もまた、サツキのように別の道を歩むべきなのだろうか。

 そんなことを考えているうちに、三佳はサツキの姿を見失っていることに気付く。三佳の脳裏に一瞬、ポールの顔が浮かんだ。まさかドイツまで追いかけてはこないだろう。それなら国内から出さないはず。三佳は大勢が行き交う通りをサツキを探し始めた。

「うわー、これ可愛いな」
サツキはアクセサリー店のバブルヘッドの男の子と女の子の人形を見ていた。車のダッシュボードにおける様になっているようだが自分の部屋に置いても可愛いだろうと思った。少し頭を触って揺らすと男の子と女の子がキスをするようになっている。サツキは英人ひでとのことを考えていた。東京に帰ったら会いに行く。さっき三佳にそう言った。随分と時間はたったものの、私はずっと思っていた気持ちを伝えなくてはいけない。そうしなければこれから前へは進めない。そう感じていた。

 サツキはその人形を買った。中学生のあの頃に戻ったような自分の気持ちが恥ずかしくもあり、嬉しくもあった。他にも何かと思ったがこれでいい。

 同じ時、三佳は大きくなる一方の胸騒ぎを必死で抑えながらサツキを探していた。
「サツキ? サツキ!」
通りに面する店の中を覗きながらサツキの姿を探す。この街を楽しむ人混みの中でも、日本人である彼女は簡単に探せるはずだ。そんなに遠くにいるわけはない。

 何軒めかの店の中を覗いていた時、三佳の後方で車が急停車する音が聞こえた。事故かと振り返る。周りの人たちも同じ方向を見ている。まさかとは思うも、音の方向へ三佳は走ろうとする。自分より大柄な外国人の間をすり抜けようとした時、その先で人が騒いでいるような声を聴いた。三佳の鼓動は急激に高まる。
「通して!」思わず日本語で叫んでいた。

 三佳がその場所へ分け入ると何人もの人が其々にあちらこちらを指さしながら話し、携帯でどこかへ連絡をしている人もいた。
「誰か、英語ができる人いませんか?!」三佳は夢中でそこにいる人達に叫ぶ。
「お嬢さん。あなたの連れか? チャイニーズか?」
初老の旅行客らしき男性が三佳に声を掛ける。
「いいえ、日本人です。何かあったんですか?」
「今、あんたと同じような女性がいきなり車に追突されて、その車から出てきた男達がその女性を車に乗せて走り去ったんだ。一瞬だった」

「まさか……」
三佳は全身の力が抜け、取り囲む人の環の中で石畳に膝を落とした。
集まる人の足元に、間違えようもないサツキのバックが落ちている。
這うようにして近づき、そのバックを拾い胸に抱く。傍らにサツキが買ったであろう包装が破れたバブルヘッドの人形も落ちていた。

 泣き崩れ震える三佳に幾人かが声をかける。青天から差す陽の光は眩しくも三佳を包みこむことはない。遠くに警察車両のサイレンが響いていた。



第一部  完
第二部「真実」篇  近日スタート

★この作品はフィクションであり登場する人物、団体、国家は実在のものと  一切関係がありません。

エンディング曲
モーツァルト: レクイエム:「レクイエム」
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世界はここにある①    世界はここにある⑪
世界はここにある②    世界はここにある⑫
世界はここにある③    世界はここにある⑬
世界はここにある④    世界はここにある⑭
世界はここにある⑤    世界はここにある⑮
世界はここにある⑥    世界はここにある⑯
世界はここにある⑦    世界はここにある⑰
世界はここにある⑧
世界はここにある➈
世界はここにある⑩

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