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世界はここにある㉟  第二部

「あなたがたは僕に何をさせるつもりです? 僕の身体、遺伝子さえあればいいのならすぐにサンプルを取れば僕は用済みになるのでは? 父もすでに必要はないとあなたは言った」
「これ以上は私が君に伝える範囲ではない。ただ、これから君を我が国へ護送する。その安全を保障するのが目下の私の職務であることを理解してほしい」
 タイラー司令官はそう言って立ち上がり、扉の外にいる兵士を呼んだ。
入ってきたのは女性の兵であった。端正な顔立ちながらも兵士としての厳しい訓練と職務を全うする決意のある表情を崩さない。金髪を編んでまとめ、迷彩服を着用した彼女は司令官の前に不動の姿勢を取り敬礼をする。

「タカヤマさん、君にはこれから横田基地へ行ってもらい、そこから我が国へと飛んでもらうことになる。旅支度をする時間はないが必要なものはこちらで用意するので了解してほしい。君の身の回りのことはこれから彼女に申し出て欲しい。彼女が本国まで同行する。」

「キャロル・ハワード上級曹長であります」
 彼女は少しの笑みもなく僕に正対してそう名乗り握手を求めた。僕は慌てて右手を差し出し「よろしく」と日本語で返してしまった。
「初めまして」と彼女は日本語で答えた。その時に少し笑ったように見えた。
「彼女は日本語が堪能です。日本に留学経験もある」
 通訳がそう言って彼女を紹介した。キャロルは姿勢を崩すことはない。
「ではご案内しろ」
 タイラーがキャロルに指示をだす。敬礼を終えてキャロルが目くばせをした。
「待ってください、司令官。ひとつ教えていただきたい。ここへ来るまで一緒にいた友人がいる。彼らと連絡をとりたいのです。それに彼らは『ダヴァース』の、ナオの部下と一緒にいる。彼らの安全はどうなるのか…… 友人は僕と同じくこのことに巻き込まれているだけだ。三佳は…… タチバナ・ミカと坂崎さんはサツキを助けたいだけで、ナオの仲間ではないんです。米国はそれに配慮をしていただけるのか」
 海上で別れた三佳と坂崎のその後を知らない。桜木はどういう行動をするのか、米軍とは敵対する立場にあるのではないのか。無事ベラギーへ行くことができるのか。

「君と一緒にいた彼らの行動を我々は関知していない。『作戦』は君を保護することだけだ」
「米軍はダヴァースをどう位置付けるのです」
 核心に触れる質問の一つをタイラーに突き付けた。

「君はこれについてはわかっていないようだ…… 」
 タイラーが卓の上のリモコンを操作する。
モニターに映し出されたのは日本のテレビ番組だった。そしてその中に映るナオは謎のテロ組織の少女として、そしてその指導者としての顔を紹介されている。『フラクタル3.0計画』の全貌を明かせ、安保条約を破棄しろ。ナオの聴いたことの無い冷徹な声でのメッセージ、そして要求に応えない場合の日本に対する行動。僕は自分の眼と耳を疑った。彼女の生い立ちを知っていても、その悲しみと父の許されない行為を知っていても、ナオの行動は異常だと思う。なんの関係もない日本人を、国を破壊しようとする行為は暴挙以外の何物でもない。

「この瞬間に米国は彼らを敵と認定した。わが米国は同盟国である日本を完全に支持し支援行動を行う」
「軍事的にも?」
 この問いにタイラーは答えなかった。
「三佳さんはどうなる? 彼らの仲間と行動を共にしているんです。こんなことになっているのを彼女は知らないはずだ」
 タイラーはモニターを切り、一呼吸おいた。

「君の友人にはその行動を誤らないことを願うしかない。我々はもはや『作戦下』にあるのです。この状況で友人の安全を確保することは難しい」

 自身の力では何もできない、何も変えることができない。サツキを守れず三佳も守れず。そんな僕をタイラーは必要だという。勝者の為の剣のように扱う。

「僕があなた方に協力しないと言ったらどうするつもりなのです」
 タイラーは厳しい顔付きで短く言い放った。
「君に選択肢はない」


☆☆☆☆☆

「ハワードさん、僕の事をどれだけ知っています?」
 あてがわれた部屋の中で支給された衣類などをバックに詰めながら僕は彼女の様子をちらちらと見ていた。彼女は必要な事以外は自分から言葉を発さない。部屋の扉近くで立ち、僕を監視しているような状況ではあるものの、壁にかかる軍艦の写真をじっと見つめている。
「答える必要はないということですか……」
 僕はそう言って彼女が見ている写真に近づいた。僕はその船の名前も何も知らない。なぜここにこの写真があるのかさえも。

「その船は父が乗っていた船です」
 僕の背中へ唐突に言葉をなげてきた。
「ハワードさんのお父さんも軍人だったのですか」
「キャロルで結構ですよ」
 振り向くと彼女は少し笑った。
「父も海軍士官でした。ある作戦中に事故が起こり怪我をして退役しましたが」
「そうですか。ご両親はあなたが軍隊に入ることを反対しなかったんですか」
「なぜ?」
「大事な娘が軍隊に行けばもしかすると怪我をしたり場合によっては命を落とすことにもなるでしょう? お父様も怪我をされたし……」
「とても日本人的な発想ですね」
 彼女は笑顔のままそう言った。
「日本人でなくても、自分の子どもは大事なはずだ。僕の……」
 そう言いかけて父のことが脳裏をよぎり、言葉に詰まってしまった。

「それはその通り。でも国に尽くすことは父の誇りを継ぐことにもなります。父は喜んでくれました。母はそうでもなかったですけどね。でも私の意思を尊重してくれました。日本に派遣されたことには少し寂しいみたいですけど、最前線にいるよりは幾分か安心していると思います」
 この部屋に入るまでほとんど口を開かなかったが、なにか我慢をしていたのかと思うくらい彼女は流暢な日本語で自身のことを語った。

「僕の事をどれだけ知っているんですか」
 もう一度僕は彼女に聞いた。
「ごめんなさい。それには答えられません。あなた自身が軍の機密事項です。私はそれに触れる立場にないのです」
「キャロルさん。僕は友人を救いたい。アメリカへ行けばそれが可能なのかどうかを知りたい。アメリカがそれを手助けしてくれるのならば僕は喜んであなた方に協力ができる。たとえそれが実の父を売ることになっても」

「私はどんなことがあっても自分の父を守ります。たとえどんな父であっても…… 勿論、友人のことも助ける。天秤にかけることは出来ない。自分が信じることをする」
 彼女は少し考えたあとそう言った。

「僕の父は人類を裏切ったに等しい。そのせいで僕も友人もこんなことになっていると言っていい。僕は父を許せない」
「高山さん、あなたはお父様の事をよく理解されているのかしら? 他のご家族の事は?」
 僕は返答に詰まった。今までの事を振り返る。ナオとの遭遇。三佳から知ったサツキに起こった事件。三佳の気持ち。そして父の所業。突風に前へ進めず眼も開けられない。身動きが取れず手をひかれるままにここへ来た。そこに僕の意思はほとんどなかった。長く父との会話はない。母や妹とも父のことについて話すことはほとんどない。父の気持ちなど知る術さえなかった。

「僕がなにも知らないのは確かです。けれど父も何も語らずここまで来てしまった。その溝は簡単には埋まらない。埋める方法もない。父がどこにいて今何をしているのか? 生きているのかどうかさえ分からない」

「私は高山さんを私の国へお連れする。それが任務です。それ以上のことは出来ません」
 彼女はまた船の写真を見つめた。

「自分の家族のことを知ろうとする努力をすべきだと思います。結果、お父様と袂を分つことになるかもしれないけれど、知ることから逃げてはいけないの。そうでないと他人からの意見だけで家族を失うことになる。信じられなくなる。私だったらそんなことはできない。自分の眼で見て、知り、そして判断する。それくらいのことができないのは友人ですらない。ましてや家族です。愛していると言えない。愛そうともしていない。ただ、あなたの気持ちも理解はできます。ご友人を大切に思う気持ちも」

 キャロルの言葉に戸惑っていた。『出発します』やはり促され僕は彼女と部屋を出る。彼女は扉を閉める時にもう一度船の写真を見ていた。短い彼女とのやりとりが重く残る。僕はどうすべきなのか。
 
 用意された車に乗り込み横田基地までの車中、キャロルは一言も発しなかったし、僕も何も話さなかった。市中は普段とは違い警察や自衛隊の車両が目に付く。ナオの行為が生んだ景色だ。彼女は正しいのか、それは最初から正義とは思っていない。あくまでもサツキを助け出すためだ。それ以外のことは考えていない。父の事は…… ナオは「父と対決することになる」と言った。そのことの真意に僕はいまだ触れてはいない。やはり僕はもっと知る必要がある。父と対して本当の話を聞かなければならない。

 僕の中で何かが変わろうとしている。その結果がどうなるのかはわからないが。



㊱へ続く


★この作品はフィクションであり登場する人物、団体、国家は実在のものと一切関係がありません。


エンディング曲

True Colors   Cyndi Lauper


世界はここにある①    世界はここにある⑪   
世界はここにある②    世界はここにある⑫
世界はここにある③    世界はここにある⑬
世界はここにある④    世界はここにある⑭
世界はここにある⑤    世界はここにある⑮
世界はここにある⑥    世界はここにある⑯
世界はここにある⑦    世界はここにある⑰
世界はここにある⑧    世界はここにある⑱
世界はここにある➈    世界はここにある⑲
世界はここにある⑩    世界はここにある⑳

世界はここにある㉑    世界はここにある㉛
世界はここにある㉒    世界はここにある㉜
世界はここにある㉓    世界はここにある㉝
世界はここにある㉔    世界はここにある㉞
世界はここにある㉕
世界はここにある㉖
世界はここにある㉗
世界はここにある㉘
世界はここにある㉙
世界はここにある㉚


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