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世界はここにある㉔  第二部

「ナオって呼んでいいかな? 君はサツキのことをいつ知ったんだ?」
「もちろん。サツキさんのことはデータ収集した。この世界のどこかに自分と同じ遺伝子の元の人がいることはその前から学習してた。けどサツキさんのことを特定したのは高山先生のデータをハックして初めて判った。私には戸籍も何もない。生まれてからしばらくは高山先生に守られていたし」

 ナオは自分のデスクのモニターで何かを確認しながらそう答える。表情に感慨深いものは現れない。それは僕よりも大人な人間が、あまり思い出したくもない過去を簡潔に語るさまと同じような気がした。

「けど、先生と袂を分かつことが必要だと知った時から私はここにいる。世界の支援者と共に…… 私と同じ運命を辿る子供を守るために。そして支配者に対抗する為に」

「支援者というのは父と敵対する勢力ということ?」
「そうとも言えるし、そうじゃないとも言える。現状の私の支援をしてくれる世界の富豪がいるのだけれど彼らもまた裏の世界での支配層なの。わかりにくいかもしれないけど…… 絶対の正義ではない。さっきみたいに平気で人を殺すしね、私もこの年齢でその片棒を担いでる。自分でもわかってるの
相手より善だなんて言えない…… でも私も守らなければならないものがあるから」

「クローンの技術を悪用しようとしている父の側が敵なんだね」

 僕は努めて冷静に話そうとしている。今は彼女の心の中を知りたいと思っていた。それはサツキをもっと知りたいと思っていたあの頃の感情に近いのかもしれない。

「先生が利用してというのは正確じゃない。先生を抱え込んで逃げられないようにして計画をし、世界を動かそうとしている人たちがいる。それが私の敵。そしてその対立を利用している連中も」
 彼女の視線はモニターから離れない。何を観ているのだろうかと気になるが僕は質問を続けた。

「あの子達も君と同じなのかい? さっき座って作業をしていた子供らも」
 ナオは側にいた桜木に視線を移し『対処してください』と短く指示した。
桜木は一礼するとすぐに出て行く。

「あの子たちはクローンじゃないわ。けれど先生の治療を施された子供であることは間違いない。先生の善の部分の果実のような子達ね」
「治療というのはサツキが受けた様な?」
「そう、そして治った子達。その副産物として原因はまだはっきりとしたことはわからないけれど、脳の発達が著しく速いの。それに技術的アプローチとサポートで、私もこれまでに普通の大人の30年分の知識や能力を得ることができている。詳しいメカニズムは理解するのに少し時間がいるかもだけど、英人さんならわかると思う。そうね、あの子達はだいたい5~6歳くらい、大人でいうなら20歳くらいになるかな。失礼だけど知恵比べなら英人さんは勝てないかもね」
 
 そう言ってナオは悪戯っぽく笑った。その通りだろう。僕はナオ自身にも到底及ばないことは実感している。

「このままいけば天才ばかりになるのかな」
「いえ、私はすでにピークは来てる。身体の発達が進めば脳に配分されるエネルギーは減るし、それよりもこのまま私は…… 長く生きられるのかどうかも今のところ未知数なの」
「君はそれを判ってて……」
「あの子達の未来、それに全世界に居る同じような子供達の未来。そしてどこかにいるかもしれない私と同じ境遇の子、これから生まれる子……
彼らの利益主義や思想が私達を勝手に生み出したり、優劣をつけたり、人生を左右させることは絶対に…… 絶対に許さないわ。
世界を滅ぼす結果を闇の中で進める『悪魔』たちを、同じ私という『悪魔』が倒す。ちょっとかっこよすぎるかな」
 ナオはまた少し笑った。

「ナオは神の側ではないんだ」

「そう、私は神ではない。ひどいこと言うようだけど悪魔の手先に作られた悪魔の子。でも今は神が悪を罰さない。だから悪である私がそれをする。そしていつか私も神に罰を受けるの。その時に世界はまた創生する」

 僕は彼女のまだあどけなさの残る表情の中に、強い意志をもった瞳の厳しさを見た。自身が言うように彼女は悪魔の子なのかもしれない。それを生み出した父はどんな理由があろうと許せない。僕は彼女の側に立とうと思った。そしてサツキを救わなければならない。

「僕はどうすればいい。どうすればサツキを取り戻せる?」
ナオはまあまあ、そう焦らずにとでも言いたそうに僕に両手を見せた。

「まずは三佳さんを説得して。あのお姉さんは英人さんより頑固だし、サツキさんのことになると記憶がフラッシュバックして手に負えなくなるの。しばらく彼女を落ち着かせるのが大事。それは英人さんが適役だと思うの」

 ナオはまたタブレットを操作すると大型モニターに一つの部屋が映る。そこには三佳が床に座り込んでいる。椅子も、簡易ではあるがベットもあり食べ物や飲み物も置かれている。しかし彼女は部屋の中央に胡坐をかいてじっとしている。特に怪我とかはしてないようだ。

「会わせてくれるかい」僕はナオに頼んだ。

「もちろん。カメラは切っておくから心配しないで。出入りも自由にするわ今からね」
 ナオはそう言って桜木の部下を一人呼び、僕を三佳のところに案内するように頼んだ。

「ナオ」

 案内役と一緒に三佳のところに行こうとしたが、僕はふと思うことを彼女に聞きたい衝動にかられた。ナオは僕の呼びかけに、にこりとしてこちらを見る。

「君にはサツキの気持ちはわかるかい? なんていうかな、同じ遺伝子を持つ人間として、サツキの今の現状のことがなんとなく解ったりはしないのかな」
「それはテレパシーみたいな? ミラータッチ共感みたいなこと?」
「上手く言えないけど…… 君はサツキとは別人だけど同じ遺伝子を持つ人間だよね。会って、少しの会話で、僕は何回か君の中にサツキがいるような気がした。勿論、そんな話を聞いたせいだと言われればそうかもしれないしそれは君をサツキのクローンと捉えるがゆえの偏見かもしれない。けど、僕は…… 君がサツキを感じているから、こんな凄いことができているような気がするんだ」

 ナオはそれには答えなかった。ただほほ笑み、そしてデスクのモニターに向かい猛烈に何かの作業を始めた。僕が再びあの子供達のデスクの間を通った時、彼、彼女らは皆、ナオに呼応したかのように真剣な面持ちでまた猛烈に端末を操作していた。

 部屋を出て三佳のところへ案内される。
「あの子達は何かを作ってるんですか?」と案内役の男に聞いてみた。

「私はあなたと以前、公園で会ってます」と案内役の男は言った。僕は正直彼の顔までは覚えていなかった。

「あの時あなたとナオさんが会話をしていたのは、仮想現実でのやり取りです。あなたは一時的に現実世界と仮想世界の境界にスタンバイ状態にさせられた。それは私たちがそうさせたんですけど。そしてあなたの生体の全感覚に信号を送り込み、バーチャルな体験をしていただいたんです。その仮想世界をあなたに提供する為のプラットフォームはすべて彼らの手で作られていきます。全世界で同じような作業をしている『子供』がいますよ」

「あの子達が全部?」
「そうです。多くの作業はコンピュータとAIが行うのですが、それらとの親和性が最も高く、高精度で有能なオペレータであり、また、開発者なのは彼らなんですよ」

 僕は子供がもつ能力の底知れない深さに驚くと同時に、それをさせている背景にいる者たちが気になった。ナオは天才だろう。しかし組織をバックアップしている大人がいる。この案内役の男のように彼女に仕える大人もいれば、ナオを援助しそれを利用する大人もいるのだろう。彼女はそれについて少しだけ言及もしていた。

「こちらです。鍵はかかっていません。用件があれば内線端末を扉横に設置していますからそれで私を呼び出してください。単独で外には出ないでください。拘束しているわけではありませんが、万が一、襲撃された時は我々がお二人を守らねばなりませんので」
 男は端的に僕に告げた。僕は礼を言い扉を開けた。

 さっきモニターで見た部屋が目の前に広がる。

 部屋の中央に頭を深くもたげた三佳がいた。初めて彼女に会ってまだ24時間も経過していない。けれど僕は本当に彼女に会いたかった。

「三佳さん」

 僕の呼ぶ声に肩を反応させた三佳はゆっくりと顔をあげる。

「三佳さん、英人です。大丈夫ですよ、坂崎さんも一緒です」
「ひで…… くん?」
「本物です、生身ですよ。バーチャルじゃない。ほら」
 僕は三佳の手をそっと握った。彼女の手は冷たかった。そして三佳の眼ははずっと泣いていたかのように赤く、そして悲しみが溢れこぼれそうでいた。

「ひでくん、ごめん、あなたも捕まったのね、もう…… 私はできることが無い…… サツキを、あなたの元に…… 返してあげることも……」

 彼女は堰を切ったように僕にしがみつき、声をあげて泣いた。
僕は彼女を強く抱きしめた。そして誓う。

 僕は父を許さない。


㉕へ続く

★この作品はフィクションであり登場する人物、団体、国家は実在のものと  一切関係がありません。

エンディング曲
Coldplay - Fix You (Official Video)


世界はここにある①    世界はここにある⑪   
世界はここにある②    世界はここにある⑫
世界はここにある③    世界はここにある⑬
世界はここにある④    世界はここにある⑭
世界はここにある⑤    世界はここにある⑮
世界はここにある⑥    世界はここにある⑯
世界はここにある⑦    世界はここにある⑰
世界はここにある⑧    世界はここにある⑱
世界はここにある➈    世界はここにある⑲
世界はここにある⑩    世界はここにある⑳

世界はここにある㉑
世界はここにある㉒
世界はここにある㉓


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