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世界はここにある⑳  第二部

 坂崎の言葉が車中で三佳が言ったことと重なる。遺伝子工学、IPS医療の研究者である父の息子であるという事。そして僕が誰かとペアとなる人間だという事。その解は僕が最も想像したくないことであった。

「坂崎さんは父がなんの研究をしているか知ってるんですね」
 僕は自分の中で鮮明になりつつある父の姿を、切り裂きたい衝動に駆られながら彼に聞いた。

「ああ、知っとるよ。それが今度の…… お前さんのことや三佳の事と、どう繋がるのかもある程度見当がついてる」
 彼は床に置いてあったコーヒーの空き缶で煙草を消し足元に置くと、また新しい煙草に火をつける。

「お前さんも察しはついてるとは思うけど、じぶんの父親…… 高山教授はやっちゃあいかん事をやっとるんやと思う。確証はにぎれてないけどな。俺らが調べて集めた情報では…… 間違いない」

「父は倫理的にやってはいけない研究をしていた」
 僕は答え合わせをするように彼に投げかける。彼は黙ったまま煙草を一服した。
「そしておそらく人間のクローンを生み出した…… それは僕と関係のあるクローンだ」
 彼は黙ったままだ。

「あなたや三佳さんは、僕を使ってそれを証明しようとしている」
 
 半分も吸っていない煙草を空き缶にねじ込むように入れた彼は、大きく紫煙を吐き、僕に向きなおった。

ものごっつうものすごく、簡単に言えばそう言う事や。そやけどな、これは高山教授が1人で企んで実行したんやない。そこには桁違いの金が動いてるしその金を出してる奴がおる。それとお前さんの存在。これを大事にしたい奴と利用したい奴、これは俺らもそうなんかも知れんけどな…… 後ろでとんでもない奴が動いてるはずや」

「それが誰かわかってるんですか」
 僕はすでに自分の父親と敵対する運命を確定された。何の力もないただの男が相対する人物とは誰なのか。

「それ聞いたらお前はどうする?」
 彼は覚悟を問うているのだろうか。今の僕に覚悟なんかない。現実を理解することさえ不確かだ。

「ーー正直、わかりません。知ったところで僕個人には何もできない。おやじを…… 父を僕が、僕の存在が父を破滅させることになるのなら、それは正しいことなのかもしれないけど、知らない誰かを、どうにも……」

「そりゃそうやろ、俺らもできる事はしれてる。けどな、お前には悪いけど、これは許されることやない。それにこの事の裏には国家間の、世界を牛耳ってる奴らが絡んでる。俺みたいなしょーもない日本人のブン屋が1人でケンカ売れるわけでもない。だから俺も最初はビビっとったよ」
 
 彼はまた煙草を探したがさっきの一本が最後だったらしく『ちっ』と舌打ちをして空き箱を捨てようとしてやめた。
外で時折、人の声がする。彼は窓際に近づきブラインドの隙間から外を確かめ、また僕の方に向き直った。

「けど三佳がな、あいつは自分の妹みたいに思ってた会社の子を、自分のせいで怖い思いさせてしもて、挙句の果てに連れ去られてそのままや。あいつは『必ず仇を取る』ってな、その一心で今日まで一人でやってきよった。えげつないで。まるで鬼に付かれたみたいやった」
「その妹みたいなって…… サツキのことですか」
「そや」

 それから僕はベラギー王国であった出来事を彼の口から知ることとなった。

 僕の中で三佳と言う女性が明らかになっていく。そして今でも嘘だと信じていたいサツキのことも。
サツキが中学の時、真剣にキャンバスに向かって筆を走らせている僕の好きだった横顔が浮かぶ。そして大人の、僕が知らないサツキに徐々に変わっていく。

 その横顔は美しかった。

 そしてそれは車中で見た哀しみを湛えつつも厳しい眼差しをもった三佳の横顔に変わっていった。

「けど、サツキがそんな目に遭っていたのに、どうして僕が知らなかったんだろう」

「そりゃそうやろ。この事件は日本では一切、マスコミには流れてないんや」
「なぜです?」
「ベラギー側はすでに出国している外国人の事に対して何のコメントもださない。これはわかるとしても、ドイツや。事件があったはずのドイツの警察も外務省も、日本大使館すらこの事実は発表してない。事実を確認できんというんや。それだけやない、一切の情報は消されてる。」
 
 信じられないことがまた一つ増える。

「僕の母は彼女の母親とは仲がよかったんです。最低でも年に数回は電話をしたり、たまに会って食事や買い物をしたりするほどに…… だからサツキがそんなことに…… 外国でそんなことになっていたなら、うちの母親も当然知っている筈。例えニュースで流れていなくても、僕の耳に入った筈ですよ」
 
 僕は話の矛盾点を整理しようとしていた。絶対におかしい。そんなはずがない。

「俺もおかしいとは思う。お前さんは知らんと思うが、彼女の家族も実は今のところ行方が掴めん。三佳の元の会社の奴らにも会おうとしたが、断られた。それで俺は突撃したろ思たんやけどな、三佳が止めよったんや。あいつはきっと元同僚も同じ目に遭う事がわかってた。それで俺を止めよった」

「僕が確かめますよ」
「いや、これでも俺はブン屋やからな、裏取りは当然にする」
「何があったんです?」
「それはまだ詳しくはわかってない。けど、三佳以外のすべての関係者が口を閉ざしてる。どす黒い、えげつないやつらに口封じされたに間違いないやろな」

 彼は床に直に胡坐をかき『これは俺が直接仕入れた話や』と前置きした。

「そもそも俺が三佳からこの事件のことを聞いたんは何でかと言うとな。俺の友人ツレでドイツの特派員をやってる奴がおってな。そいつがまず『邦人女性がドイツ国内で行方不明になった』と言う情報をつかんだんや。当然にそいつはその事件の取材をしようとした。しかしな、タレコミがあったのに、公の話はいっこうに出てこん。同時期に中国人もさらわれたという情報もあったそうや。それで、邦人ではなくて中国人か?と取材をしようとした。そうしたら『中国側からは一切の情報は提供しません』や」

「中国は関係がないのに?」
 彼は『まあ、聞け』と僕の言葉を制し、話を続けた。

「普通やったら西側の国で自国の人間がそんな目に遭ってるとなったら、あの国のことや、タダでは済まさんやろ。しかしダンマリや。そいつもおかしいとは思っても、そもそも真偽がわからん話や。それでそいつは他の仕事が忙しいこともあって、暫くそのネタは手付かずになってた。そこに現れたんが俺や」
 下のドアが開いたような音がした。が、気にせず彼は話を続ける。

「俺はその時、たまたまドイツに行ってた。勿論、仕事や。国内で追ってた不正輸出問題のネタを固めるためにな。取材する人間がベルリンに住んでる奴で、そいつは確実な証拠を握っている筈やったんや。で、そいつの周辺を探っている時に変な噂に出くわした。『中国人が連れ去られて、日本人の友人が必死で探してた』という話やった」

「それが三佳さんだった」

「そや、俺は自分の仕事もしながら、ベルリンで三佳を探した。で、やっと三佳にたどり着いた。俺も会うまでは中国人がさらわれたと思ってた。いつの間にか日本人が中国人にすり替えられた話になってたというわけや」

 部屋の扉をノックする音が聞こえ、先ほどの女性が入ってきた。コンビニの袋を両手に持ち、黙って僕が座る簡易ベットにそれを置いた。
『ああ、すまんな、いくらやった』と彼が言うと彼女は右手を振り『いいのよ』と初めて口を開いたあとすぐに部屋を出て行った。

 彼は袋の中からおにぎりと缶ビール、そして一番欲しかったであろう煙草を取り出し『とりあえず食おう』と言い勧める。僕は礼を言ってペットボトルの水をとり、乾ききっている喉に流し込んだ。彼も缶ビールを飲みながらうまそうに煙草をふかした。

「あいつは俺が新聞社の記者やと知って、協力してくれと頼んできたんや。で、事件のすべてを聞いた。ただし証拠の写真データはあいつが隠してた。自分に何かあった時に俺に託すためにな。それは日本で渡すという約束やった」

 彼の話を聞きながら、僕が知らなかった過去の不条理な出来事に打ちのめされた三佳が、今、どこにいるのかと思い、ブラインドの閉まった窓を見つめた。
今夜のことも三佳は読んでいた。自分を囮にすることで彼と僕の接触をできるだけ安全にと企てたのだろう。

 無謀な行動だと思った。

 その反面、彼への信頼も感じた。彼の存在は相手も掴んでいるだろう。しかし彼は三佳への協力をやめなかった。命の危険もあるというのに。

 僕はあの公園で出会った子供たちの事を思い出した。まだ彼女らの正体はわかっていない。これに坂崎はまだ言及していない。気を付けろと言った彼の真意と集められた情報を聞いておく必要がある。

 あのリーダーの少女は僕に何かを伝えたかったのだろうか?
それとも関わるなと言いたかったのだろうか?
敵なのか、あるいは……
僕はどうするべきなのだろう?
真実はまだ何もわかっていない。しかし僕自身の取るべき道は他に無いことだけはわかっている。

「ほんとはサツキはまだ生きているんでしょう? どこかで」


㉑へ続く

★この作品はフィクションであり登場する人物、団体、国家は実在のものと  一切関係がありません。

エンディング曲
Heart of Gold
Neil Young
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世界はここにある①    世界はここにある⑪
世界はここにある②    世界はここにある⑫
世界はここにある③    世界はここにある⑬
世界はここにある④    世界はここにある⑭
世界はここにある⑤    世界はここにある⑮
世界はここにある⑥    世界はここにある⑯
世界はここにある⑦    世界はここにある⑰
世界はここにある⑧    世界はここにある⑱
世界はここにある➈    世界はここにある⑲
世界はここにある⑩


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