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世界はここにある㉑  第二部

「ほんとはサツキはまだ生きているんでしょう? どこかで」
 僕がそう聞いた時、彼は左手を前に出し、僕の言葉を制すると同時に窓に近づいた。ブラインドの隙間から外の様子を伺った後、彼はすぐに上着を取り『ヤバイ』と短く吐いた。

 彼は部屋の奥にある別の扉を素早く開け『こっちや』と僕に促す。
僕は非常灯のみの薄暗い階段を彼について素早く降りた。折り返し階段を一度降りたところで別の扉を彼はまた開ける、街灯の灯りが照らす非常階段がそこにあった。
 
「ええか、ここはこのビルの2階や。俺はさっきの部屋へ戻る。そこでお客さんをもてなしてる間に、お前はここから出て表通りに逃げろ。スキを見逃がすなよ」
 迫っているものの正体とそれへの恐怖が僕の思考を止めている。彼の言うようにするしかない。

「坂崎さんは!?」
「表通りに出たら、右へ走れ。すぐに『ラブラドール』というスナックがある。そこにさっきの女がおるからそこで隠れとけ。じきに三佳から…… 」

 彼が言い終わる前に扉を蹴破るような音が上階で聞こえた。『くそ、間に合わんか、逃げるぞ』彼は僕を非常階段へ押し出した。転げそうになるのを堪える。階段を降り切り扉を開いて路地へ飛び出す。このビルに入った入り口とは反対側だ。運よく人影も無いように見えた。

「走れ、こっちや」

 表通りに出ると彼は派手に転倒した。倒れた彼を踏みそうになり僕も態勢を崩す。坂崎はすぐに立とうとするが足元はおぼつかない。
「大丈夫かあ~ 慌てすぎるとそうやってころぶぜ」
僕が彼を起こそうとした時に嘲笑と声が聞こえた。
声の主は後ろからではなく前から現れた。そして二人、三人と人数が増えていく。
「くそったれ、待ち伏せされたか……」
坂崎はそう言い道路を拳で叩いた。
「惜しかったな、オッサン。ここまでにしておこうか」
見るからにヤクザ風の男が周りを取り囲む。
「お前ら、なんやねん」
坂崎は座り込んだまま聞く。僕もようやく腹を据えることにした。最早、抵抗は無駄だろう。それならそれで流れに任せるしかない。

「お前らを連れてこいと頼まれただけなんでな。別に手荒なことをしたいとも思っていない。安心していいぜ」
「誰に頼まれた」
坂崎はリーダー格の男に聞く。
「それはお前らのほうが知ってるんじゃないのか? この後、どうなるとかも」
男達はそう言ってまたあざけ笑う。

「さ、来てもらうぜ」
僕と彼は男達に立たされた。『大人しくいこうな』という言葉と同時に僕の腕を左手で掴んだ男は、右の手でナイフのようなものを僕の脇腹に沿わせた。
「わかりましたから、乱暴はしないでください」
僕が精一杯の声で言うと、その男は「物分かりが良い奴は長生きできるぞ。偉い、偉い」と皮肉った。

「おい、あいつらどうした」
リーダー格の男が別の男に言う。
「まだ探してるのかよ、呼んできます」
その男が僕たちの飛び出した路地に走り入った。

「しかしあんたら、何しでかしたんだ? 外人に追われてるのはわかるが同業でもないだろ?」
リーダー格の男は興味深そうに聞く。
「別に悪いことはしてへん。お前らみたいにな」
そう言う坂崎に男は彼に顔を近づけて言う。
「なんか勘違いしてない?」
そして腹部に膝を蹴り込む。坂崎はうめき声をあげその場に堕ちた。

「やめろ」
僕は叫んだが身動きは取れない。
「何もしないのは理想形だからな。無傷で連れてこいとまでは言われてないんだぜ」
リーダー格は靴のつま先で坂崎の頭を軽く突いた。
「お前ら、ヤクザのくせに外人の手先か! ハンパなことしくさって」
「死にたいか、オッサン」

 男は坂崎の胸ぐらを掴み立たせた。そして脇に立つ男に何かを求めるように手を差し出すとナイフを受け取り、坂崎の口元に突き付けた。
「そっちの奴だけでもいいんだ。お前は抵抗したからつい、やっちまったということでな」
「待て、待ってくれ」
僕はリーダー格の男に懇願する。

 リーダー格の男は僕を見てにやりと笑うと坂崎の左腕にナイフを突き立てた。『ぐわっ』坂崎が堪えられずうめいた。

「やめろ!」
そう僕が叫ぶと同時に空気を裂くような音がした。次の瞬間、ナイフを突き立てたまま男は仰向けに道路に倒れた。
そして何回か同じような空気を裂く感じが僕の耳元を過ぎる。僕を捕まえていた男も倒れ、周りにいた男達は全員がほぼ同時に倒れた。

「坂崎さん!」
僕は彼の腕のナイフを抜こうとしたが、『やめとけ、そのまま抜いたら血が噴き出すかもしれん。大量出血であの世行きや』という彼の言葉に思いとどまる。
何が起きたのかは分からないが、とにかく今は坂崎さんを病院へ連れて行かないといけない。僕は彼のネクタイでナイフを刺された腕の上部を縛り、とにかく一度『ラブラドール』へ逃げようと考えた。あの女性に助けを求めよう。

 僕が彼に肩を貸してその場を逃れようとした時、新たな気配を後ろで感じた。今度こそ逃れるのは無理かと後ろを振り向く。

 そこには彼らが立っていた。あの公園で出会った桜木だった。

「高山くん、あとは任せてくれ。あの車に彼と一緒に乗るんだ」

「やめとけ、一緒に逃げるぞ。お前さんも助けてくれたのは恩にきる。けどあんたらのところにもいかんで」
坂崎は桜木を知っているかのようにそう言った。
 
「坂崎さん、あなたは誤解している。立花さんもね。私達は堂山サツキさんの拉致には関わっていない。そしてあなた方の敵でもない」
「ほう? あんたらが俺らの味方? なら、なんで三佳をつけ狙う? なんで口封じをしようと企む? サツキちゃんの家族は? どないしたんや? お前らにも正義なんてないやろが!」

「話をしている暇はない。乗せろ」
桜木が指示をすると、一緒にいた部下たちが回してきた車に僕らを乗せた。
「坂崎さんの手当てをしないといけない。ここは我々に従うべきだ」
僕はそういう桜木の言葉に頷いた。

「覚えてますか? 高山くん」
車中で桜木は僕に訪ねた。
「ええ……」
「あなたとの会話は直接ではなかったけれど、会話自体は事実です。仮想であってもあなたの意識に直接アプローチしている。あの会話も、勿論、私も実態があるのですよ」

「ばかたれ、なんで逃げなかった」
坂崎が叫んだ。しかし怪我をした身体ではその言葉にも勢いはない。
「坂崎さん、ここは我々と一緒に行動した方がいい。ああいう連中は私ほどあなたたちと話をしない」

「どこへ行くんですか」
僕は桜木に聞いた。
桜木は少し間を置き口を開く。

「立花さんも待っておられますよ」

僕らは顔を見合わせた。坂崎の眼には明らかに失意の色が濃く映った。

 サイレンを鳴らしパトカー数台が反対車線を走り抜ける。
さっきの現場へ向かうのだろうか。少し落ち着きを取り戻した僕は、桜木達が倒したのであろう男たちはどうなったのかが気にかかった。同乗している桜木の部下の手には銃が握られている。これが彼らの命を奪ったのだろう。

 僕は後戻りできない深い闇の中に飛び込んだことを感じた。その時の僕は勇気も正義もなく、ただ茫漠とした闇の中にあてもなく飛び込んだだけだった。真実がそこにあるのかさえもわからないまま。

 
㉒へ続く

★この作品はフィクションであり登場する人物、団体、国家は実在のものと  一切関係がありません。

エンディング曲
Another One Bites the Dust (Official Video)
Queen
Queen Official


世界はここにある①    世界はここにある⑪
世界はここにある②    世界はここにある⑫
世界はここにある③    世界はここにある⑬
世界はここにある④    世界はここにある⑭
世界はここにある⑤    世界はここにある⑮
世界はここにある⑥    世界はここにある⑯
世界はここにある⑦    世界はここにある⑰
世界はここにある⑧    世界はここにある⑱
世界はここにある➈    世界はここにある⑲
世界はここにある⑩    世界はここにある⑳


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