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世界はここにある㉗  第二部

 内閣総理大臣 阿南崇継あなんたかつぐは特別回線の受話器をおいた後に自分の右手がその受話器から離れないことに気付いた。
左手で握りしめた右の指をほどく。額や首筋を冷たい汗が伝うのを拭う為、ポケットのハンカチを取り出そうとするが、固まった手がそれを困難にさせる。声を掛けられ執務室に入った第一秘書の佐伯は、そんな阿南の様子を見て事態の深刻さを思い知った。

「揃っているか」
阿南は短く佐伯に訊く。
「はい、総理をお待ちしておられます」

 阿南は頷くと執務室を出て情報設備の整った会議室へと急いだ。
官邸の中のこの部屋は災害などの有事の際に全ての関連部署へ連絡、また情報分析ができる設備を整えている。万が一の脅威への対応も勿論、想定した設備を整えていた。しかしそれらを稼働させたことは過去にそうは無かったはずだ。大震災で原発の危機に直面した後は、海に落ちるミサイルでさえこの部屋の設備をフルで機能させたことはない。

 会議室では友安ともやす内閣官房長を始め、鈴木防衛大臣、原田外務大臣、粕谷法務大臣、佐々木自治大臣、田村警察庁長官、小田内閣調査室長、不破統合幕僚長、そして陸海空のそれぞれの幕僚長がそろっていた。会議卓の周りには事務次官も控えている。この会議室にいる全員が有事を覚悟していた。深夜での急な参集指示は間違いなくこの国の危機を表している。

 全員が立ち上がり阿南を迎えた。「皆さん、深夜に申し訳ないが集まってもらった。あまり猶予はないので、まず事実を端的に申し上げる。質問は途中に挟まないでほしい」
 一同に緊張が走る様子を確認して阿南は続けた。

「昨夜の23時頃、ある場所で反社組織同志の抗争と思われた事件が発生した。
6名が銃で撃たれ即死、全て一発で頭部を撃ち抜いていた。皆が察するようにこれは抗争なんかではない。警察庁からの報告では武器は軍用の拳銃と思われる。しかも米製かと。そこで情報連携の為に外務省を通じ米側の情報提供を依頼した。そして得られた情報を先ほど、クリス米大統領から直接もらった」

 一同はざわついた。組織によってはそれぞれが持つルートで危機管理情報は提供されるが、官邸に直接、それも大統領から直に情報がもたらされることはかつて無い。まさに異例である。

「内容は国際テロ組織『自由戦線』のメンバーがわが国に潜入。24時間以内に何らかの行動を開始するというものだ」
「なんだって!」
「活動とはなにを?」

 阿南は手でそれらの声を制し、続けた。
「先ほどの6名の射殺、これは『自由戦線』の行動であることはほぼ間違いないであろうというのが米側の情報だ。田村長官、その後の捜査になにか進展は?」

 田村は「目撃情報はありません。ただ防犯カメラ網に写っていた不審な車両があり、現在確認中です」と答えた。

「米側の提供情報では『自由戦線』のテロ行動の目標として考えられるのは政府中枢、各メディア、インフラ設備、その中には原発も含まれる」
「原発……」
 皆が過去を一斉に蘇らせる。それはこの国にとって最も忌まわしく、阻止しなければならない悪魔降臨の状景だ。

「米側は引き続き分析を続け、『自由戦線』のテロ活動の内容、目標についての情報提供を約束してくれている」
 ここで阿南は手で催促するようにして他者の発言を許可した。

「そもそもテロ組織のメンバーがどうやって入国できたんだ、その辺の情報はないのか」
「現在確認できる在留外国人は約310万人 短期在留中の訪日外国人は現在約15万人、勿論この中にリストにかかる人物は表向きいません。警察庁のデータベースにて新たな条件、これは米側からの情報ですが、これを加味しての絞り込みを現在かけています」
 田村警察庁長官が報告した。

「だが不法入国者についてはその実態はわからないのでは」
 不破統合幕僚長が訊いた
「残念ながら」田村は続ける。
「全国で緊急巡回を本日午前2時をもって実施の指示をすでに通達しております。想定される目標地域、施設に関してはすでに各地域部を総動員して警ら行動中であります」

「相手は武装してるんだろう?警察で事足りるとは思えませんが」
 自治大臣の危惧にかぶせるよう、阿南は言う。
「2時間後に緊急の閣議をする旨、すでに調整をしているが、事態によっては自衛隊法76条1項を使う事になると思う」
「防衛出動ですか」
 鈴木防衛大臣は思わず声をあげた。一同はまたざわつく。
「法的に問題はないのか」
佐々木自治大臣の問いに粕谷法務大臣は答える。
「外国テロ組織の武力行動による国内騒乱は76条の防衛出動の目的に合致します。拡大解釈ではなく外部からの武力攻撃と認められるとしてよいでしょう」
 不破統合幕僚長は粕谷の言葉に小さく頷いた。
「戦後初めての出動となるのか……」
 原田外務大臣はそう言って近隣諸国への影響をすでに考えているようだった。

「あくまで相手の出方次第だ。まだ不必要に相手を刺激したくない。今は警察力で相手に簡単ではないことを見せて時間を稼ぎたい。その間に相手の素性を確認して然るべき対処をする。法解釈は問題なかろう」
「総理、それで本当に大丈夫ですか! 我々は総理の命令ですぐに出動する体制をすでに整えております」
 陸自の幕僚長が進言する。

「まずは相手を確認することだ。見えない敵とどうやって戦うというのだ」

 友安内閣官房が口を開く。
「総理、『自由戦線』についてですが、過去の事件の詳細を調べましたがどうも腑に落ちないことがあります」

「どういうことか」
阿南だけではなく皆が官房長に注目する。

「『自由戦線』は4年前に中東での活動を最後にしてその姿を国際社会に見せていません。その頃の西側筋からの情報を集約すると、金銭的援助をおこなっていた筋がそれをストップし、組織は分解して各地へ散ったと言われています。現在のヨーロッパでの限定的な紛争にも傭兵として参加しているとの噂もあります」
「それは事実としてありますが『自由戦線』自体が消滅したという報告は米でもなされていません」
 小田内調室長が言う。

「それはそうだ。しかし実態は確認されずこの4年間、公に彼らの声明なり存在を示す行動はない」
 友安官房長は小田の意見を全て否定はしなかった。

「だからこそ、今、わが国において過去のものだと思っていた組織が活動を、この日本国で再開するという暴挙は絶対に阻止しなければならんのです」
 統合幕僚長は力強く進言した。友安はそれを受け
「仰る通りだ。だが、考えてみてくれ。今の日本において彼らが活動をするメリットはなんだ。昨夜の反社組織6人の銃殺事件、それに彼らのどんなメッセージがあるというんだ?」

「それは……」
言いかけた言葉を佐々木自治大臣は飲み込む。皆、正解は持っていない。

「総理、総理の仰るよう、相手の目的を探ることを最優先にすべきです。これは私の勘でしかないが、この米側の情報は鵜呑みにすべきではないと思います」
「官房長、その勘は何から出てきている?」
 阿南は友安に訊ねた。

「私は、そもそも米の提唱する独善的なグローバリゼーションを訝しく思う人間です。だからかもしれないし、もっと言えばテロ組織は利益が無ければ動かないものだと思っている。
イデオロギーの対立が少ない日本国で彼らの行動はリスク以外ない。自由主義圏をいうならば、その中の日本は狙いやすいということかもしれない。が、もし、テロが日本で起こっても日本が法に則って対処するだけで、米は痛くも痒くもないのです。クチでは日本を守るなどと言うが…… 。
もし私がその組織の長だとしたら、もっと利益を追求する。米国を叩きたいと思っている国から金を出させて、米国にダメージがあるように叩く。そうは思いませんか?」

 阿南は官房長の意見は最もだと思った。しかしそれも仮定の話でしかない。
「官房長はこの情報には裏があると……」
阿南は友安の見方を知ろうとする。

「いや、確認できていることはまだありません。だが24時間以内に起きるであろうことでそれははっきりします」
「官房長、あんたは何か知ってるんじゃないのか?」
原田外務大臣が語調を強める。

「歴史は知っていますよ。米国が今まで自分達の利益のためにどれだけの嘘を国際社会にばらまいたかはね」

 阿南の右の手はまた固く握りしめられていた。



㉘へ続く


★この作品はフィクションであり登場する人物、団体、国家は実在のものと一切関係がありません。

エンディング曲
David Bowie - I'm Afraid of Americans (Official Music Video)


世界はここにある①    世界はここにある⑪   
世界はここにある②    世界はここにある⑫
世界はここにある③    世界はここにある⑬
世界はここにある④    世界はここにある⑭
世界はここにある⑤    世界はここにある⑮
世界はここにある⑥    世界はここにある⑯
世界はここにある⑦    世界はここにある⑰
世界はここにある⑧    世界はここにある⑱
世界はここにある➈    世界はここにある⑲
世界はここにある⑩    世界はここにある⑳

世界はここにある㉑
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