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世界はここにある㉘  第二部

 調布飛行場はまだ闇に包まれている。この飛行場は夜間発着が無くそもそも施設もそれに適してはいない。周りはスタジアムや公園、住宅が集まり国立天文台もある。まばらに行き交う車は多分、ほとんどがいつも通りの今日を始めている人を乗せ走る。そのうちの僕らを乗せた車は、滑走路と無人の管制塔を横目に飛行場の車両用ゲートに向かう。予期せぬ事の連なりは、この短い滑走路を飛び立ってもずっと続くのだろう。そんな気がしていた。

 ゲート近くには何台かの車両がヘッドライトを点灯したまま止まっていた。桜木が携帯でやりとりをすると、ヘッドライトが消えゲートが静かに開いた。

「おい、ちょっと待て、中におるの、米軍ちゃうんか」
 坂崎がゲート横の軍用車を見つけ声をあげた。
武装した海兵隊員が自動小銃を手に車両から出てくる。僕は反射的に三佳を隠すように頭を下げさせた。
 
 桜木がウインドウを少し開け、兵士の一人に声を掛ける。
「予定通りだ。後ろの客を連れて行く」
「命令では一人だ。他は乗せられん」
 車中を覗き込むようにして兵士は言った。
「ウォード少佐には話を通している。このまま3名を連れて行く」
「確認をする、そのまま待て」
「急いでくれ」
 桜木の言葉に兵士は別の兵に確認を急がせた。
待つ間、銃口は常にこちらに向いている。

「なにが、どないなってんねん……」
 坂崎が独り愚痴をこぼす。
「桜木さん、ここからは……」
 僕の問いに桜木は手で制す。三佳はずっと押し黙ったままだ。
「米軍は敵とちゃうんかい、こいつらは偽者か」
「本物ですよ」
「横須賀が相手や言うたやろ」
「米軍全てを敵に回すとは言ってない。どんな場合も別の選択肢を考えておくのが我々の考え方、戦い方です」
 桜木はずっと兵士たちの様子を監視しているようだった。運転をしている部下の男もいつでも発進できるよう緊張を解かないでいる。

「買収したの?」
 三佳が短く桜木に訊いた。
「いいえ、協力関係であるというのが正しい」
「なぜ? アメリカはあなた達をテロ組織と認定してるわ。あらゆる手段で組織の壊滅を目指しているのは周知のことよ」
「そうや、現にお前らの資金面についてもかなりルートを潰してるはずや」
「それも事実ですが」
 そう言って桜木はインナーホンから聞こえる情報に耳を傾けた様子だった。

「銃撃ならプランBを実行する。狙えてるな」
桜木はそう言った。僕らにも事態が切迫していることが伝わる。
「私が撃ったら身を低くしてください。決して頭をあげないこと」

 確認を指示された兵が端末を持って戻ってきた。銃を向けていた兵士は端末を受け取ると何かを確認し、控えていた他の兵に合図を送る。
車内の空気が張り詰めた。間違いなく僕らは戦場の中にいる。

 兵士がウインドウを開けるよう指示をし、桜木が再びウインドウを少し開けた。
「アタックがあった時はミスター・タカヤマのみを保護対象とする。それでいいな」
「無論。あとは自己防衛する。では頼む」
「行け」
 兵士は車両の通過を命じた。

「グリーンだ。機に乗り込む。プランAを開始しろ」
 桜木はそう言って誰かに指示をだした。
僕らの車を通過させた後、兵士たちが自分達の軍用車に乗り込む様子が見えたが、本来いる筈の空港の警備員らしき人達は見えなかった。大きな力が動いているのがわかる。そして格納庫の前には米軍の大型ヘリがローターを回し始めている。

「このスーパースタリオンに乗って大島付近まで飛びます。それから船に直接降り台湾を目指します。二日ばかり時間を要しますが」
 車を降りた僕らは桜木や米兵に付き添われ、ヘリに乗り込むため頭を低くして走り近づく。三佳の足が気になったが彼女は先ほどよりは足を庇うではなく僕の後ろについていた。
「なんでこんな手の込んだことすんねん。成田から飛行機に乗ったら二日ならベラギーにつくやろ」
 坂崎がしつこく桜木に訊く。

「もう1時間もすれば日本の上空は自衛隊機と米軍機しか飛べなくなります」
「なんやて?」
「日本の出入国は一時的にストップするでしょうから」
「お前ら…… まさか」
「我々の作戦、ここから我々の戦いがはじまります」
「何てこと……」
 三佳は横で支えていた僕の腕を振り払うようにして、桜木に対峙する。
「あなた…… あの子がしでかそうとしてるのはこういうことなの? 本当に日本をメチャメチャにする気? 私たちが、この国が何をしたっていうのよ!」

「早く乗ってください。でないと我々もそう簡単に出る事はかなわなくなる。それとこの筋書きは我々だけのものではない」
「アメリカもっていうこと?」
「さあ、早く」
 ローターの回転が速まる。僕らは機内の米兵の手を借りて乗り込んだ。

 轟音を轟かせヘリは空へ舞い上がる。闇はまだ明けないが、周辺の人々はそろそろと生活を始めている。普段、離島への発着便はこの時間に飛ぶことはないだけに、何事かと空を探す人もいるだろう。

 海を目指したところで東京の街灯りが小窓から覗けた。こんな角度で、しかも軍用ヘリの中から東京を見ることは二度とないだろう。坂崎は何かを喋っていたが、ヘッドセットをつけていない彼の言葉はローター音に消されわからない。そんな様子を見ていた僕の肩を三佳が小突き、外を見ろと合図をする。僕は外を見たが真っ暗で何も見えない。
「何を見たの?」僕はできるだけ三佳の耳元で訊いた。
「消えた」三佳は大声で叫ぶ。
「なにが消えた?」
「電気!」
「どこの? なんの照明が消えたの?」
「トオキョー!!」三佳は叫ぶ。

 僕は外をもう一度のぞく。窓ガラスに機内の暗いわずかな光で映るぼんやりとした自分の顔以外は何も見えない。

 それはナオが宣戦布告をしたということだと、僕たちは感じていた。


☆☆☆☆☆☆☆


 緊急閣議中の官邸の照明が一瞬まばたきし、すぐに非常用発電機からの給電に切り替わった事のアラームがモニターに表示された。阿南総理は協議を中断し状況報告を求めた。秘書官と官房長が室内を出て行く。スマートフォンの情報はアクセスを繰り返し不通を示した。
もしかするともう始まってしまったのかもしれない。阿南は漠然とした掴めない恐怖を感じるが、ここにいる閣僚たちに悟られぬよう表情を整えた。

 友安官房長が戻ってくる。

「総理、まだすべては確認ができていませんが東京全域が停電です。原因は不明」

「発電所が狙われたのか? 確認と報告を急がせろ」
 阿南は友安にそう指示し、残りの閣僚に言った。
「皆さんは各省に戻り非常連絡体制をひいてください。警察庁は情報収集と交通停滞、事故に備える。鈴木さん、陸自に治安出動を命じます。事態の収拾を警察と協議、2時間以内に実施!頼みます!」

 閣僚全員が足早に散っていく。阿南は友安官房長に米大統領とのホットラインアクセスを命じる。そして付け加えた。

「小田に米国の動きを探らせてください。それと中国、ロシアの動きに最大限の監視を頼みます。これはきっと事故じゃない。20分後に記者会見、果たしてどれくらいのバン記者が残っているかわからんが。それと全国からの報告を求めてください」
「承知しました」友安はそう言って戻っていった。

 握りしめた拳は堅いままだ。これから戦後最大の危機に立ち向かわねばならない。これがほんの序章にすぎないとしたら、自分にどんな手立てがあるのだろうか。阿南は感覚が鈍くなった右手を必死で開こうとする。

☆☆☆☆☆☆☆


 東都電力総合監視センターはパニックに陥っていた。

「原発の制御に必要な電力供給は問題ないか?」
 飯島所長は情報収集を急いでいた。各員から情報が集まりつつあった。

「非常用発電設備は今のところ問題ありません。燃料の供給体制は災害対策要領により進めています」
「千葉をはじめとする各発電所の設備に問題は確認できていません」
「なら原因は? 送電網か?」
「今考えられるのは、送電システム自体のダウンです。おそらくシステムプログラムが機能していないと」
「何故だ、このネットワークに不正アクセスは考えにくい」
 飯島は監視盤の各発電所のデータを見ながら部下に問うた。
「ハッキングも含めてシステムの点検を急いでいます」
「復旧までの時間は」
「全力でやっていますが1~2時間は最低かかるかと。それも原因が特定できたらということですが」
「とにかく急いでやってくれ、各インフラの電力供給が止まったままだと東京が機能を停止しただけじゃない。日本が停止するのと同じだ」
 飯島の激に担当者はそれぞれの職分に戻っていく。

「所長、本社から無線電話です」
「はい、飯島」
「谷岡だ」
「社長、まだ報告できることはありません」
「どういうことだ! 報告できることがないとは!」
「おそらく送電システムの異常が原因だろうということはわかっています、しかしその根本がまだつかめておらんのです」
「原発は大丈夫なんだろうな!」
「非常用設備は問題ないです。災害対策要領に乗っ取って対応してます。今すぐどうこうはありません」
「猶予はどれくらいある」
「都内への燃料供給事情、治安、交通網の問題もあります。一概にはいえませんよ、情報が無さすぎる」
「総理官邸からも情報の提供を命じられている。原因の特定を急ぎ、復旧を頼む。霞が関の連中もそちらに向かうだろう」
「了解! だが邪魔にはならんように願いたいもんです」
「飯島、お前がそこの責任者だ。お前の判断が最優先だ」
「了解」

「けっ、お前の判断が最優先だと? 要するに矢面に立って責任最後まで取れってことだろうが……」
 飯島は電話を切って再び監視盤をにらむ。

 今までこんな規模のダウンは体験したことがない。しかもシステムの一部ではなく全体に被害が及んでいる。システムの脆弱性をしばしば指摘される日本だが、電力のネットワークに関しては世界最先端を自負している。これが万一、外部からの攻撃でダメージを喰らったのたなら、そいつらは世界の電力を自分達の思い通りにできるだろう。飯島はそこまで考えて薄ら寒さを感じた。

「これがもしテロか何かだとしたら……」

 飯島は全体に叫んだ。

「聞いてくれ! 今は送電システムだけだが、次は発電所がヤバくなる可能性がある。制御システムソフトの全チェックを指示しろ!」
「山下君!!」
「はい!」
「各電力会社に連絡しろ! 電力ネットワークのシステムをすべて遮断しろと。下手すると日本中の電気が止まっちまう」

 飯島の言葉に部下の山下は全てをくみ取った。しかし彼がその連絡をしようとした時はすでに、ナオらの初動は終了してしまったあとだった。


㉙へ続く


★この作品はフィクションであり登場する人物、団体、国家は実在のものと一切関係がありません。


エンディング曲
Tubular Bells  Mike Oldfield


世界はここにある①    世界はここにある⑪   
世界はここにある②    世界はここにある⑫
世界はここにある③    世界はここにある⑬
世界はここにある④    世界はここにある⑭
世界はここにある⑤    世界はここにある⑮
世界はここにある⑥    世界はここにある⑯
世界はここにある⑦    世界はここにある⑰
世界はここにある⑧    世界はここにある⑱
世界はここにある➈    世界はここにある⑲
世界はここにある⑩    世界はここにある⑳

世界はここにある㉑
世界はここにある㉒
世界はここにある㉓
世界はここにある㉔
世界はここにある㉕
世界はここにある㉖
世界はここにある㉗


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