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世界はここにある㉚  第二部

 阿南総理が会議室へ駆けつけた時、室内にはほとんどの閣僚がそろっていた。
「どういうことだ」
「総理からのご指示ではないんですか、我々に集合と官邸から……」
 原田外務大臣は阿南の言葉に驚きながらもそう答える。
「私はまだ参集を指示していない。誰か? 官房長? どういうことだ」
「総理! アクセスが」
 秘書官が再び急を告げる。
 皆がざわつく中、会議卓の正面にある大型のモニターに大きな三角形の図形が映し出された。

 阿南は中央に座りモニターに正対する。秘書官に『通信回線を開け』と指示をした。
「なんだあのマークは」
友安官房長は鈴木防衛大臣の言葉に答える。

「シェルピンスキーのギャスケットじゃないですか」
「なんですか? それは」
「確か自己相似の図形ですよ、無限に作図できるとか…… 数学でやりませんでしたか?」
「私は苦手なんだ、幾何は……」

「正解です。友安さんですか? 官房長官の」
音声が突然流れる。その声は若い女性の声であった。

「君か?『ダヴァース』を名乗る人物というのは」
阿南はマイクに向かい声をかける。できるだけ落ち着いたトーンで第一声を発した。

「そうです。私の名は…… ナオと読んでください」
「日本語がお上手なようだ。どこで習われた? まさか日本人ではあるまい」
 そう言いながら阿南は田村警察庁長官に目で合図をした。田村はすぐに会議室を出て行こうとする。

「ああ、すみません、調べても無駄ですよ。私の事はデータベース上にはありません。それから総理のご質問ですけど私は日本人ではないです。と同時にどこの国にも籍はありません。私は無国籍です。そして人間としての記録もないです」

「それは出自を隠すという意味で言っておられるか? そんなことは無意味だ。どんな人間も必ずルーツはある」
 阿南はマイクに向かいそう言った。モニターにはギャスケットの図形が映ったままだ。

「君の顔は見せてくれないのか? 我々はそちらから丸見えのようだが、ここはお互いにまずは向き合わなくてはならないのでは? ナオさんといったね。あなたは我々に一定の敬意は持って頂いているようなお話ぶりだ。こちらもあなたにそれなりの態度は見せたい。ただし、今起こっていることが君たちの仕業と言うならば話は別だが……」

「それは私が犯罪者、テロリストならば容赦はしないという意味ですね。それと取引はしないという意味も含んでいる」

「概ねそれでよいでしょう。しかし話し合いはしなければならない。一刻も早くこの事態を解決するために」
 阿南がそう言った後、モニターの図形が消えた。皆が一瞬、顔を見合わせた後にモニターに映し出されたのは、図形を背景にしたナオのまだ幼さが消えきっていない笑顔だった。

「なんだ? この子は誰だ?」
閣僚たちは口々にそう言った。田村警察庁長官はデータベースの検索を急がせた。
「行方不明の女子児童などを探れ、何か手がかりがあるかもしれん」

「あはは、私ですよ、誘拐されてませんよ、ナオは私です」
会議室のほぼ全員が立ち上がった。
阿南だけは立ち上がらず目の前のマイクを手でつかみ声を荒げる。

「いい加減にしたまえ! 我々をからかうのは。首謀者を出すんだ。君は誰だ? まだ子供じゃないか!」

「からかってはいません。笑っちゃったのは失礼しました。でもナオは私です。そして総理が仰る首謀者? それもある意味、私でいいでしょう。この事態は私の指示ですから…… あ、そう、それから、見た目は確かに子供ですよね。普通、世間的には…… とはいえ私には世間というのは存在しないのと同じですけど」
 ナオは表情をさほど崩さず言う。そこには10歳程度の女児の顔がある。聡明そうでもあり、また、あどけなさも残る。その瞳には複雑な曇りは見られないし、大人を打ち負かそうとか恨みを抱いているような暗さも感じない。

 閣僚の一人が叫ぶ。
「君がこの事態を引き起こしているというのか? 馬鹿な…… 子供にそんなことが」

「ごめんなさい。理解して頂けないのは当然です。見ての通り私は子供に見えますから。そしてそのことは皆さんがこれから理解していただくことのコアでもあります。それと一つ、証明をします」

「何の証明をするというんだ」
 阿南は訊く。

 ナオが手元のタブレットを操作するように見えた。

「これでわかってもらえますか」
 会議室の面々がまた顔を見合し首をかしげる。その時自動音声が流れた。
『通常電力が復旧しました。非常用回路を遮断しました』
「電力が戻ったのか?」
 一同がざわつく。
「すぐに確認して!」
 阿南の声に官房長と事務次官たちが一斉に動いた。室内のTVのスイッチを入れる。数十秒の後、報道番組らしきものが受信できた。

『今、たった今、電力が復旧しました。各ご家庭でも確認してください。家電製品の電源を確認してください。電力が復旧した模様です。交通機関、各インフラの状態は情報が入り次第お伝えします。電力が回復しました……』
 アナウンサーが喜びの表情で伝えている。もう心配はなくなった、いつも通りの日常が戻ってきたと。

「どうやって復旧させたんだ? 君がやったのか?」
「そうです」
 阿南の問いに短くナオが答えた。
「それはありがたいが、逆にまたダウンもさせられるという事か」
「そうです」
「一体、君の目的はなんだ? 主張することがあるのなら聞こうじゃないか」
 ナオは少し間を置き、手元のタブレットで何かを確認しているようだった。そして再び話し始める。

「その前にこの様子を全世界に公開することを承知して頂きます」
 阿南は気色ばむ。

「待て、何を企んでいる。まだ国民は何も知らない。そんなことをしたらこの国は大混乱を起こす。国民の命も危うくなるのだぞ」
「それは承知しています。だからリミットまで待たずに復旧もさせた」
「しかし君はまた、この日本からエネルギーを断つことができると言う。いいか、これは遊びではない。現にこの数時間、この国は一切の電力供給が断たれた。病院で生命の危機にさらされた人がどれだけいたと思う。何十万と命を落とす危険があった。断じて許すことはできん」

「病院に関しては電力供給を止めてはいません。調べればわかるはず。一般家庭で利用される生命維持の医療用機器のリザーブ電源の最大は6時間、今回は3時間未満なので最低限保ててはいます」

「屁理屈を言うな! そんなことでおまえの罪が消えるとでも思うか!」
田村長官は声を張り上げた。『ふざけるな!』と言う怒号が会議室に響く。

「勿論!」
 ナオはそれらを制すように声をはった。その表情は先ほどまでとは明らかに違う。日本国政府に対決する『ダヴァース』としての強い意志をもった口調が続く。
「私が罪もない人々を危険にさらしたという事実はある。それがいつか裁かれるのであれば、私は自ら罰を受けよう。だが、この行為はあなた方に私達の力を認識してもらう為に必要だ。『自由戦線』に行動を開始させ、日本国を戦場にするより、犠牲を出さず知ってもらう唯一の方法だ」
「そんな傲慢なやり方は断じて認めん。ひいては国際社会もこれを認めることはない! 君が誰かは知らんが日本国に戦線布告をするというのなら我々には防衛の権利があるのだぞ」
 阿南は強く抗弁する。彼の眼にも、もはやナオは少女ではなかった。

「要求を伝える」
 ナオは冷静に、強い口調のまま言葉を放つ。

「日本国は『フラクタル3.0計画』の全貌を全世界に発信せよ。そして日米安保条約の破棄を宣言せよ。猶予は48時間とする。このやりとりは全世界に10分後配信する。要求を無視する場合は日本国の全てのエネルギー施設の電力を遮断、発電設備は破壊する。そしてミサイル防衛設備等自衛隊専守軍事力はネットワークの遮断にて一切無力化される。また、我々への貴国の警察力、軍事的抵抗に関しては我々の指揮のもと『自由戦線』が日本国全域で戦闘を開始する」

 阿南は滴り落ちる汗を手で拭い、絞り出すような声でやっと言った。
「戦争を始める気か…… 本気か」
 

「要求は以上。良い返事を待っています。では48時間後に」
 映像は消え、モニターに黒く鈍い光沢が戻る。阿南にはそれが暗黒世界へつながる異空間の窓のように見えた。

「総理!『フラクタル3.0計画』とはなんですか」
 閣僚の一人が訊いた。閣僚のほぼ全員がその計画とやらの内容を知らぬ様子だった。阿南は友安官房長に『君が説明してくれ』とでもいうように手を彼に向け差し出す。そしてやっとハンカチを取り出し額の汗をぬぐった。

 友安は、会議室の隅に用意してあるサーバーの水をコップに入れ、一気に飲み干すと、スーツの袖で口を拭ってから話し始めた。

「この計画は我々日本国だけのものではない。まずは米国と協議しなければ」

「一体、なんの計画だ! 日本が人質に取られるような計画とはなんだ! 貴様、何を知っている」
 鈴木防衛大臣が友安に詰め寄る。

「フラクタル3.0計画…… それは人類の再創生の計画。あの子は…… さっきのナオと名乗る子は…… 私の推論が正しければ、すでに生まれていた新しきイヴでは」




㉛へ続く


★この作品はフィクションであり登場する人物、団体、国家は実在のものと一切関係がありません。


エンディング曲
Immigrant Song (Remaster) Led Zeppelin


世界はここにある①    世界はここにある⑪   
世界はここにある②    世界はここにある⑫
世界はここにある③    世界はここにある⑬
世界はここにある④    世界はここにある⑭
世界はここにある⑤    世界はここにある⑮
世界はここにある⑥    世界はここにある⑯
世界はここにある⑦    世界はここにある⑰
世界はここにある⑧    世界はここにある⑱
世界はここにある➈    世界はここにある⑲
世界はここにある⑩    世界はここにある⑳

世界はここにある㉑
世界はここにある㉒
世界はここにある㉓
世界はここにある㉔
世界はここにある㉕
世界はここにある㉖
世界はここにある㉗
世界はここにある㉘
世界はここにある㉙


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