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世界はここにある㉝  第二部

「しかし官房長! あんたはあの通信のあと『この計画は日本だけのものではなく米国と協議が必要だ』と言ったぞ、あれはどういうことだ? そんなはっきりわからんようなことだったら、なぜあの時に相手に言い返さなかった? 総理もです、すでに現実の計画であることは知っておられたんでしょうが」

「米国から何故何も言ってこない? もうすでに世界中でこの話題がマスで流れているが、全てこの謎の計画の責任は日本にあるような論調だ、CNNやBBC、中国やロシアでもほぼ同じ論調だ。ところが我が国は何の反論も発表もできずにいる。助け船も今のところきていないではないか!」

「アメリカとはどういう話をするつもりですか!」
 閣僚から次々と疑問が呈される。阿南は彼らの憤懣ともとれる言葉を聞いたあと暫く目を閉じた。「総理!」閣僚の誰かからの呼びかけに彼は答え始める。

「誤解のないように言う。『フラクタル3.0計画』というのは本当に私も知らない。官房長がああ言ったのは、その前にあった『フラクタル2.0』これは米国を中心とした計画で、我が国も安全保障上の機密事項としての取り扱いであり、一切、表には出していない計画だった」

「クローンの実験をやったのか?」
「いや、違う」阿南は制して続ける。

「未来の技術としての遺伝子、AI、宇宙、エネルギー、半導体、核融合、これらの技術のトップをとることが世界を制するのは皆も知るところだと思う。現在、米国と中国はこの分野で激しい争いをしていて、日本も西側の立場としてその競争の渦中にある」
「フラクタル2.0では……」
友安官房長が続けた
「その中の遺伝子技術分野での画期的な研究、いや、発明と言ったほうがよいものだと。あらゆる疾病の治療を目的として、遺伝子操作による免疫細胞の『発明』がベラギーで成功していたんです」

「そんなこと誰も聞いてないぞ。小山教授のノーベル賞だって実用と言う面ではまだ臨床が始まったばかりで実用化には10年といわれているのに」
一同は驚きを隠せない。
「この話が発表されていないのには理由があります」
「なんだ?」
「この研究の基幹には多くの倫理に反する研究と実験がなされている。しかもそれは西側でなされたものではなく、彼の国でなされたと…… それも少数民族の犠牲の上に……」
「それならなぜ批判しないのです?」
田村長官が訊いた。
「西側がそれを盗みとったからだ」
阿南は続けて言った。
「これは軍事に関係する」
「生物兵器か」鈴木大臣が即座に呟いた。
「その通りだ、米国は生物兵器の開発の成果と共にそれを盗んだ。そしてその対抗手段の研究の中から先の発明がなされた。そしてこれはいずれ莫大な財を生み出す。だからどちらの陣営も決して表には出さずそれぞれの研究を続けていると思われる。我が国も資金的に一部を協力していた背景がある。もちろんそれは軍事計画へではなく医療分野への貢献という事だ。それと」

「それと?」

「クリス大統領は隠していたが…… これは推察だが、この計画、研究には
どうやら日本人がその中心的人物であるのではないかと私は思っている」
「日本人? 誰なんです?」
「さっき話した元帝都大の高山教授。彼が関係しているのではないかと思う。彼は今、消息が定かではない。そして『フラクタル2.0』はその後秘密裡に研究がなされ今に至っているが、実際のところ成果報告はない。この3年ほどの間でこの計画の中身の何かが変わり、こんなことにつながったとしか思えん。もしあの少女がクローンだとしたらこれよりもっと前に高山教授がすでにクローン技術を完成させていて、このことにも関わっていた可能性は十分に考えられる。我々には未知だが、このクローンと遺伝子技術、生物兵器にはなんらかの繋がりがあるのではないかと…… これも推察にすぎないし、米側に突き付けても何も出ないことはわかりきっている」

「なら、総理!」
 原田外務大臣は強い口調で阿南に詰め寄る。
「なおさら世界にこのことを発表し、一時の汚名は受けても根本の悪事には加担していないことを表明しなければ。高山教授は日本人だが我が国がこの計画を推進していたわけではない。ここはわかっている全てを発表し日本の考えを示すべきです。もし、ダヴァースからこの事を語られたら我が国の信用は地に落ちる。どうせ役者らは知らぬ存ぜぬを通すに違いない」

「北朝鮮でさえ、中国とロシアの後ろ盾がある」
 阿南は静かに言った。
「米国と決別して我々に生きる道があると思うか」
 その場の誰もが何も答えなかった。
「そして世界の支配者に逆らうことは、日本国がポツダム宣言の受諾前に戻ることになる。我々は国家と民族が消滅するまで東西の勝者に解体されるのだ」
 
「ならどうすべきと……」鈴木が言った。
「清濁併せ吞む。米国と歩調を合わせるしかない。今、我々は『テロ組織』と戦っている。大義名分は我々にあるし日米同盟の軍事力は世界最強だ」

 日本国の取る態度はわずか数時間のうちに決められ、残りの時間はテロに対する防衛準備が昼夜を問わず続けられた。阿南は決して自身の判断が正しいとは思っていなかったが、彼をはじめとする政府の誰もが有効な対案を持ち得なかった。そして米国をはじめとする世界は『テロと戦う日本』を賞賛し、協力を申し出た。言うまでもなく『フラクタル3.0計画』は謎のままで真実を語るものはいない。

☆☆☆☆☆

 ベラギー公館の一室でポール・ヴュータンはダヴァースと日本政府とのやり取りを映像で見て大いに笑った。
「とうとう表にでてきたか、ジャンヌ・ダルクよ。だがお前の運命はどうやらここで尽きるようだ」
 
 彼はすぐに電話をかけた。
「どうだ北京の様子は?」
「タイペイ進攻作戦の準備が整った様子です。米側もこの情報は掴んでいますが日本のせいでこの24時間は明らかに出足が遅れています」
 電話の相手は淡々と報告を続ける。
「ヒスマンの当主はすでにロシアの紛争から手を引き、今度はアジアへ注力します。ロセリストも同じくアメリカへ何らかの動きをみせるでしょう。北京がどれくらいの実力を見せられるかで変わりますが、ほぼシナリオ通りだと」
「わかった。ドクター・タカヤマの息子はまだ日本か?」
「それが…… 」
「どうした? まさか足取りが消えたとは言わさんぞ」
「いえ、まだ情報が不足しておりますが、もしかすると死亡した可能性が」
「なんだと! どういうことだ」
 ポールは思わず声を荒げた。彼の息子を手中にすることで、自分達は勝利を確定できる。
「ダヴァースの一部が米軍の攻撃により海上で殲滅された可能性があります。万一そこに彼がいたら」
「ばかな、米は彼を殺すはずがない。それなら彼は米軍の手にあると思ったほうがいいだろう。確認をいそげ」

 ポールは電話を切り舌打ちをした。彼、高山英人をもっと早くに抑えておくべきだった。高山教授があのサツキと言う女のクローンであるナオを作った際に知った避けようのないフラクタルの秘密を早くに知っていれば。ペアになる人間の存在が、その遺伝子が必要になるという結果をもっと早くに知っていれば…… そしてその研究をすすめることでロイ王子の成長が疑いなく期待できる。ヒスマンの血を絶やすことなく世界を制覇し全人類を意のままにできる。真の平和とはそう言う事だと信じて疑わない。そして世界中の財をこの国に集約できるのだ。

 高山はまだ隠していることがあるのかもしれないが、それが何であってももう構わなかった。ドクター・ブリュスコワはすべての成果をすでに得ていた。フランツ・シュナイターがいかに米国と協調していても、高山の息子さえ手に入れればナオは必要がない。ジャンヌ・ダルクは火あぶりにされるのだ。米国にはサンプルがなく、我らにはそれがあるのだ。

「我々にはロイと彼がいればいい…… 」
ポールは次の一手を打つ。
ヒスマン家が主導する『フラクタル3.0計画』の始動だった。それは最先端医療への貢献ではない。選ばれた種族の維持と選ばれないものの排斥と従属の計画である。



㉞へ続く


★この作品はフィクションであり登場する人物、団体、国家は実在のものと一切関係がありません。


エンディング曲

Tales of the Magic Tree: IV. Spider Knows His Craft
Metamorphose String Orchestra · Pavel Lyubomudrov · Alexander Litvinovsky


世界はここにある①    世界はここにある⑪   
世界はここにある②    世界はここにある⑫
世界はここにある③    世界はここにある⑬
世界はここにある④    世界はここにある⑭
世界はここにある⑤    世界はここにある⑮
世界はここにある⑥    世界はここにある⑯
世界はここにある⑦    世界はここにある⑰
世界はここにある⑧    世界はここにある⑱
世界はここにある➈    世界はここにある⑲
世界はここにある⑩    世界はここにある⑳

世界はここにある㉑    世界はここにある㉛
世界はここにある㉒    世界はここにある㉜
世界はここにある㉓
世界はここにある㉔
世界はここにある㉕
世界はここにある㉖
世界はここにある㉗
世界はここにある㉘
世界はここにある㉙
世界はここにある㉚


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