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世界はここにある㉜  第二部

「我々は全力でテロ組織と戦う。そのために日本国内においての対応にいかなる方面においても協力を惜しまない。すでに在日米軍は貴国が日本国内において行う対テロ作戦中の第三者による日本への挑発行為に対応する用意は整えてある。混乱に乗じる他国の挑発は米国の利益をも害する行為として厳正に対処する。阿南タカ、我々は揺ぎ無いパートナーシップをこれからもつづけるのだ」

 阿南は礼を述べて通信を切った。モニターのクリス米大統領の表情には言葉ほど誠実さは無いように見えた。所謂政治家の顔だ。それ自体に阿南は驚きも失望もない。当然の予想答された答えだった。

 すでに国内外のマスコミはダヴァースが公開した動画を報道し、日本国内は大混乱が始まったと煽っている。間髪入れず阿南はすでに万全の体勢で対テロ作戦の準備は整えている旨の発表をし、国内の警察、自衛隊が重要施設の警備に動いていることを踏まえ緊急事態宣言を発した。

『フラクタル3.0計画』とは何か? が当然にマスコミの中心話題になった。日米安保条約の破棄については現実的にありえないことがわかっている。そんなことは極端な左派しか理想に掲げることはない。むしろ迫る危機に対して米国をはじめとする西側諸国から、異例の速さで伝えられた日本を守るという様々な協力宣言に国民の多数は安堵しているに違いなかった。そして中国やロシアからもテロに対する非難は政府発表として伝えられていた。しかしその情報に違和感を唱える識者も少なくなく、何よりも『ダヴァース』『自由戦線』とそのリーダー、ナオについて世界中が情報を持っていないことが奇妙すぎる。真実を隠しているのではないかという疑念を発信していた。

 日本政府はこの計画について存在を知らず、内容については何もわからないと発表した。他の国々も残らずそれに追随して異を唱えなかった。

☆☆☆☆☆

「官房長、人類再創成? なんだそれは? アメリカの計画なのか?」
閣僚たちが友安官房長に詰め寄った。しかし友安は首を数回振ってから答える。

「皆さん、私もこのことについてはほとんど何も知らないのです。3年前に総理と米大統領との私的な懇談の中で少しだけ出た話題に過ぎないのです」
「私から説明するよ」
 阿南は席を立ってその場の閣僚たちに話し始めた。

「官房長が言ったのは3年前、就任したばかりのクリス大統領が訪日した際のことだ。その時の話題はバイオテクノロジー関連の技術研究についての意見交換をしていた時だったと思う」

☆☆☆☆☆

「阿南さん、遺伝子分野での先の成功は日本だけでなく世界に革命的だったと思う。ベラギーのシュナイター博士もこのレポートには驚いていた。基礎研究の蓄積については日本はとても深くそして情熱的だと」

「大統領、貴国の研究所でも同様の結果を得ていると聞きます。これが遺伝子治療に大きな貢献をするのは間違いないでしょう。我が国もこの分野においての協力は是非、具体的な数字を伴った形で行いたいと思っています」

「thank you 阿南さん、次のG7もこの話題はでると思う。産業化も視野に入れて国際協調での研究を進めるべきです。そうだ、思い出したけれど、貴国のこの研究での第一人者だったドクター・タカヤマがベラギーの研究所を辞めたと聞きましたが?」

「いや、高山教授のことは存じていますがそれは知りませんでした。彼は基礎研究の部分での功績は多い。数年前まで名をあちらこちらで聞いたが、最近は…… 昨年のノーベル賞で小山教授のことが大きく話題になってからはとんと聞かなくなりましたね。そう言えば」

「彼は素晴らしいアイディアを持っていたと聞いていました。数年前、私が上院議員の時に彼がいる研究施設に行った時に彼が話した内容はとてもクレイジーだった」

「というと?」

「彼はそれを『遺伝子のフラクタル』と言っていたが、遺伝子の操作によって人類から完全に負の情報を取り除けると言っていたわ」

「負の情報とはなんですか」

「遺伝的疾病、身体的脆弱性、脳機能再生、排除されるべき行動と理性のコントロールの適正化とか…… 他にも色々専門的過ぎたが、要するに完全な人類を限りなく生み出せるという突拍子もないことを言っていたわ。もちろん倫理的にはアウトだけれど」

「それは自由とは言えませんな。画一的な人格を持った人間たちが民主主義を唱えても真の民主主義にはならない」

「そのとおり、それは新しいテクノロジーを備えた共産主義社会の行く末だ、地獄よ。ははは、もちろんドクター・タカヤマも本気でそんなことは考えていない。あくまでも可能性の話で、本質は病気の治療だと言っていたけどね」

「それが今回の小山教授の研究で遺伝子治療の未来がまた一歩進んだわけですな」

「そう、これは人類にとって素晴らしい一歩」

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「私はその話を覚えていて、そのあとに官房長と酒を飲みながら話したことがあった。高山教授はその時ヨーロッパで研究所を転々としながら研究を続けていたと聞いている。そんなに有能な人材に日本に帰国してもらって新たな研究土台を日本で作ってもらえないかと」
 阿南はネクタイを緩めながらグラスの水を飲み干す。
「それで官房長に頼んで高山教授とのコンタクトを取ってもらい、こちらの意向を打診したんだ」

「それでその高山からの返事は?」
 鈴木防衛大臣が先を急がせる。
「彼は当時だが『フラクタルは新しいフェーズに入った』と言っていた。そして彼自身、あるところから大きな援助を受けて研究は進めていると言っていた。それは彼自身が研究を重ねて得られた実験成果を実用化するものだと。だから今は日本に帰れないが、いずれお目にかかることはあるでしょうと言っていた」
 鈴木はここまでの話が事の真相にたどり着いていないことに業を煮やし
「それはわかった、だが、どうなんです?フラクタルというのは何なんだ!」

「これは想像ですが」
 友安が話を引き継いだ。
「フラクタルと言う言葉は自己相似と言う意味です。テロリストたちの映像にあった三角形、あれがそうなんですが、図形の全体をいくつの部分に分解してもそれは全体の構造と同じになるというものです」
「だからなんだ! わかりやすく説明しろ」
 鈴木を始め閣僚たちは苛立ちを隠さない。会議卓を拳で叩き、まるで議場のヤジのように各自が吠えた。

「つまり、彼はクローン人間の実験に成功したのではないかという事です」
 友安の言葉に騒がしかった閣僚たちが息をのんだ。

「画一化した資質の人間を大量に生み出せる禁断の行為に手を染めたのではないかと。もちろんその時も、今も現実はわかりません。証拠も何もないし
都市伝説的にそんな話が世界で出回ることはある。しかし、彼をよく知る人は皆、その可能性にふれていた。『彼ならできるかもしれん。だから恐ろしい』と」

「さっきの女は、クローンだというのか? 誰かの」
 鈴木はもう大声を出さなくなっていた。阿南が話を続ける。

「かもしれないし、そうでないかもしれない。しかし彼女は何処にも属さない、出生すら記録にないと言った。それはある意味その証拠であるともいえる」

「そうだとしてだ、当事者の子がその計画の全貌をだぞ、ろくに事情も知らない我が国に明かせと言うのか? 自分達が一番知っているんだ。自分で明かせばいいのだろう。なぜ我が国をこんな事態に巻き込んで、日本国を人質に取ってそんな要求をするんだ? しかもアメリカと手を切れという訳のわからん…… おあっ!…… まさか」

 阿南は思わず身じろいだ鈴木の方を見て言い放った。

「彼女は本気でアメリカと手を切れと言っているんだ。彼らさえ牛耳る本当の敵と戦えと」



㉝へ続く


★この作品はフィクションであり登場する人物、団体、国家は実在のものと一切関係がありません。


エンディング曲

Billy Joel - Honesty


世界はここにある①    世界はここにある⑪   
世界はここにある②    世界はここにある⑫
世界はここにある③    世界はここにある⑬
世界はここにある④    世界はここにある⑭
世界はここにある⑤    世界はここにある⑮
世界はここにある⑥    世界はここにある⑯
世界はここにある⑦    世界はここにある⑰
世界はここにある⑧    世界はここにある⑱
世界はここにある➈    世界はここにある⑲
世界はここにある⑩    世界はここにある⑳

世界はここにある㉑    世界はここにある㉛
世界はここにある㉒
世界はここにある㉓
世界はここにある㉔
世界はここにある㉕
世界はここにある㉖
世界はここにある㉗
世界はここにある㉘
世界はここにある㉙
世界はここにある㉚


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