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世界はここにある㊲  第三部 対決篇

 横田基地からは軍用機でワシントンを目指すと聞いた。民間の航空機よりは多少時間がかかるという。キャロルの話では15時間程度とのことだった。

 僕がアメリカで何をするのかは分からない。何を期待されているのかも分からない。ただ僕の存在が彼らにとって相当の価値があるのは間違いなかったし、彼らが敵とする側に僕がいては拙い。つまり相手も僕を利用したいと思っているに違いない。父は僕に何かを仕込んだのだろうか? まだ年に数回程度でも父と会って家族で食事をしたことやボウリングで競ったこと、北海道へ旅行したことなどを思い出していた。そしてサツキの横顔に憧れていたころまで遡るけれど、父が僕になにか特別な事をしたことはないように思う。もっと小さい頃ならば忘れている可能性もあるが心当たりはなかった。

 そんな中で母や妹のことが気になった。ダヴァースの事件で今、日本中が騒いでいるのだろう。自分の事で家のことまで気が回らなかったが、母や妹は大丈夫なのだろうか?アメリカは僕の家族も守ってくれるのだろうか?

「あの、家へ連絡したいのだけれど、電話を掛けさせてくれませんか」
 僕は待機している部屋の表に入る兵士に頼んだ。
「許可なく電話はできません」
 兵士は視線を合わせることなくそう言った。
「許可をもらいたいんだ」
「上官へ報告します。しばらくお待ちください」
 兵士は部屋の中の電話でどこかへ連絡した。ほどなくキャロルが部屋に来た。

「タカヤマさん、外部への連絡は止められています。どこへ連絡したいのですか」
「母に電話をしたいんだ。しばらく日本を離れることになるだろう? そのことを連絡したいし、家の方も気になる。米軍は僕の実家も守ってくれるのかどうかも知りたいんだ」
「あなたの実家はすでに日本の当局が守ってくれるように手配されている筈です。ご心配なく」
「それはありがたいが、電話一本もかけるのはだめですか」
 キャロルは少し考えたあと、部屋の電話の受話器をあげ交換へつないだようだった。
「外部通話を申請する。キャロル・ハワード。認識394657」
2~3分の後キャロルが番号をメモするように合図をくれた。
僕は実家の電話番号をメモし、キャロルに渡した。
キャロルはその番号をプッシュしながら同じメモに『米軍と共にいることは決して口外しないように』と書き、僕に注意するよう指をさした。

キャロルは電話がつながったのか受話器を僕に渡す。

「もしもし、おふくろ?」
「ああ、ひでちゃん! いったいどこにいるの? 携帯はずっとつながらないし、なんだか大変なことになって……」
「僕は大丈夫だよ、そっちは?」
「今のところ大丈夫だけど、なんかニュースではテロだとか言ってるし…… ねぇ、帰ってこれないの?絵里奈も会社休んで家にいるのよ」
「実は、僕はこれからワシントンへ行かないとダメなんだよ。大事な仕事なんだ」
「あんた、こんな時に仕事って……」
「ごめんよ。とても大切な仕事なんだ。おやじとも関係がある……」
 キャロルが手でそれ以上言うなと制している。母はその光景が見えるかのように押し黙った。
「もしもし? おふくろ聞いてるか?」
「ひでちゃん……」
「ああ、聞こえてる。何?」
「お父さん、今、どこにいるの?」
「いや、それは僕にもまだ分からない」
「サツキちゃんのことね」
 今度は僕が驚いて黙ってしまった。母の口からサツキの名が出るとは夢にも思わなかったからだ。少し身体が震えたのをキャロルも見つめている。

「どうしてサツキのことだと」
「ひでちゃん、お父さん、この1~2年、連絡がほとんどなかったことは知ってるでしょう」
「ああ、今に始まったことじゃないけどね」
「お父さんが前に言ってたのよ。自分にもしものことがあればサツキちゃんのことをひでちゃんに話せって…… それからいつか届くだろうものを渡せと」
「なんだよそれ?」
「お母さんにもそれはわからない。けどサツキちゃんのことはお母さんも知ってる」
「サツキをおやじが昔、助けたこと?」
「そう。ごめんね、あんたに黙ってて」
「そんなことはいいよ。僕もそのことは最近知ったし。それよりおやじから連絡があったの?」
「ううん、ないよ。けどね、ほら、今テレビやネットで大騒ぎになってる『フラクタル』っていうの…… あれはお父さんが関係してる筈よ」
「なんで母さんが知ってるんだよ」
「やっぱりあんた、そのことでアメリカに連れていかれるんだね」
 僕は次に返す言葉が出なかった。母は全てを知っているわけではないだろうが、僕の運命をちゃんと言い当てている。

「アメリカへ行っちゃだめよ。ひでちゃん。お父さんはもうすぐ帰ってくるわ」
「どうしてわかるんだよ」
「お父さんのこと信じてるもの。悪いことしたのかもしれないけど」
「おふくろ! おやじが何をやったか知っているのか? おやじのせいで今、サツキはひどい目に遭ってるかも知れないんだ。それにおふくろも見たろ?あのテロ組織の女の子…… あの子は……」
 キャロルがいつの間にか別の電話機で僕らの会話を聞いているようだった。キャロルは僕をじっと見つめていたが制止するようには見えなかった。

「ひでちゃん。お母さんもわかったわよ、あの子をテレビで見てすぐに分かった。サツキちゃんとそっくりだもの。今のあの子がどういう立場にあるかも。それがお父さんのせいだというのもわかる」
「なら、なおさら僕はアメリカへいかなくちゃ。おやじのやったことを全て知らないといけない。そして止めなくちゃ」

「英人!」
 母の強い口調に僕はまた驚いた。
「お父さんは決して逃げたわけじゃない。それとお父さんは自分のしたことを自分で清算するぐらいの最低限の人間性は持ってる人よ。私は信じてる。何が在っても。必ず帰ってくる。その時にひでちゃんもここに居なくちゃならないのよ。あんたもここで戦わなきゃならない。理不尽なことはお母さんも知ってる。ごめんね。でも信じて欲しいの、お父さんを。アメリカじゃなくて日本でもなくて。お父さんを許して…… そしてもう一度信じてあげてほしい。約束したのよ。その時には必ず帰るって……」

「無理だ。ごめんよ。僕はいくよ。だけど僕も約束する。必ず戻ってくる」

 そう言って僕は動揺し早くなった鼓動を抑えるように一方的に受話器を置いた。キャロルもそれをみて静かに受話器を置いた。

「くそったれ」
 テーブルを思いっきり叩く。物音に外から兵士が飛び込んできたが、キャロルが制し兵士は出て行った。

 母は知っていたのだ。サツキの秘密も、父の秘密も。それに対しての怒りがある。しかしそれにもまして父を信じろという母の言葉が許せなかった。けれどその言葉は僕に重くリピートする。何を、どう信じろというのだ。父を信じること。何かのピースが欠けている気がする。今の僕にはそれを知る術がない。どうすればいい。

 キャロルがいつの間にかそばに来ていた。
「ごめんなさい、話は全て聴いていたわ」
「僕は…… どうしたらいい」
「私なら……」
「家族を信じる?」
 僕の問いに彼女は黙って頷いた。

 その時だった。基地内にサイレンが鳴る。
「スクランブルだわ」
 キャロルは内線で状況を確認する。
「タカヤマさん。状況が変わった。ここから出ます」
「どうしたんですか?」
 焦る僕は彼女に言われるまま部屋を飛び出した。
「ミサイル群が迫っているとの情報よ。たった今からこのベースは戦闘態勢に入った。民間人であるあなたは基地外へ退避させる」
「ミサイルって、どこから? まさかテロ攻撃? ナオが?」

「違う。これはテロに乗じた戦争よ」
 彼女に促され軍用ジープに乗り込み、ゲートへ向けて一気に走り出す。横目で見る滑走路からはすでに戦闘機が離陸し始めていた。
「どこへ行くんです」
 キャロルは暫く考えていたが、笑みをたたえた顔で僕に意外な言葉をはいた。

「あなたの実家へ行きましょう」


☆☆☆☆☆

 官邸はパニックに陥った。早期警戒システムは日本中の米軍基地を目標とした中長距離ミサイルの発射を複数地域より確認。衛星での追尾とイージス艦、PAC3による迎撃発射の命令を下す瞬間だった。

「総理、迎撃開始許可を」
統合幕僚長よりの入電に阿南総理は声を震わせながら『許可する』と答えた。
「相手はどこだ?」
「ロシア、中国からと思われます」
「二国からだと?本当なのか」
「米軍情報ではそうなっています。韓国からの情報はなぜか合いません」
 友安官房長も訳が分からないといった様子でそう答えた。
「着弾時刻は?」
「早いもので12分後です」
「本当にミサイルか?」
「情報精査中です」

 ありえなかった。いきなりミサイルが飛んでくる。緊張関係にあるとはいえ日本、米軍基地をいきなり攻撃するなど正気の沙汰ではない。しかも大国であるロシア、中国が同時などとはありえない。一体何が起こったのか。テロの脅威にさらされているこの国を、高みの見物と決め込むのが彼らのやり方だと思っていた。何かを始めるならその後で構わない。わざわざ西側を全部敵に回す戦争を始める理由などない筈だ。阿南はどうしても信じることができない。

「総理、米大統領とホットライン繋ぎます」
 補佐官の報告に阿南はすぐに受話器を上げる。
「阿南です。大統領、迎撃実行。貴国の対応は」
 阿南は米国の反撃の意思を確かめるつもりだった。データは明らかに米軍基地所在地を目標としている。米国は宣戦布告を受けていると判断したはず。日本が先の大戦以来の戦場と化すのはあと十数分のちのことだ。

「阿南さん、この攻撃はおかしい。ロシア、中国とは連絡が取れていますか」
「いや、両国共に連絡が取れていません」
「衛星とレーダーの情報が合わないのです。まるでミサイルがゴーストのようなのです」
「日本の防空システムは貴国の衛星データが重要だ。それが不確かだと迎撃はほぼ手動による迎撃しかできなくなる。イージスのレーダに再び現れた時に叩くしかない」
「データの解析と情報の確認を急ぐ。在米軍も総力を挙げて防衛します」
それだけ言ってクリス米大統領は通信を切った。

「なにかおかしい……」
 阿南は友安官房長に報告を再度求める。
「迎撃は?! どうなっている!」
 電話を受けていた友安官房長は青ざめた顔で阿南にむかって言った。

「ミサイルが…… 全て消えました……」
「撃ち落としたということか」
「いえ…… ミサイルが急に消えたんです」
「迎撃ミサイルはどうなる」
「相手が消えたのですでに発射したものは自爆して落ちています」
「被害はないのか」
「本土に被害は皆無です。しかし……」
「しかし? なんだ!」

「日米韓の防衛システムが完全に乗っ取られていたのかもしれません」
「そんなバカな…… 誰がそんなことをできると」

 阿南の脳裏にダヴァースのナオの言葉が蘇る。
『ミサイル防衛設備等自衛隊専守軍事力はネットワークの遮断にて一切無力化される……』


 ㊳へ続く


★この作品はフィクションであり登場する人物、団体、国家は実在のものと一切関係がありません。


エンディング曲

Imagine - John Lennon & The Plastic Ono Band (w The Flux Fiddlers) (Ultimate Mix 2018) - 4K REMASTER


世界はここにある①    世界はここにある⑪   
世界はここにある②    世界はここにある⑫
世界はここにある③    世界はここにある⑬
世界はここにある④    世界はここにある⑭
世界はここにある⑤    世界はここにある⑮
世界はここにある⑥    世界はここにある⑯
世界はここにある⑦    世界はここにある⑰
世界はここにある⑧    世界はここにある⑱
世界はここにある➈    世界はここにある⑲
世界はここにある⑩    世界はここにある⑳

世界はここにある㉑    世界はここにある㉛
世界はここにある㉒    世界はここにある㉜
世界はここにある㉓    世界はここにある㉝
世界はここにある㉔    世界はここにある㉞
世界はここにある㉕    世界はここにある㉟
世界はここにある㉖    世界はここにある㊱
世界はここにある㉗
世界はここにある㉘
世界はここにある㉙
世界はここにある㉚


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