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世界はここにある㊵  第三部 

 突き付けられた要求。そしてその期限まであと6時間を切った。国内ばかりでなく世界中が日本の対応を注視していた。阿南総理は世界に向け、すでに『テロには屈しない。日本国を破壊する行為には断固として対抗する』という発表とともに非常事態宣言を発した。米国も全面的な日本への援助をクリス大統領自らが発表し、国内において大きな混乱は現状起こっていない。国内のインフラ設備や重要施設は、普段、国民が見ることの無かった警察と装備を施した自衛隊が配置され厳戒態勢がとられている。Jアラートの誤報騒動はあったものの、先の大戦を経験した高齢者を除き、殆どの国民が外部より武力の攻撃を受けたことがない今の社会において、不安は拡大するも自分達の社会が壊されるという実感は今だ少ないという意見も見られた。

 テレビでは物々しい警戒の様子をどのチャンネルでも伝えている。しかし一方で仕事に出かける人もあり、平常営業する店舗も多く、普段と変わらない風景が対比された。海外からみれば大した混乱も生じていない日本人の落ち着きは驚愕と表している。それが本質的なものなのか、平和ボケと揶揄されるものなのか。破壊と混乱のスタートとされる時間は迫っている。その時に日本という国と日本人が露わになるのだろう。

 阿南は全閣僚との対策会議の真っただ中だった。一致しているのはテロへの徹底的な対抗。そして相手の全体像を把握できず、ミサイル防衛システムの不可解な誤報事案は危惧ではなくまさに危機である点だ。

「その後のシステムの状況はどうなんだ」阿南が鈴木防衛大臣に報告を求めるが要領の得ない返答に終始する。電力システムについても同じで現状で対応できることは準備を終えたものの、肝心のシステムへの侵入が再度起こり得るのか? それについて明確な回答ができるものはこの部屋の中にはいなかった。

「総理、米国はどう動こうとしているんです」
「米国は安全保障上必要な処置を講じる。そのために準備は整えてある。その一点だけで、個々具体的なことは何もない。その時にわかるという事だ」
 総理の答えに閣僚らは不満をもらす。
「何かが起これば動く、主体的には動かないということですか」
「そうだ」
「もし武力テロが起きた場合、米国は加勢してくれるのか」
「それはこちらの要請が必要だろう。まずは警察と自衛隊での対応が先だ」
「もし本当にミサイルが北や他から飛んできた時はどうなる? 米国は?」
 阿南は少し間をおき、「これはさっき得た情報だが……」と切り出した。

「我々のミサイル防衛システムは米国のネットワークとリンクし、初めて実用可能なものになるのは皆さんも承知の事と思う。そのシステムに異常が生じたということは我々側のシステムの問題であると同時に米国側にも問題が生じているということだ。そして昨日の事象は単なる誤報ではない」

「誤報ではないと、しかし実際にミサイルなど飛んでいなかったのに警戒を出したのだろう。誤報ではないですか」

「問題は……」阿南は矢継ぎ早に意見を発する閣僚たちを制し、続ける。
「システムは正常だった。ある時点までは……」
「総理、何を言っておられるかわからん」

「わかりませんか? ミサイルは飛んでいたんだ。システムは正常でそれを捉えていた。しかしそのミサイルはゴーストだった。本当にミサイルであるとシステムが思わされていたんだ。そして警報を発し、ゴーストのミサイルに対抗すべく動き出した。PAC3による迎撃が指示され迎撃ミサイルは撃たれた。しかしそのミサイルはゴーストに命中するわけなく、自ら自爆し落ちた。その命令を下したのはシステム自身だ」
「つまり……」友安官房長が総理の後に補足する。

「我々のシステムは完全に操られているという事です。そのうえでダヴァースは何兆円もかけて築いてきたこのシステムでシミュレーションゲームのように遊んだという事です」
「しかし米国はどうなんだ? 早々と誤報と確認と言っていたではないか」
「米国のシステムにも問題があります。これは発表されてはいないが、恐らく米軍のシステムも同様にハッキングされていたはず」

「ちょっと待て! そんなことは聞いてないぞ」
 鈴木防衛大臣は思わず席を立って怒鳴る。
「官房長! 米国のシステムまでそんな状況なら、我々は今、完全に丸裸にされたということだぞ! 通常戦力だけでこの国を守れというのか?レーダー網もマトモじゃないのに、こんな時にミサイルの一発でも本当に撃たれてみろ、東京は壊滅だ。そんなことを虎視眈々と狙っている国がすぐ隣にいるんだぞ!」

「落ち着け!」
 阿南総理が一喝し、鈴木は漸く腰を下した。
「懸念されていることについては、ここの誰もが同じ思いだろう。米国の状況については今だ不明確だ。しかし官房長の推察はおそらく正しい。そして米国から先ほど得た情報だが、防衛システムの連携は一時解除するということだ」
 閣僚たちはざわついた。中で鈴木は青ざめていた。米国はシステムを解除し米軍独立のシステムに切り替えるということだ。それが意味するのは日本は単独で防衛をしろ。米軍は自らの基地、軍の防衛に専念することに他ならない。

「米軍は日本を見捨てる気か……」
「全面的な協力と援助というワードは何を指していたんだ」
 口々に不満と憂慮をこぼす。
「とにかく我々は最大限の努力をし、この国を守るしかない」
 そう言う阿南も有効な解決案を持っているわけではない。何か事が起きればその時々で対処するしかない。すでに敗北が決まっているゲームの駒を進めるのだとしても、途中で降りることはできないのだ。

「総理! ダヴァースから連絡が」
 総理秘書官が勢い入室し、阿南の耳元ではなく全員に聞こえるほどに叫ぶ。
「モニターへつなげ。田村長官、所定の対応を頼む」
「了解しました」田村はすぐに部屋を飛び出し発信元の特定作業を命じた。

「準備はいいですか」
「つないでくれ」
 阿南は二度大きく息をはき、モニターとカメラに正対しマイクのスイッチを入れた。モニターに映し出されたのは表情のないコンクリート製の壁。前回のようなシンボルの掲示もない。相手方のカメラがターンした。そこには簡易ベットに横たわる人物がいる。点滴がなされ周りには医療用の電子機器が数点置かれ作動しているようだった。

「なんだ? 誰だ、あの人物は」モニターを見ている閣僚は呟く。阿南は静かに呼びかけた。
「阿南だ、返答してくれ」
 その言葉に応えるようにナオがカメラの前に立った。

「阿南総理、これ以上の時間的猶予はいらないようですね。あれからの時間で貴国が表明されたのは、私達との徹底抗戦と取れる内容のみ。要求には応えられないということ」
「私は日本国の総理として、また、世界各国のリーダー達の代弁者としてテロリズムには屈しない。その態度は揺ぎ無い」
 阿南は明確にその意思を伝えた。

「ご立派な態度だと思います」
「なんだその言い草は! 日本国をバカにするのか!」閣僚からの声があがる。阿南はそれを制してナオの言葉を聞こうとした。

「ごめんなさい。バカにしているつもりはありませんが表現が直接過ぎたかもしれません。一国の代表者としてそれは当然の考えであろうと思います。それについては敬意を表したい」
 ナオの言葉のトーンが前回と違うことを阿南たちは聞き取っていた。彼女は対話を求めているのか? こちらも言葉の選択に気を付けるべきかもしれない。

「ナオ…… さん、そこに寝かされている病人は誰かね?君たちの仲間か?」
「それについては後ほどお話します」
「そうか…… ではそちらの話から伺おう」
 阿南は出来るかぎりこちらのペースで話を進めようと考えていた。交渉するポイントはいくつか持っていた。相手の出方を見極める。大局は譲れなくとも各論で…… ナオと言う人物と背後関係を知るためにもここは彼女に話をさせなければならない、そう考えていた。

「まず、先日の防衛システムの『誤報』とそちらが発表された件、これは私達の実力行使であることはお判りですね」
「君たちが我々の想像以上のテクノロジーを持っていることについては認める」
「どう思われました?」
「どう? とは……」阿南は予想外のナオの問いかけに窮する。
「質問を変えましょう。5年以上にわたり何十兆円もかけて構築したシステムが一瞬で役に立たなくなる。結果としてこの国土が荒廃し、国民の命が奪われる。虚しいと感じませんか」

「それは違う。何もしなければやはり我々の安全は脅かされ続ける。国を守る方策は常に持つ必要がある。現に君たちは我が国を脅かしている。虚しさなどという感情で国体を揺るがすわけにはいかない」
「それは総理のお立場でのご発言でしょうね」
「私は日本国の総理だ。この立場を辞するまでその責任は果たさなければならん。私人としての感情に、特にこのことに関しては一切流されてはいけない」
 ナオは一度頷いた。その様子を見て阿南は逆に分からなくなった。この娘は何を考えているのだ?

「フラクタルについて、あなた方は本当のことをご存じない」
「なら、なぜ全てを明かせと要求した? 我々がその計画の全貌などを知る立場にないことを知りながら……」
 阿南は失言したことに気付き言葉を止める。
「我々がその計画自体を知らないことを承知でなぜ? 君たちは他に目的があるのではないのか?」
「そうですね。あなた方は『その立場にない』、総理の仰る通りです。そのために窮地に立たされている」
「その原因をつくったのはお前だろう!」また閣僚から怒号が飛ぶ。

「そうです。こうしないと皆さんは考えを改める機会さえ作れない」
「機会? 日本国を日本人を危険にさらしておいて機会などとは、その言葉は正当化できないし受け入れられん」

「私は日米安保条約などという同盟関係は金で買えるものだという程度にしか考えていません。米国もあなた方もそうでしょう。すべては利益の追求です。白人至上主義に成り立つ植民地政策の時代となんら変わりはない。今も世界の征服者はその富と力を手放さず、大国同士を争わせ、時には手を繋がせ、そして決して自分達の利益を手放さずにきた」
「利益という言葉は金だけを表すものではない。安全と繁栄も利益だ」
「ほんとうにそうですか?」
 ナオの表情は終始変わってはいない。言葉を荒げることもなく感情をだすこともない。まるでAIを搭載したロボットが発言をしているようだ。

「誰の為の利益かということはどうですか?」
「当然に自国民の利益だ」
「そう思わざるを得ないのではないですか?」
「どういう意味だ?」
「言葉をかえればそう思わされているだけではないですか?」

「君は一体、何を言いたいのだ。なにが目的だ」
 阿南はナオの術中にはまりかけている自分に冷静さを取り戻すため話を元に戻そうとする。
「あと、5時間ほどの猶予があります。その間に米国大統領に公開での対話を開いてください。あなた方もしらないフラクタル3.0計画について米大統領に問いただすのです。貴方の国の為に、国民の為に。そしてこれは全世界のすでにワクチンを打ってしまった人々の為です」

「ワクチンとは? 何のことだ? 例の感染症のことか? なんの関係がある?」

「フラクタルの秘密はそこにあるからです」


 ㊶へ続く


★この作品はフィクションであり登場する人物、団体、国家は実在のものと一切関係がありません。


エンディング曲

Do As Infinity / 真実の詩


世界はここにある①    世界はここにある⑪   
世界はここにある②    世界はここにある⑫
世界はここにある③    世界はここにある⑬
世界はここにある④    世界はここにある⑭
世界はここにある⑤    世界はここにある⑮
世界はここにある⑥    世界はここにある⑯
世界はここにある⑦    世界はここにある⑰
世界はここにある⑧    世界はここにある⑱
世界はここにある➈    世界はここにある⑲
世界はここにある⑩    世界はここにある⑳

世界はここにある㉑    世界はここにある㉛
世界はここにある㉒    世界はここにある㉜
世界はここにある㉓    世界はここにある㉝
世界はここにある㉔    世界はここにある㉞
世界はここにある㉕    世界はここにある㉟
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世界はここにある㉚


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