見出し画像

残りHPが20を切ったら読む記事。

毎日あくせく働いて、嫌いな上司に気を遣って、できない部下に心でため息をついて、金曜日になったら友だちとお酒を飲む。

別に自分が仕事の出来る人間だとは思ってないけれど、少しはこの社会の仕組みを分かってるつもりだし、何かを変えなきゃと思ってる。

毎月決まった日にお給料が振り込まれて、家賃と光熱費が引き落とされて、自分たちの将来に大きな不安と小さな期待を持ちながら、日々の生活を実感する。



子どもがいたら、ガヤガヤ遊ぶ様子を見て「子どもは遊ぶことが仕事だから」と自分に言い聞かせて、危ないことがないかどうか気を遣って、心の中で、ある願い事を唱える。


「どうか、すこやかでやさしい子に」




自分を育ててくれた親にようやく感謝できて、次は自分がバトンをつなぐ番なんだと実感できたのはいつのことだったかな。


いつの間にか他人のように見えてきた、老いていく両親を見て「老けたね」と言って、お茶を飲みながら「育ててもらったんだから、私が面倒を見るんだ」と1人、心に決めておく。

あけすけに相談できる他人は近くにいない。



人生は毎日の積み重ねで、とても長い。


「いつかは自分も世の中に名前を残すようなことをして、誰かに自分の存在を知ってもらうんだ」


20代前半で持ってたそういう野望も、今では守るものが出来たので心の棚にしまうことになって、それが出来ているであろう人を探して静かに心を燃やして応援する。

「がんばれ、がんばれ、私もがんばるから」



たまに自分と同世代なのに、その野望を持ち続けている人を見ると、憧れと少しの嫉妬心が芽生えてくる。

「あの人は才能があっていいな。私には何もないのかな、いや、家族がいるからオールOKだ」

と思ったり、

「私はいつになったら結婚するのかな」

と、長くなった独身生活を憂いて、お正月に集まる親せきのおじさんに会いたくないと思ったり。




誰もがみんな、この時代を生きている。



人間は結局、自分が一番かわいい。

とっても当たり前のことなんだけど、それを実感が伴って理解できるようになったのは何歳の頃だっけ。


これがもう少し進むと「そうか別に誰かに理解されなくてもいいんだ、自分の周りが良ければそれでいいじゃん」と、心が軽くなる時がやがてやって来る。


本を読む時間はないから、YouTubeやnoteだったりを見て、哲学や人生論、コミュニケーションについて勉強したつもりになる。

分かってる。


本当はしっかり本を読んで、自分と向き合った方がいいのにな、とは思ってる。でも、手っ取り早い方を選んでしまう自分の浅ましさ。そんな自分を苦々しく見つめるけれど、同時に愛しさも感じる。


誰かに自分のことを理解してほしいとは思わないけれど、でも、なんやかんや分かってくれる人と会っちゃう不思議。


誰かに「あなたってこういうところあるよね」と言われると、少し顔を赤らめて「え、それで? それで?」と続きを聞いている自分を客観的に見て、少し恥ずかしい気分になる。


そんなことを積み重ねて、また今日が終わる。



仕事、恋愛、婚活、
子育て、病気、お金、つまりは生活。

これからの人生のこと。

色々と考えながら生きて、また明日がやってくる。

昨日考えてたことはなんだっけ? 

って思い出したり、忘れたり。


その繰り返し。

「そういう人生も悪くないけど、もう少しだけ…」

と思いながら生きる。





これは私のことではないし、これを読んでくださっている読者さんのどなたのことでもない。

が、きっと、どこか一部は私たちのことである。




何が言いたいか。





私たちはがんばってる。



疲れたら、少しだけひと休み。



がんばるタイミングを見極めて。



家族と友だちを大切にして。



なにより自分を大切にして。


ここまで読んでくださった方々の、顔も名前も知らないけれど、少なくとも私は応援してる。



がんばれ、がんばれ、私もがんばるから。

ほどほどに。


〈あとがき〉
「おい、お前は何様だ。お前に言われたくない」という話はいったんすみっこに置きます。noteというプラットフォームは文章がメインのものですから、自然、言語能力が高い方々が集まる場所である気がします。これは未来の自分へのメッセージであり、いま悩めるどなたかへのメッセージです。もし、何かに疲れたらここにまた帰ってきてください。今日も最後までありがとうございました。

▶︎ほどよく頑張りたいならこの記事もオススメ


この記事が参加している募集

私のコーヒー時間

至福の温泉

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?