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ゾンビと精神医学 ~有名医学論文に掲載された3例のゾンビの正体とは!?~

皆様、こんにちは!鹿冶梟介(かやほうすけ)です☺️

さぁ、今年もやってきました「ハロウィン特集」です🎃

一昨年は「狼男」、昨年は「吸血鬼」について精神医学的な知見をご紹介いたしましたが、今年のテーマは...パニック映画の定番「ゾンビ」です!

「ゾンビと精神医学...? 流石にそれは、ないっしょ〜?」

と今思ったそこのあなた、その考えはバニラアイスに蜂蜜をかけるぐらい甘い🫵(...でも美味ですよね😋)

精神医学の前では、オカルト全般が「考察対象」となりうるのです!!

ということで、今回の記事では"生ける屍"ことゾンビについて、超有名論文「Lancet」の症例報告をもとに解説したいと思います!

今回の記事が皆様のハロウィンをちょっとでも盛り上げられたら幸いです(ハッピーハロウィン👻)!


↓今年のハロウィンは小生もこのコスプレをしてみようかしら?


【ゾンビとは?】

ゾンビ(zombie)はホラー映画、小説、漫画に登場するモンスター。そのルーツはハイチの民間伝承であり、魔術によって甦らされた死体を意味する。

Zombieという言葉が最初に記録されたのは、1819年詩人ロバート・サウジーが用いた言葉であり、ブラジルの反乱指導者である「nzambi」が由来。

オックスフォード辞典によると、このnzambiは、コンゴ語の"nzambi(神)"を語源としている。

ハイチで信仰されるブードゥー教では"ポコール"と呼ばれる呪術師がゾンビパウダー*など様々な方法でゾンビをを作り操ると言われている...。

現代のゾンビ像(徘徊する死体、噛まれると感染するなど)は、ジョージ・A・ロメロの映画「Night of the Living Dead(1968年)」によると言われている。ただし、この映画では"ゾンビ"ではなく"グール"という表現が使用されていた。

*ゾンビパウダー: 人間をゾンビ化させるという魔法の粉。西アフリカ社会で用いられたものが、ハイチを含む西インド諸島に持ち込まれた。成分にはフグ毒であるテトロドトキシンやチョウセンアサガオのアルカロイドが含まれているという説があるが現在でも謎に包まれている。

↓ゾンビ映画の元祖!


【研究紹介】

Clinical findings in three cases of zombification. Littlewood R and Douyon C, Lancet, 1997

https://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736(97)04449-8/abstract


<目的>

ゾンビが何らかの臨床的特徴を持つかを検討する。

<方法>

1996-1997年の南ハイチの3例の"ゾンビ"について診察した。3例のうち2例にCTスキャンを施行した。また2例についてはDNAサンプルが得られた。ゾンビに詳しい現地人"bokos(ブードゥー教の司祭)"に各症例がゾンビであるか否かコメントを求めた。

<結果>

症例1:
推定30歳の女性。発熱性疾患により死亡後、彼女は自宅の隣にある家族墓地に埋葬された。しかし死亡から3年後、彼女は村の近くを徘徊していた友人によって発見された。症例の墓を掘り起こすと墓の中には死体ではなく石が敷き詰められていた。彼女は痩せていて、歩くのが非常に遅く、体が硬く、質問しても理解できない言葉をつぶやき、自分で食事をするのに介助が必要だった。彼女はPort-au-Princeの精神病院に入院した。脳波は正常範囲内であった。抗精神病薬が投与されたが効果はなかった。推定診断は緊張型統合失調症であった。

症例2:
26歳の男性。18歳の時に急性熱性疾患の後に死亡した。往生際の彼の目は黄色に変色し、体は腫脹し死体のような匂いがした。死体は従姉妹の家の隣の墓地に埋葬された。死亡から19ヵ月後、彼は地元のイベント(闘鶏)に現れた。この症例は一日のほとんどを特徴的な姿勢で過ごし、歩くときは姿勢も歩行も正常で安定していたが緩慢だった。神経学的検査は正常範囲内であった。思考障害、幻覚、緊張病症状はみられなかった。両親の話によると週に一度睡眠中に発作を起こし手足が震えて泣き出すことがあった。推定診断は脳の器質性症候群と低酸素期に生じるてんかんであった。てんかん発作はフェニトイン(抗てんかん薬)100mg/日の投与により改善した。

症例3:
31歳の女性。18歳の時にゾンビ化した隣人のために祈りを捧げた後、下痢と発熱で体調を崩し数日で死亡した。彼女の死後13年後に、彼女は街に姿を現した。身元を調べると死亡した街から100km北の村で男のゾンビと結婚し、子供を産んでいたとのこと。神経学的検査と精神状態は正常範囲内であった。発話は限られていたが、おそらく知能が低いためと思われる短い文で適切であった。推定診断は学習障害であった。おそらくこの症例は人違い(他人の空似)によるものであると推定される。

なお、DNA検査によると症例2と3は両親たちと血縁関係になかった。さらに2例目と3例目のコンピュータ断層撮影は正常範囲内であった。

<結論>

これらの症例がゾンビを全て説明するわけではないが、徘徊者、精神疾患、他人の空似をゾンビと間違えるケースがあると言える。

ハイチにおけるゾンビ化を深く考察するにはハイチ人のアイデンティティ、文化、呪術的紛争等について知る必要がある。


【鹿冶の考察】

<ゾンビ愛は家族愛>

今回のハロウィン特集、いかがだったでしょうか?

ゾンビの正体は...精神疾患か人違い...という何ともいえないオチでしたね😓

そもそも西洋文化が伝わるまで、ハイチでは精神障害者が街を徘徊することは一般的なことであり、そしてその徘徊者とブードゥー教における"ゾンビ"という考えが見事にマッチした...というのが実情のようです。

これは日本においても、精神障害者が"憑き物"として扱われていたことに似ていますね(詳細は過去記事憑依と精神医学をご参照ください)。

そしてちょっと面白いのは症例3ですね。

なんと行方不明となった娘がゾンビとなって、他のゾンビ(♂)と結婚し子供までこさえる...というB級ホラー的ストーリー...。

しかし、この発想にはハイチならではの風習が深く関係するそうです。

なんと昔のハイチではゾンビになったものを家族に迎え入れ、一緒に暮らすことが社会的に認められていたようです。

すなわち精神障害者や浮浪者が「死んだ子供」に似ていたら、「この子(ゾンビ)はあの子の生まれ変わり(?)」的な発想で、その家族が引き取ったそうです!

何という家族愛...、いえゾンビ愛!

...と、何だか良い話にまとめようと思いましたが、実はこの"ゾンビ化"にはイメージ通り"闇"な部分もあるのです。

いつ頃から不明ですが、ブードゥー教の司祭・魔術師であるボコール(bokor)によってゾンビになった人物はボコールの奴隷となって働かされたそうです...。ハイチの奴隷制度は1429年にクリストファー・コロンブスが入植する前から存在していたようですが、人を奴隷のように働かせるために"ゾンビ化(zombification)"を行っていらしいです。事実、今回の論文で紹介した症例3はボコールに奴隷にされていたようです。

そう思うと、やはりゾンビ伝説は悲しい物語になってきますね...。


↓ゾンビアニメって色々ありますね!


<精神医学的ゾンビ諸説>

さて有名論文Lancetに掲載された3つの症例報告では、統合失調症、てんかん、学習障害の診断がつきましたが他にも「ゾンビ」と診断されやすい疾患・症候群があります。

そこで本記事の最後に「ゾンビ」と間違われやすい病気についていくつか紹介したいと思います。

それでは皆様、素敵なハロウィンをお迎えくださいな🎃(ハッピーハロウィン!)

クリューヴァ・ビュシィ症候群(Klüver-Bucy syndrome)
脳の両側扁桃体の障害によって起こる精神神経症状。視覚障害がないにも関わらず目が見えないように振る舞う精神盲、口でものを確かめる口唇傾向、攻撃性が弱まる情動鎮静、食生活の変化、性行動の亢進などが特徴。

=>情動が鈍麻し、何でも口にする(噛みつく)という点はゾンビと間違われるかもしれないですね。


コタール症候群 (Cotard’s syndrome)
 
1890年にフランスの精神医学者Cotard Jが初めて記載した、否定妄想を中心に展開する症候群。様々な臓器が壊された、あるいはなくなったという妄想をベースに、抑うつ、不安、体感異常、劫罰(ごうばつ)・不死妄想、自殺傾向などを認める。退行期うつ病に多く見られるが、統合失調症、アルコール依存症などにも認められる。

=>噛みついたりはしませんが、自分を不死と思い込むのはゾンビっぽいですね。


緊張病(catatonic syndrome)
 
Kahlbaum Kによって記載された臨床症候群。交代性、反復性の病像と、筋トーヌスの変化を特徴とする。一方で、爆発的な衝動行為からなる興奮が、他方ではあらゆる自発運動が停止する昏迷、外的刺激に意味もなく抵抗する拒絶症、逆に自動的に従う命令自動など多彩な症状が出現する。統合失調症で生じることが多い。

=>ぎこちない不自然な動きがゾンビと間違われるかもしれませんね。


脱法ドラッグ中毒(マイアミゾンビ事件)
2012年フロリダ州で通称"バスソルト"と呼ばれる脱法ドラッグ(メフェドンが主剤)を内服した中毒患者が、通行人に噛みついて大怪我をさせた事件。

=>薬物中毒患者は生ける屍のような行動をとります。さらに恐ろしいことに、ゾンビのように噛みつく...ということもあるのです。


合成大麻
 
2016年7月、ブルックリンで「ゾンビのような」行動をとった33人を報道した。このうち18人が救急センターに搬送され、8人から血清、全血、尿サンプルが採取された。指標となる患者は28歳の男性で、質問にゆっくりと答え、"無表情 "であった。身体所見では、嗜眠、グラスゴー・コーマ・スケール13点、うめき声と手足のゆっくりとした機械的な動きが断続的にみられた。約9時間の観察の後、彼の行動は正常化した。

=>合成大麻でもゾンビ化するようですね...。大麻ってやっぱりヤバイと思います。


【まとめ】

・ハロウィン企画としてゾンビについて精神医学的に考察した論文を紹介いたしました。
・ゾンビのメッカ、ハイチでのフィールドワークの結果、ゾンビは蘇った死体ではなく精神・神経疾患の患者である可能性が高いことがわかりました。
・もともとゾンビは現地の奴隷制度として利用されておりましたが、精神障害者を支援・援助するシステムとしても機能しておりました。
・ゾンビに類似する疾患として、クリューヴァ・ビュシィ症候群、コタール症候群、緊張病、薬物中毒などが挙げられます。
・明日は皆様もゾンビの格好をして街に繰り出すのはいかがでしょうか?ハッピーハロウィン!🎃

【参考文献など】

1.Clinical findings in three cases of zombification

2.The undead in culture and science. Nugent C et al., Proc (Bayl Univ Med Cent), 2018

3.The tragic, forgetten history of Zombies. The Atlantic

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精神科医・鹿冶梟介(かやほうすけ)
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