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短編集

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2022年12月の記事一覧

蛭川(ひるかわ)団地C号棟

1.101号室(魚男)

配達員のバイトをしている。今日も荷物を運びチャイムを鳴らしたが押しても鳴らない。壊れているようだ。しかたなく玄関のドアをノックした。
コンコン。
すると中から「はいれ」と低い声がする。ドアノブを回すと開いた。玄関で待っているとまた「はいれ」と奥から声がする。
靴を脱いで上がるとそこに頭が魚、身体が人間の着物を着た男が和室に座っていた。
大きなヘッドホンをしていて何かを一心

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歓楽街夜蝶

歓楽街夜蝶

「あまりネット上でマウント取らないほうが良くないっすか?姐(ねえ)さん。」
背後から声をかけてきたのは、ついこの間まで塀に囲まれた中にいた安治郎。通称銀次。名前がいくつもあるとややこしいがそう呼ばれたいのか呼ばれたくないのかはわからない。が、とにかく顧客には本名を勿体ぶって明かさない人が多い。「銀次さん。今夜は何処に連れて行ってくれるんですか。」李涼はさも待っていた人とようやく会えたと言わんばかり

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産声

産声

「まだなのか?」
「すみません、もうすぐです。」
「もうすぐもうすぐって!いつになったら産まれるんですか!」
「もう出口までは来ているんですがその…」
「なんです?」
「子供が生まれたくないって言うんですよ。」
「それはまたなんで。」
「自分は出来の悪い子供だから世の中に適合できるかどうかもわからない、だから生まれるのをやめようと思うと申しております。」
「そんなことは気にするな、適合できなくても

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交錯鉄箱

交錯鉄箱

地下鉄の車内は生温い空気に満たされている。取り付けられた扇風機もぬるま湯のような温度の空気を無駄に攪拌するにすぎなかった。定期的に吹き付ける押しつけがましい風が苦手で、思わず扇風機を睨む。
外界の灼熱地獄を汗をかきながら必死になって通り抜けて来たうえに、芋を洗うようにごったがえす人ごみの中をホームで苛立ちながら列車が到着するのを待ってやっとの事で車内に押し込まれるように滑り込んだ。しかし車内は気の

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鰯離婚

鰯離婚

七瀬は弁護士だ。相続や家庭問題や離婚や調査などを得意としている。
「先生。今朝は9時より土元さんの予約が入っております。」
事務員の玲奈は学生だけどなかなかしっかりしていて言われたこと以上に気がきく。仕事はがんばってくれていた。
5分前、コンコンとノックされ、玲奈がどうぞと言い開ける前に太った女性が大きなハンカチで額を抑えながら入ってきた。
玲奈が中へ案内する。
「お待ちしておりました。土元様です

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逢魔刻の女

逢魔刻の女

鏡を覗く。そこに毛のない猿がいた。

ギョッとして身体が反射的に硬直する。心臓に痛みが走った。凍りつくとはこういう時をいうのだろう。猿は背中を丸めて真っ白な冷たい皮膚を晒していた。
そして窪んだ眼窩(がんか)から虚ろで大きな眼球がじっとこちらを捉えたまま、様子を伺っている。
それが自分だと気づくまでに時間はそれほど、かからなかった。和室に置かれた古い三面鏡に、映し出された自分を確認する。一瞬にして

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