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稲本稲三
2021年8月29日 10:29
「あぁ、まさにここだよ! このベンチでフラれたんだよね。ここから改めて見ると、結構、綺麗な景色だったんだなぁ」光太は、休憩所にある二人掛けのベンチに勢いよく腰かけて、目の前に広がる噴水広場を見渡した。神代植物公園の噴水広場は、真紅、薄紅色、橙色と、色とりどりのばらに囲まれ、遠くから一望すると、まるで異国に訪れたような心地になる。「へぇー。素敵じゃん」私は、手前にある一人掛けのベンチを避
2021年7月31日 00:28
「何度も検査したんだけど、あのね、美久、お腹に赤ちゃんがいるみたい」美久の声は震え、溢れ出しそうな涙を堪えている。拓朗は、目に映るもの全てが、一瞬だけ歪んで見えた。家族4人が集まる食卓も、開けたばかりの缶ビールも、手を伸ばせば伸ばすほど、消えてなくなる気がした。普段から美久は、何か困ったことがあると、母の沙也子にしか相談しない。父の拓朗や兄の海斗の前では、弱さを見せず、明るく振る舞うことが多い
2021年7月3日 01:36
ある日、非通知設定から着信があった。「はい、もしもし?」「こんばんは!ラジオネームは?」「…はい?」「ラジオネーム、わかんないですか? じゃあ、僕がつけちゃいますね!ラジオネームは、クールビューティー前田くんにしましょうか!」「はぁ…。あの、何ですか、これ?」「あぁ、申し遅れました!『小森三郎のウェルカム!電話相談』です!ということは、私は、小森三郎です!」「…あぁ。なんか、間違って
2021年2月17日 20:49
「ケンリュウのバッティングって、当たるときと当たらない時の差、ヤバくない?」「アイツ、安定しないよなー」「ぶっちゃけ言っていい? 下手くそ!」「ハハハッ!」ケンリュウが誰なのかを知らない竜一は、ただただ、二人の会話を聞きながら歩いていた。毎朝、千田と周太は、誰かの悪口を楽しそうに言っている。その人物は、竜一が見たことのない他校の生徒、竜一が授業を受けたことない先生、竜一が喋ったこ
2020年11月1日 15:15
「大和、なんで東京タワーなの?」「なんとなくだよ。違うとこがよかった?」芝公園駅から東京タワーまで歩くのは、これが2回目だった。初めてこの道を歩いた2年前は、莉音が隣にいることに緊張して、震える手をポケットにしまって歩いた。今日は高梨がいるせいか、あの時の緊張はない。「ううん、私は東京タワー好きだよ。高梨くんは、東京タワー見飽きてるもんね?」「まぁ、俺の小学校がこの辺でさ、毎日東京
2020年5月30日 10:06
面白くなりたい。それが、僕の大きな目標だ。僕の人生はこれを必死に追っている。だって、面白ければ辛いことを忘れられるじゃないか。笑って生きていけるじゃないか。ただそれだけなんだけど、僕は面白くなりたい。僕の学生時代は最悪だった。中学三年の時、両親は離婚してしまった。僕と兄は父に引き取られ、三人で生活をすることになった。そして僕が高校生になり、三つ上の兄・章介が高校を卒業してからはさらに酷くなって
2019年11月9日 12:24
ここで、一つ問題があることに気づいた。俺はナナコさんを、どう呼べばいいんだ? これまでにナナコさんの名前を、本人に向かって呼んだことがない俺が、どう呼ぶのが正解なんだ? ナナコ、ナナコさま、ナナちゃん、ナナコさん。君にいろんな呼び方があることは知っている。しかし、自分にちょうどいい加減の呼び方は知らない。「ナナコ。ナナコ」俺の後ろで声が聞こえた。一瞬、体が反射的に震えたが、俺に対して話しか