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東京タワーの君に恋をした。

「大和、なんで東京タワーなの?」

「なんとなくだよ。違うとこがよかった?」

芝公園駅から東京タワーまで歩くのは、これが2回目だった。初めてこの道を歩いた2年前は、莉音が隣にいることに緊張して、震える手をポケットにしまって歩いた。今日は高梨がいるせいか、あの時の緊張はない。

「ううん、私は東京タワー好きだよ。高梨くんは、東京タワー見飽きてるもんね?」

「まぁ、俺の小学校がこの辺でさ、毎日東京タワー見てたから、感動しないんだよね」

「そうなんだ。それは悪かった」

「あっ、いいんだ、いいんだ。それよりさ、大和、一眼レフなんて持ってたっけ?」

僕の右肩にぶら下がったカメラを見つけた高梨は、不思議そうな顔をしている。

「あぁ、新しい趣味持ちたいなぁと思って、カメラ買ってみたんだよ」

僕が説明していると、高梨の奥で嬉しそうに頬を緩める莉音と目が合った。

「大和、私を撮るためにカメラ買ったんだよ」

「えっ? 何それ?」

「そうだよね?」

嬉しそうな莉音と、戸惑う高梨に同時に視線を向けられた僕は、どう答えて良いか分からなくなった。

「まぁ、今日はセンスの良い高梨に、カメラワークとか、教えてもらおうと思って…」

「えっ? 本当にそうなのかよ! カメラワークって、俺は撮られる側だよ?」

「じゃあ、ポージングかな? 私が可愛く見えるように、ちゃんと教えてね」

莉音は、勢いよく高梨の左肩を叩いた。

「分かった。それなら、雑誌に十四回載ったことのある、俺に任せておけ」

高梨は、自慢げに自分の功績を振り返り、莉音の右肩を叩いた。

「だったら、おすすめの場所があるから、そこで撮ろうよ!」

少し早足になった高梨は、芝生が広がった場所へと僕らを案内した。

「やっぱり、ここが一番綺麗だね。実はここ、大和と来たことあるんだよね」

「えっ? そうなの?」

知る人ぞ知る隠れスポットだと思っていたのか、高梨は残念そうな顔をした。

「うん。じゃあ、撮ろうか」

「はーい! 高梨くん、どうすれば可愛く撮れるかな?」

「そうだなぁ…」

高梨は、東京タワーと莉音とのバランスを考えて、ありとあらゆるポージングと表情を提案する。莉音は、言われた通りにカメラに視線を送り、その度に僕はシャッターを切る。

「実はここ、大和が私に告った場所なんだよ」

「えっ? マジか!」

「大和、東京タワーの消灯時間を狙って、告白したんだよ。『莉音ちゃんは、東京タワーみたい。どこから見つめても僕に微笑んでくれる。もっと近くで微笑んで欲しいから、付き合ってくれませんか?』ってね」

「ハハハハハ! 大和、プロポーズじゃないんだから、そんなに気合い入れなくても」

改めて言葉にされると、僕は恥ずかしくなった。二人にとって、僕の告白は笑えるほどダサいものなのかもしれない。しかし僕は、その告白のことを、間違っているとは思っていない。前日の夜に、深夜二時まで地元の友達に相談して決めた。「告白 スポット 東京」で検索して、ヒットしたサイトを全部読みつくした。莉音が笑いながら「はい、お願いします」と言ったときは嬉しかった。ただ、それが僕のピークだった。

「莉音、恥ずいからやめろよ。そうだ、次は高梨も入って、二人で撮ってみよう。ほら、東京カレンダーみたいな感じで!」

「あぁ、いいね! じゃあ、東京タワー挟んで、見つめ合う感じが良いかな…」

二人は、自分の顔が右からの方が盛れるとか、盛れないとか、僕にはよく分からない差異で揉めながら、最も適した角度を探る。僕は、莉音の彼氏になったが、その実感は湧かなかった。莉音の兄弟とも一緒に食事をしたり、莉音と莉音の男友達と僕の3人で飲みに行ったり、夏は水着で莉音のサークルの人たちとビーチパーティーもした。僕ら二人の思い出と言えば、僕が東京タワーで告白したことぐらいしかなかった。たとえ二人でカフェに行っても、莉音は店員や他の客とも仲良くなって、結局僕らは二人になれなかった。莉音があまりにも華やかだから、皆が近づいてくるだけで、莉音を責めることはできなかった。

だから僕は、莉音を嫌いにもなくて、ただもどかしくなるだけだった。本当は、海を眺めるだけのデートがしたかった。フードコートでうどんを食べたかった。1つの映画の感想を公園のベンチで言い合いたかった。僕の退屈な日々に莉音がいれば、僕の人生は煌めくと思っていた。でも実際は、莉音の煌びやかな日々に、僕がなんとか存在するだけだった。だからせめて、最後に1枚残しておきたい。煌びやかな東京を卒業する僕が、東京で一番華やかな莉音を、カメラに収めたかった。

「大和、撮れたー?」

「うん、良い感じで撮れたよ」

二人は、足早にかけてきて、一眼レフカメラのモニターを覗いた。そこには、お別れの時間が訪れて、寂しそうにする彼女と、その表情に戸惑いながらも微笑む彼氏が、東京タワーを背景にして映っていた。肩まで伸びた黒髪が夜風に吹かれ、大きな瞳を潤ませながら高梨を見上げる莉音は、都会がよく似合っていた。高梨も東京の夜景がよく似合っている。白のタートルネックとネイビーブルーのコートは、端正な顔立ちを引き立てていた。

「やっぱり、東京って、こういうことだな」

この一枚に納得した僕がそう呟くと、二人は不思議そうに笑っていた。

 週刊誌での莉音のキャッチコピーは、日本一夜景が映える現役女子大生だった。カラー四ページにわたって特集されていて、東京湾、数寄屋橋交差点、恵比寿ガーデンプレイス、目黒川で、あの時よりも綺麗に映っていた。

「大和、まだ東京の思い出に浸っとるんか。お父さんの分まで、私たちと頑張るって決めたんやろ! 早よ配達行ってこい!」

「あぁ、すぐ行くよ」

僕は母に急かされて車に乗り込み、エンジンをかけて、配達先に向かう。父が亡くなって、大学を辞めた僕は、実家の酒屋の新入社員として働くことになった。あの夜、高梨にカメラのデータを送った僕は、誰の許可も取らず、東京と縁を切った。母から実家に戻って家業を手伝ってほしいと電話で伝えられた時、一瞬だけ、莉音を田舎にさらえば、二人の時間が作れるかもしれないとワクワクした。でもやっぱり、莉音は一生、莉音のままが美しいと思った。そのためには、僕が莉音から離れるしかなった。でも僕には、これがちょうどいい。莉音がインタビューで話していたことを何度も思い出しながら、田舎道を走るのは、思いのほか心地が良かった。

「莉音さんは、友人の高梨健斗くんが、SNSに投稿した、東京タワーでの一枚をきっかけに、モデルデビューされましたが、莉音さんにとって、東京タワーはどんな存在ですか?」

「あの一枚で、まさかこんなことになるとは思ってもいなかったので、大切な存在です。東京タワーももちろんですが、あの一枚を撮ってくれた人も、私にとって一生大事な人です。その人が、『東京タワーをバックに、莉音を撮りたい』って言いだしたことがきっかけで、あの一枚ができたので」

「そうなんですね。でも、なぜその人は、莉音さんには東京タワーが似合うと思ったんでしょうか?」

「ごめんなさい。それは内緒です。大切な思い出なので、心にしまっておきたいんです」

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