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チャーハンの夢、この世の現実
今朝、何かしらチャーハンにまつわる夢を見て目が覚めた。具体的にどんな夢だったのかは思い出せないが、とにかく皿に盛られたチャーハンが出てきたことだけは覚えている。二郎が鮨の夢を見るなら、僕はチャーハンの夢を見るのだ。
その流れで布団にくるまったまま何となくチャーハンのことを考えていたら、ふと「卵かけご飯を油で炒めたらチャーハンになるってことは、逆に言えば卵かけご飯は生チャーハンとも言えるよな」とい
あけましておめでとうございます
「来年の話をすると鬼が笑う」という言葉がある。来年のことなんて予測出来ないんだからあれこれ言っても始まらない。そんな無駄なことをしていたら鬼に笑われてしまうぞ、ということらしい。
年末になると来年の話をする人が増えるから、この言葉を聞く機会も増える。しかし年末にもなれば、来年というのは来月や来週とたいして変わらないものだ。予測難易度はそんなに高くない。年末に来年の話をしたくらいで鬼もいちいち笑わ
親知らずを抜く、顔がはれる
左下の奥歯の辺りがズキズキと痛み出した。引きつった顔で近所の歯医者(初めて行く所)に駆け込んだら、親知らずが良くないと言われた。それは僕が3年以上放置していたやつだが、親知らずだけに、知らず知らずのうちに隣の歯と歯茎を圧迫して炎症を起こしていたらしい。
先生からは「私は抜いたほうがいいと思いますが、どうしますか」と聞かれたので「じゃあバシッと抜いちゃってください、抜歯だけに」と、次回の予約をして
喫茶店でモーニングを食べた
僕は普段、朝は基本的に白米を食べているのだが、今日は炊飯器をセットするのを忘れたまま朝を迎えてしまった。やる気があればそこから米を炊くのだが、今朝はただただ面倒だったので昨夜の自分を恨むだけにした。
でもその代り、喫茶店でモーニングを食べよう!という素晴らしいアイデアを思い付いた。
といってもこれは完全に突発的な思いつきというわけではなくて、実はモーニングをやっている洒落た喫茶店が自宅から割と
これからのんびり考える
「どんな風に書くかというのは、どんな風に生きるかというのとだいたい同じだ」
とは、村上春樹の言葉だ。僕はこの言葉を彼の本で見つけたのではなくて、その引用を雑誌で見つけた。雑誌で見つけたというのは、マガジンで見つけたというのとだいたい同じだ。
この言葉の意味は、残念ながら僕にはよくわかりません。わかれと言う方が無理かもしれない。何しろ僕はまだあまり書いていないし、あまり生きてもいないのだから。で
久々にnoteを書く
先日友人と焼き肉に行ったときに、「そろそろnote書かないの?」と言われた。それもそうだと思ったので、いま久々に筆を執っている(厳密にはキーボードを)。
HUNTER×HUNTERとは比べるまでもないが、僕もnoteを2ヵ月ほったらかしにしていたので、何をどう書いていいのか、いまいち勘がつかめない。かつての自分はどういう風にやっていたんだ?
何か思い出せること......ああそうだ、たしか僕は
節分に関連した提案など
バレンタインデーだけど、今日も節分の話をします。
鬼は外、福は内
「鬼は外、福は内」だと入口付近が混雑するんじゃないだろうか。鬼が出て、福が入ってを交互にやっていたら、もうごちゃごちゃだ。鬼も福も「え、もう出ていいの?」「今入っていいの?」と混乱することになるだろう。結果として出損ねる鬼も出るだろうし、入れ替えが進まないもんだから呆れて勝手に帰ってしまう福も出るに違いない。
「鬼は外、福は内」
僕と兄の、心の中の鬼
2月3日は節分だ。今日が2月13日であることはさておき、2月3日が節分であることに間違いはない。
節分と言えば豆まきだ。「鬼は外、福は内」という呪文を唱えながら、辺りに大豆をまいていく。なぜ大豆をまくのか、なぜ2月3日なのか、いつの時代からこの行事をやってるのか、そういった事情については、残念ながら僕は無知を貫いている。良く言えば邪念を払い心を無にして豆まきをしてきたからで、悪く言えば何も考えず