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「颯」はカッコいい

「颯」という漢字はカッコいい。「そう」とか「さつ」とか「はやて」と読むらしい。見た目も音も涼しげで爽やかだ。そして読んで字の如く、「風の吹くさま」を意味する。「風立ちぬ」である。カッコいい。

「立」に「風」という、小学校で(しかも低学年で)習う漢字2つを組み合わせただけの簡単な構造でありながら、「颯」それ自体は漢検一級レベルの漢字であるというのもカッコいい。本当のオシャレ上級者が、シンプルな服をサッと着こなしているようなものだ。白シャツにジーパン。騙しの効かないシンプルなコーディネートだからこそ、下手に着れば地味にもなるし、冴えない印象にもなる。だがそれぞれの素材、寸法、裁縫、染色、ボタン、その細やかな違いとこだわりを理解し、敬意を払い、完璧な計算と少しの遊び心の下にコーディネートされた白シャツとジーパンには、洗練された美が宿る。「颯」とはそういう字である。

僕の友人にも、「そう」という名前の人がいる。苗字は伏せておくが、少なくとも「長曾我部」ではない。もし「長曾我部」だったら、僕は彼の名前が「颯」であることに気がつきもしなかっただろう。

颯くんとは高校1年生からの付き合いだ。「颯」という名前に負けず、爽やかな好青年である。いつも穏やかで、人にやさしく接することができる。それはエアコンや扇風機のような人工的なやさしさではない。よく晴れた4月の午後に、ベランダに干したTシャツをゆっくりと乾かしてゆく風である。多少の砂埃を運んでくることもあるけれど。

「自己紹介の時にさ、『そうと言います。【颯爽さっそう】の【そう】ではなくて【さっ】の方で、そうです。』って言ってみて。これ絶対うけるよ」

と、僕は颯くんにたびたびアドバイスをしてきた。

しかし颯くんは一向にそれをやってくれない。ついこの前会ったときにも「あの自己紹介、やった?」と聞いたのだが、「やってない」と言っていた。

もしかしたら颯くんは、千の風になるまでこの自己紹介をやるつもりは無いのかもしれない。

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