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ジュンク堂渋谷店での想い出

大学進学とともに上京して以来、僕が渋谷に行くときは、必ずと言っていいほど東急百貨店の7階にあるジュンク堂に立ち寄るようにしていた。本屋が好きだからでもあるし、渋谷のような街で僕のような人間が一人で気楽に入れる場所がジュンク堂くらいしかなかったからでもある。

そのジュンク堂というか東急百貨店が、再開発の影響を受けて今日(1月31日)で閉店だという。それがものすごく寂しいというほどでもなかったけれど、せっかく時間があったので午後に足を運んでみた。

店の周りには、閉店を聞きつけた人々がわんさか集まっていた。みな東急百貨店の最後の雄姿を写真に収めんとスマホを上に向けている。この記事のサムネを見れば分かるが、僕もその一人だ。僕は最初から写真を撮るつもりだったのだが、みんな写真をとっていたせいで、僕も「どうせ見返しもしないのに周りの空気に流されて何となく写真をとってしまう典型的な日本人」みたいな感じになってしまったのが少し嫌だった。

中に入ると、いきなり店内放送が切ない。「今までありがとう」みたいなことを言っていて、ああ本当に閉店するんだなという感じがしてくる。エスカレーターに乗りながら各フロアの様子を眺めると、どこもセールをやっていて人で溢れている。

7階のジュンク堂(MARUZEN&ジュンク堂書店)でも文房具の50%OFFセールをやっていた。わずかな不人気商品を残して、棚がすっからかんになっている。残念ながらボールペン試し書きコーナーに己の生きた証を刻むこともできなかった。

気を取り直して本の方に目を向ける。このジュンク堂渋谷店は実に広い。ワンフロアの書店だから、大型書店としては中くらいの規模だが、そのワンフロアがめちゃくちゃ広いため、すごく広く感じるのだ(「広いため広く感じる」などというレベルの低い日本語を世に放ってしまって申し訳ない)。

何を血迷ったか、僕はフロアの広さを最後に堪能するために隅々まで歩き回ってみようなどと余計な決心をしてしまった。理系や法律系の棚まで律儀に最初で最後の挨拶回りをして、今思えばかなりの時間と体力の無駄である。こういう愚かな振る舞いが生活の中で大きなウェイトを占めている限り、僕が社会的に有為な人材となる日は来ないんだろうな。

普段からよく見る新書や文庫本、単行本小説のコーナーは、少し懐かしく眺めた。この店で最初に買った本は、たしか『世界の中心で、愛をさけぶ』だったと思う。セカチューブームは15年くらい遅れて僕のもとまで届いたのだ。そのあと小説を書きたくなって『感情類語事典』なるものを買ったが、今のところほぼ完璧な保存状態で本棚の隅に収納されている。

帰る前に、せっかくだから最後に何か一つ本を買おうと思った。だがこういう時に限って欲しい本が見つからない。「これを最後の記念にしよう!」という意識が邪魔をして、何か特別感のあるものを選ぼうとしてしまうのだろう。

結局、新潮文庫から適当な小説を一つとってレジに並んだ。僕はこのジュンク堂渋谷店のレジが好きだった。ダークブラウンの、シックで格式高い感じがかっこいい。

長い列はスルスルと進み、自分の番が来た。「これで最後だ!」といきり立っていたため、勢い余って全国共通のhontoポイントを全て使い、全国共通のジュンク堂ブックカバーをつけてもらった。そして渋谷店の名が刻まれたレシートを受け取らずに出てきてしまった。

それが、僕のジュンク堂渋谷店での最後の想い出である。

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