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振り幅の広い短編集

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1ページ完結の短編をまとめました。
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金属の鳥は幸運をはこぶか。

金属の鳥は幸運をはこぶか。

 僕がデスクに戻ってくると、彼は窓際の黄色い椅子に座って外を眺めていた。先週から降り続いていた雨が上がり、朝から雲ひとつない穏やかなお天気だった。中庭を囲むように正方形のドーナツ型をした建物は、お昼前後になるとどこを見渡してもすっきりと明るく、窓ガラスはキラキラ光る。景観を壊さないように外側からは透明に映る素材で作られた中央廊下は、人が歩くとまるで魚が薄水色の水面を泳いでいるみたいだ。それが一番良

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月面に根は張れるか。#創作大賞2022

月面に根は張れるか。#創作大賞2022

 当日の手荷物はできるだけ少ない方がいいだろうと言って、妻は黄緑色の小ぶりなリュックサックを買ってきてくれた。どこかのブランドのアウトレット製品らしいが、僕にはよくわからなかった。

 蛍光色と言うよりは若葉色に近いリュックサックは、ハンカチとちり紙、歯ブラシと顔を洗う用のタオルなんかを入れるとすぐにいっぱいになった。

 僕は妻の綾子に聞く。

「月に着くまで少し時間があるけど、本当に着替え持っ

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短編小説_プレゼントはいりません。

短編小説_プレゼントはいりません。

 朝起きると、ベッドサイドに見覚えのある箱があった。

 サンタクロースかな、と考えて自分の歳を思い出す。29歳の私の靴下にさえプレゼントが放り込まれるなら、サンタさんもいよいよ2、3年以内に破産することだろう。

 手触りの良い黒いベルベット張りの小さな箱をそっと手に取る。振ったり揺すったりなどしなくてもわかる。中身は光り物だ。しかも、おそらく誰かさんの給料三ヶ月分の。

 私はベッドから起きだ

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【短編小説】フェイク、スライド、フェイク

【短編小説】フェイク、スライド、フェイク

 透明な包み紙が幾重にも重なり、やがてわたしになってゆく。
 この皮膚の下を流れるのは甘ったるいチョコレート菓子だろうか、それとも誰かの祈りだろうか。

_

 客間の灯りが消えた。

 窓を閉め、頭からシーツを被ると聞こえ始める。一段、また一段。階段を上がる足音はふらついて不規則だが、着実に近づいてくる。わたしは固く目をつむる。

 かっ、かっ、かっ。
 扉を金属で引っ掻くような音と共に、薄暗い

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【短編小説】圧力鍋の真実

【短編小説】圧力鍋の真実

 貧乏ゆすりで筋肉痛になると知っている人がどれだけいるだろう。

 いつも通り朝7時に目を覚ますが、体を起こそうとすると太ももとふくらはぎに激痛が走る。それは癇癪をおこしたときの娘のように手がつけられないタイプの痛みで、中途半端な態勢に腹筋が先に負けた。

 妻のゆりが「あなた、朝ごはんー」と呼ぶのにも応えられないまま、足の違和感の正体を探る。昨日は気持ちよく晴れた秋の一日だった。

 自宅でPC

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短編小説_少女は白線に迫る。#月刊撚り糸

短編小説_少女は白線に迫る。#月刊撚り糸

 吉野さんが赤信号の横断歩道をずいずい渡っていく。

 斜め後ろで声をかけるか迷っていたわたしは呆然と彼の背中を見送るしかなかった。そのせいで青信号を見送ったことも終電を逃したことも言えなかったし、それがきっかけであなたに恋をしましたとも、もちろん言えなかった。

_

「吉野さんっていかにも真面目で仕事人間で、とっつきにくい感じでしょ。

だから髪をぼさぼさにしてヨレヨレのシャツ着せたら絶対周り

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短編小説_ふゆちゃんのカイリュー #あの失敗があったから

やっぱり、ふゆちゃんがカイリューを引き当てたのが最初だったんだと思う。

新品のカードは角がぴったり重なってすぐにめくれないから、わたしとふゆちゃんは「あー」とか「もう!」とか言いながらコンビニの駐車場でパッケージを破る。その数秒のロスで運命が大きく変わってしまうみたいに慌ただしく中身を確認すると、四枚目で声が上がった。勝ち取ったのはふゆちゃんだった。

「すごいすごい! カイリューのキラカード入

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短編小説_きみとうたたねの頃に

短編小説_きみとうたたねの頃に

定時五分前になると時計に意識が向くのは、ミキちゃんの先輩になってからついた癖だった。

「せんぱーい、なにかすることありますかぁ」

書類が散乱したデスクに可愛らしい建前が弾んで落ちる。はじめこそ「思っていないことは口にするもんじゃない」と心のなかで毒づいていたが、今は先日社内報で回ってきた「パワーハラスメントに関する規則」の条文が頭をかすめる。加害者側に自覚がなくとも、被害者側が不快に感じればハ

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幸か不幸か【ショートホラー】

幸か不幸か【ショートホラー】

言われてみれば、確かにずっと左の肩が重かったの。

でもあたし、デスクワークだし、インドア派だし、オタクだし。スマホとPCを見てる時間が大半だから、そのせいだと思ってたの。

それがついこの間、同僚の紹介で知り合った変な女の人がね、言うの。「左肩、ついてますよ」って。

ゴミでもついてたかと思って右手で軽く払ってみたら、その人、急に泣き出して「辛かったね、つらかったねぇ」って両腕ごとあたしのことを

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弥立つ果ての銀世界 #旅する日本語

あさみが「温泉行きたい」と言うから渋々蔵王まで車を出す。

中古の軽自動車はずんずん進むが、わたしの頭は引越のことでいっぱいだった。

来週には関東圏の実家へ帰る。就職先で夢破れたわたしには希望もお金も思い出もなかった。

それなのに一昨日から応援に来た幼馴染のせいで一向に進まない。

「帰ったら荷造りね」

「えー今日くらい良いじゃん」

ブレーキを踏むとタイヤが空滑りした。

あさみは銀世界に

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手品師は薔薇を添え、鳩を出さない

手品師は薔薇を添え、鳩を出さない

「私の愛を受け取ってくれないか?」

差し出されたのは薔薇の花束。それも禍々しいほどの深紅が漂う愛の塊だ。

芳しいを通り越してくらくらするような花の香りは妖艶な年上の女性を彷彿とさせる。熟成されたベルベットの花びらの艶やかさが幾本も集まるとまさに壮観の一言で、ピンと張りつめたフィルムに包まれた美しい人は頑強な茨の城で守られ、その気高さを一層増して見せている。

なるほど、薔薇の花束が女性の憧れと

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give back to the Beast

give back to the Beast

『この世の人間の前世はすべて異形の獣であったとある学者が言う。

真偽はさて置くとして、これから君たちの目の前にあらわれる物語にはこの学者の一見暴論にも思える学説を現実にする力がある。

タイムトラベルなどによって歴史を遡るといったいわゆる科学的な手法ではなく、むしろ限りなく非科学的な、一種の心理的構造を利用したやり方で君たちを導くだろう』

「誰も知らない物語」はこんな書き出しから始まる。

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欠ける、満ちる、食べる。

欠ける、満ちる、食べる。

中国や台湾では、どこも欠けていない満月を「円満・完璧」の象徴ととらえている。中秋節の満月の日に、家族が日本の正月のように集まり、食事をしながら満月に見立てた丸い月餅というお菓子や、文旦という果物を食べる習慣がある。
引用:https://www.gldaily.com/inbound/inbound2611/

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理由なき否定ほど、腹の立つものはない。

結婚前に勤めていた職場の上司は「な

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透明になったFくんと見つからない25巻のこと

透明になったFくんと見つからない25巻のこと

※ホラー短編です。あまり明るい内容ではないので、気分の優れない方はご注意ください。

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静かすぎると、どこからともなく金属を撫でるような音が聞こえてくるよね。

Fくんは言った。

四畳半の手狭な部屋は、ぼくとFくんが寛ぐと足の踏み場もなくなってしまう。くたびれたクッションに乗せた腰は、伸ばすとギリギリと音を立ててしなった。

乱雑に積まれた漫画の塔は今にも崩れそうで、触れないように

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