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365日の本棚

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#読書

なぜ分断されるのか 山内マリコ『あのこは貴族』

なぜ分断されるのか 山内マリコ『あのこは貴族』

 読み終わったあと、「私は」と語り始めたい気持ちでいっぱいになった。「私は」に続くことばは、私はこうだった、私はこう思う。きっと多くの人が、この小説を読み終えたときに自分の経験を言葉にしたいと思うのではないだろうか。

 榛原華子と時岡美紀という、全く違う環境で育った2人の物語だ。華子は、渋谷区松濤で、親が整形外科医をしている裕福な家で育った。結婚を望み婚活をしている。物語は榛原家が帝国ホテルで迎

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「私」から始める――2023年に読んだ本

 年々、エッセイやルポタージュへの関心が高まっている。取材したものも興味深いが、自身の経験を書いたものや生活史は強い力がある。そんな本を基準に、2023年に読んだ本から何冊か選んでみた。

1 比嘉健二『特攻服少女と1825日』(小学館、2023年)

 「レディース」を取り上げた雑誌『ティーンズロード』創刊から全盛期を、雑誌を作り上げた本人が振り返る回顧録。『ティーンズロード』のことはまったく知

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坂本菜の花『菜の花の沖縄日記』

坂本菜の花『菜の花の沖縄日記』

 石川から、沖縄にある学校「珊瑚舎スコーレ」に進学した坂本菜の花さんの日記。先日早稲田奉仕園で「松井やよりと沖縄」という講演を聴いたことがきっかけで、沖縄について書かれた本を探していて見つけた。元は北陸中日新聞の連載らしい。高校生の日記かー、と読んでいたら、連載自体は2016~17年なので、ほぼ同い年の人だったのだ。年齢と育った環境など似ている部分がある気がして、少し親近感を抱いて読んでいた。

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私だけの幸福――『孤独な夜のココア』

私だけの幸福――『孤独な夜のココア』

 さらさらと入ってくる言葉、シンプルなストーリー。でもほろ苦さに打ちのめされる。田辺聖子『孤独な夜のココア』を毎晩寝る前に読んでいた。本作は幾組もの男女、あるいは女同士を描いた短編集だ。好きな人に入れあげる同僚を醒めた目で見ていた主人公のある夜を描く「雨の降ってた残業の夜」、お金にがめつい、苦手だった同僚を回想する「ちさという女」、同じ脚本のクラスに通っていた男との関係を振り返る「石のアイツ」。一

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自分への信頼 水木しげる『ほんまにオレはアホやろか』

自分への信頼 水木しげる『ほんまにオレはアホやろか』

 学校に行きたくない、課題が嫌、テストが嫌。夏休みが今日で終わりだと思うと暴れたい。
 仕事に行きたくない。こんなにいい天気なのに、海に行く電車に乗っていない*。
 ずっとこんなことばかりを考えている。じゃあなんで、学校に行くのをやめて映画館にこもらないのか。海に行く電車に乗り換えないのか。「責任が」「将来が」なんていうのは言い訳で、電車を降りる勇気がないだけだ。本当は誰も人に強制なんてできないし

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家族、このどうしようもなさ『ホテル・ニューハンプシャー』

家族、このどうしようもなさ『ホテル・ニューハンプシャー』

 図書館で見つけたときなぜか無性に気になり、新潮文庫の『ホテル・ニューハンプシャー』を手に取った。なぜか今読む必要がある気がした。

 「父さん」が熊を買った夏から始まる、僕、父さん、母さん、兄のフランク、姉のフラニー、妹のリリー、弟のエッグ、おじいちゃんのアイオワ・ボブの話。父さんと母さんが会った夏、2人はフロイト(あのフロイトではない)と熊のステイト・オ・メインとも出会う。父さんはフロイトから

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2023年1月3日『あまからカルテット』と友情

2023年1月3日『あまからカルテット』と友情

 年明け、高校の時の友人と会って、高校のある町で遊んだ。友人も町も変わっていたり変わらなかったり。それはそうか。ビルがなくなってタワーマンションの建設予定地になっていたり、商業施設がなくなっていたりした。友人は転職したり引っ越したりとさまざまだった。

帰ってきて、少し寂しくなった。また会えたことが嬉しいけれど、いつか会わなくなるのだろうなと思っているから。柚木麻子の『あまからカルテット』という小

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朝井リョウ『正欲』と揺れ動くありかた

朝井リョウ『正欲』と揺れ動くありかた

朝井リョウ『正欲』を読みました。ある文章と、児童ポルノ所持で逮捕された三人についての記事から始まる話(以下、感想は結末に触れています)。

朝井リョウの本は『桐島、部活やめるってよ』『何者』『何様』『死にがいを求めて生きているの』を読んだことがある。どれを読んでも、自分が見ないことにしておきたかった感情が晒されるようで、でも面白くて、読んだあとぐちゃぐちゃになる。『桐島』はなんでこんなに女の子のこ

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鈴木大介『されど愛しきお妻様』

鈴木大介『されど愛しきお妻様』

『打ちのめされるようなすごい本』というタイトルを聞いたことがある。そういう本があるとしたら、私にとってはこの本だ。
鈴木大介『されど愛しきお妻様 「大人の発達障害」の妻と「脳が壊れた」僕の18年間』(講談社)。「書ける」ことって凄いことだと、打ちのめされるノンフィクションだった。

著者は主に若者の貧困について取材を続けてきたルポライター。発達障害を持つ「お妻様」との出会いから同棲、結婚、そして自

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サンドラ・ヘフェリン『ほんとうの多様性についての話をしよう』

サンドラ・ヘフェリン『ほんとうの多様性についての話をしよう』

『ハーフが美人なんて妄想ですから!!』など、「ハーフ」について執筆しているサンドラ・ヘフェリン氏による最新刊。「多様性が~」と言われるなか、今の日本ではどうなってるの?と「ハーフ」や移民をめぐる日本の状況について書かれている。中学生くらいからでも読みやすいと思う。

ことばへの違和感 「ことば」や反応に対する違和感について丁寧に書かれている。例えば、「白人」の見た目だと英語で対応されてしまうこと、

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フェミニズムと文学~今こそ読みたい『スウ姉さん』

フェミニズムと文学~今こそ読みたい『スウ姉さん』

 『赤毛のアン』や『若草物語』に比べるとそこまで有名ではない、気がする。でも確実に今響く、ジェンダーをテーマに扱った小説がエレナ・ポーター『スウ姉さん』だ。河出書房新社から村岡花子の訳で日本語版が出ている。

「原作者のことば」はこんな出だしから始まっている。『スウ姉さん』の主人公は「スウ姉さん」と呼ばれ、家族全員から頼られている女性、スザナ・ギルモアだ。父は銀行家であり裕福な家庭だったが、スキャ

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365日の本棚 5.29.『ヤング・アダルトU.S.A』

365日の本棚 5.29.『ヤング・アダルトU.S.A』

 始めてから途中でやめていた「365日の本棚」を再開することにした。1日1冊、紹介した本から連想した本を繋げていく形式で書いていく。

前回はサブカルのびっくり箱のような雑誌『ケトル』について書いた。カルチャーつながりで、今回ご紹介するのは長谷川町蔵・山崎まどか『ヤング・アダルトU.S.A.』(DU BOOKS)。

これさえ読めばアメリカポップカルチャーが分かる! そう言っても過言ではないと思う

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抗うためのポップな盾 チョーヒカル 『エイリアンは黙らない』

抗うためのポップな盾 チョーヒカル 『エイリアンは黙らない』

 アマゾンやツイッターが「おすすめ」してくることに馴れてから数年。でもやっぱり偶然に会う本や映画も好き。偶然というより、本に引き寄せられている感じがする。そうして買った本がたくさんある。
 意味のないイベントに出かけほとほと疲れた日の帰り、駅近くのショッピングモールで『エイリアンは黙らない』を見つけた。

みて、この目に飛び込んでくる蛍光色とデザイン。

表紙にも、「本文より」にも、岩井勇気と犬山

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ラジオは聴いている人も作っている人も面白いー『深夜のラジオっ子』

ラジオは聴いている人も作っている人も面白いー『深夜のラジオっ子』

 去年、初めて自分からラジオを聞いた。『菅田将暉のオールナイトニッポン』が始まりである。それから『七海ひろきの七つの海の大航海』(終わってしまった......)『週末ノオト』『アフター6ジャンクション』『宮藤さんに言ってもしょうがないんですけど』と立て続けに聞き出した。聞いていくうちに、「ラジオ用語」も覚え始めた。ずっと伝統工芸だと思っていた「ハガキ職人」はラジオに投稿している人だということ、ラジ

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