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鶴川ロックマガジン

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#エッセイ

ミック・ジャガーの声について

ミック・ジャガーの声について

あんたはぼろぼろの
服をまとって
路地裏に酔い潰れてる
深夜の仲間はみんな 
冷たい闇にあんたを
放ったまま消えちまう
たくさんのハエどもが
あんたにたかるんだ
俺には掃いきれないよ

天使たちが翼をひろげて
時を刻んでいる
微笑みながら
瞳を輝かせながら
俺にはあんたへ送る
囁きが聞こえるんだ

目をさまして
目をさまして さぁ
目をさまして さぁ

─ ローリング・ストーンズ「Shine

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「東村山音頭」とドリフの音楽について

「東村山音頭」とドリフの音楽について

東村山
庭さきゃ多摩湖
狭山 茶所 情が厚い
東村山四丁目
東村山四丁目

東村山三丁目
ちょいと ちょっくらちょいと
ちょっと来てね
一度はおいでよ三丁目 
一度はおいでよ三丁目

ワーオ
ヒガシムラヤマ イッチョメ ワーオ
イッチョメ イッチョメ ワーオ
イッチョメ イッチョメ ワーオ
ヒ・ガ・シ(ワオ)
ムラヤマ イッチョメ
ワーオ
  
─ 志村けん「東村山音頭」(1976年)
 

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特撮じゃない特撮「ウルトラファイト」

特撮じゃない特撮「ウルトラファイト」

「ウルトラマン」シリーズ史上最も異彩を放つものに「ウルトラファイト」(TBS:1970-71年)がある。ぼくは80年代の再放送世代。たしか毎朝5時台に局のオープニング映像、童謡のビデオクリップに次いで放送され、当時ビデオデッキの使い方をおぼえたばかりの兄がまめに留守録していた。

「ウルトラマン」と「ウルトラセブン」の放送が終わってからの円谷プロには暫しヒット作が出ない低迷期があった。世の子供たち

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夕暮れのラジオ「AVANTI」が恋しい

夕暮れのラジオ「AVANTI」が恋しい

今から9年ほど前の日記をたまたまみつけたら、ポケットラジオを買ったと書いてあった。球場のオヤジが観戦しながら片耳で聞くやつ。で、買った理由は土曜夕方5時からTOKYO FMで「Suntory Saturday Waiting Bar」(1992-2013年)を聴くためだとある。外出の予定がある休日、いつも不安なのは放送開始までに帰ってこれないかも知れないことだった。球場のオヤジになってまでして聴き

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とんねるずが大好きっていう話

とんねるずが大好きっていう話

かつて世の中には「良い」と「悪い」の間の「しょうがねえな〜」という処に落ち着く事象がたくさんあった。わざわざ「悪い」と断るほうが無粋な類のダメさ。どうすれば「しょうがねえな〜」になるのか、定義づけは難しいのだけど。たとえばローリング・ストーンズは「しょうがねえな~」であり、モンティ・パイソンも「しょうがねえな~」である。ぼくにとってかけがえのない「しょうがねえなぁ~」といえば、とんねるず。昔からず

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カセットテープの話

カセットテープの話

2~3年前、音楽業界がカセットテープ市場の復刻を狙っている時期があった。流行ってるってことにしてメディアも度々取り上げていたが、一部の物好きなアーティストがノベルティグッズとしてカセットシングルを発表していただけで、肝心のオーディオメーカーがかつての高品質なCDラジカセや安価のカセットテープを再販売することはなかったので、結局そのまま断ち切れてしまったムーブメントである。

ぼくはそれよりも少し前

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第3のドリフ、仲本工事

第3のドリフ、仲本工事

年齢順で並べると、
(1)いかりや長介
(2)高木ブー
(3)仲本工事
(4)加藤茶
(5)志村けん

公開コントの登場順で並べると、
(1)いかりや長介
(2)高木ブー
(3)仲本工事
(4)加藤茶
(5)志村けん

ボケる頻度で並べると、
(1)加藤茶
(1)志村けん
(3)仲本工事
(4)高木ブー
(5)いかりや長介

4人体制での実質の地位で並べると、
(1)志村けん
(2)加藤茶

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2位について考える

2位について考える

  
多くのスポーツ競技のトーナメント戦では、勝って終えられるメダリストは1位と3位である。

2位は3位より上なのに、負けて終わるから3位より浮かない顔をしている。もういっぺん2位と3位で戦ってみるという手はあるが、それじゃ余計に不公平だ。表彰式では1位だけが注目され、2位と3位の表彰台の高さが違うことなどどうでもよくなっている。世界はもっと2位を思いやったほうがよいのではないか。そこでいくつか

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寝ないということ

寝ないということ

もしも寝なくていい生物になったら、
人はどうなるのだろうか。
ずっと起きている生物になったら。
一日24時間ではなくなるかも知れない。

24時間というのは日周運動を相対化して
定義づけられたものだが、
一方で「人が起きている時間」だとして
25時といった観念も現に在るわけで。
ずっと起きているとなればいよいよ
太陽のことを完全に無視した
新時間が生まれるのかも知れない。

場合によっては個々人が

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