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死語の世界

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【死語の世界】 第二十話 『重役』

【死語の世界】 第二十話 『重役』

ちょっと昔の映画やドラマで描かれる会社のおえらいさんは、社長と重役だった。たいてい社長は人徳はあるがお調子者の思いつきの人で、始終まわりを振り回し、それでいて女にはゆるくて浮気の画策ばかりしている。それに対し、重役は四角四面のきっちりした男で、それらの粗相をすべて処理し、会社の業績にも貢献するまじめ男と描かれるのが常であった。

1950年代から70年代にかけてシリーズ30作以上を数える『社長シリ

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【死語の世界】 第十四話 『そらみたことか』

【死語の世界】 第十四話 『そらみたことか』

これを言われて育ったといって過言でない。
ちょっと丁寧な家系だと「それみたことか」になり、「言わんこっちゃない」なども同じ意味合いで使われる。

けっこうな昔、野田秀樹に『空、見た子とか』っていう彼にしては珍しい長編小説があって、読みかけにしてしまったけどタイトルにはしびれた記憶がある。

この言葉をよくかんがえてみると、それをやったらダメよと口酸っぱく言われているのにやっちゃう、やっちゃって痛い

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【死語の世界】 第十三話 『ペンは剣よりも強し』

【死語の世界】 第十三話 『ペンは剣よりも強し』

言わない。見ない。今となっては信じてもらえないかもしれないが、私が若いころは始終見かけたものだった。メディアが自らの鼓舞のために言っていたのだろうし、読むほうもそれを信じていた。

いま、ペン側のていたらくではなくて、まあそれもあるかもしれないけど、どちらかというと剣がステルスになったことが大きいように思う。いったいぜんたいだれ(のチーム)が最高権力を持ってるんだかまるで見えない。言論を揮ってもち

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【死語の世界】 第二十二話  『道楽』

【死語の世界】 第二十二話  『道楽』

「下手の横好き」は「好きこそものの上手なれ」と対をなす、可愛げのあるいい言葉だとおもっていたが、昨今あまり聞かなくなった。下手のままずっと続ける根気が足りなくなっていることもあるだろうが、どちらかというとみんなそれなりに上手くなってしまうから、という理由のほうが大きいようにおもう。走ったり歌ったり、楽器の演奏も釣りも山もゴルフも、上手い人が多い。ブロガーの文章なども、プロの評論家や学者の論文には比

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【 死語の世界 】 第二十三話  『カマトト』

【 死語の世界 】 第二十三話  『カマトト』

いつだったか、気のおけない仲間と飲んでるときに、私より10歳近くも若い女友達がだれだかのことを指して「カマトトぶってるだけじゃんね」と言い出した。一同は数秒固まった。彼女の顔を見ると、自分にツッコミ入れそうな素振りはなく平然としている。「それ、あんまり聞かないよね」と素朴に返されたところで、彼女も気づいた。死語だなと。やっちゃったなと。
つまり、死語をいうときは、それは死語だと、あるいは危篤だと瀕

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【死語の世界】 第十話 『チャーミング』

【死語の世界】 第十話 『チャーミング』

ビデオレンタルのGEOが春休みのキャンペーンだとかで、旧作50円の大盤振る舞いをしてるものだから、大学2年になる上の娘が1日5本も狂ったようにDVDを見ている。このあいだは『ダイハード』を4本連続で見て、だんだんおふざけになるけど嫌いじゃないなとかいいつつ、ブルースかわいいと娘がつぶやくのを私は聞き逃さなかった。
「だれがかわいいって?」
と聞くと、
「ブルース・ウィリス」。
「かわいい?」
「か

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【死語の世界】第六話  「末は博士か大臣か」

【死語の世界】第六話  「末は博士か大臣か」

その昔、といっても私が子供の時分のことだ。親戚のおじさんや近所のじいさんは、できのいい子をつかまえては「末は博士か大臣かっていうからな、しっかりやれぃ」といったものだった。
これはおべっか(これも死語だ)としては使わない。成績のいい子にしかいわない。さらに、これは経験の範囲だが、勉強ばっかりする、それしか取り柄のない青白いガリ勉にいうことはなかったようにおもう。頭がよくてかつ活動的な子、ひとことで

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【死語の世界】第二十四話 『お気取り』

【死語の世界】第二十四話 『お気取り』

幼少のころ私はよく『お気取り』だと言われた。幼稚園にあがる前からはっきりと自我らしきものがあったのだから仕方ない。さらにその自我は『お気取り』と言われることをとても嫌っていた。どうしたら自然体になれるのか、そんなことを考えるからさらに気取ったことになり、ある種のディレンマに陥っていたわけだ。が、さすがにそれには気づくはずもない。

自分が浸かった産湯のキラキラを覚えていると言い張る三島由紀夫にはか

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【死語の世界】第十九話 『わんぱく』

【死語の世界】第十九話 『わんぱく』

1970年代に一世風靡した丸大ハムのコマーシャル「わんぱくでもいい、たくましく育ってほしい」が懐かしい。
漢字は『腕白』と書くが当て字らしく、意味としては、子供、特に男の子が言うことをきかず、暴れまわったり、いたずらをしたりすることをいう。語源は諸説あり、「関白」の音変化ではないかというのが有力らしい。なんちゃら白(ハク)の白は「はっきりとしている様」の用法だろうから、つまり『腕白』とは「はっきり

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【死語の世界】第二十八話 『イチャイチャ』

【死語の世界】第二十八話 『イチャイチャ』

世の中少子化にもなろうというもの。イチャイチャしてるカップルなぞ、ついぞ見かけない。
今年は初詣に三ヶ所行ったが、イチャイチャするどころか、君たち距離遠いよと横から押したくなるような2人組ばかりであった。
イチャイチャを見かけるとしたら壮年の、おそらくは倫理から逸れた男女と、女性同士のおそらくはビアンであろうカップルくらいだ。
人前でイチャイチャする必要はなく、どちらかの部屋にしけ込んで(これも死

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【死語の世界】第一話 『強情っぱり』

【死語の世界】第一話 『強情っぱり』

死語にはおおよそ2種類あって、ほんとにその現象や考え方や心性などが消滅してしまったものと、なにかの言葉(より簡単で広い意味を持つもの)に取って代わった場合とがある。「ヤンエグ」は「セレブ」に食われた。たとえば。

私が復活をめざしてやまない「強情っぱり」は往々にして「わがまま」で語られている。意地っぱりと頑固は強情っぱりにとても近いが、「わがまま」はちがうものだろう。強情っぱりを知らない、あるいは

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【死語の世界】第十七話   『鍵っ子』

【死語の世界】第十七話 『鍵っ子』

いまとなってはこれもまた信じられないことかもしれない。
かつては、小学生がだれもいない家に帰ることのほうが珍しかった。昭和中期以降、専業主婦というあり方が爆発的に増えてくる時代であったこともあるだろうが、両親が働いていてもおじいちゃんかおばあちゃんか、あるいはおじさんやおばさんや近所に住むお手伝いさんなどが家にいて、なんやかやと手を動かしながら帰りを待っていてくれた。
もしそうでなくても、鍵がかか

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【死語の世界】第二十七話 『不潔!』

【死語の世界】第二十七話 『不潔!』

「不潔」は衛生的でない、実際に汚らしいという意味と、精神的に淫らで汚らわしいことの二つの意味がある。「!」がつくものはたいてい後者の意味合いで使われるが、両方ともに死語となったようである。
物理的な意味が消えたのは、どんなおっさんもたいがい毎日風呂に入り、一度着れば洗濯に出し、なにより自分が発するにおいを気にするようになったことが大きい。加齢臭とかいう言葉を編み出し、資生堂やライオンは本格的にどん

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【死語の世界】 第二十六話 『ふてえ』

【死語の世界】 第二十六話 『ふてえ』

神経が太いことである。度胸があり、何事にも物怖じしない。太いでもいいが、「ふてえ」といえばより臨場感が増す。図太いとかふてぶてしいとか、心臓に毛が生えてるようとか、面の皮が厚いとか、だんだんあつかましいという意味になるが、これらとはちょっと違う。だって、「ふてえ」は半ばいい言葉なのだから。
今もよく使われるのは「図々しい」だが、「ふてえ(太い)」とはニュアンスはまったく異なる。辞書で引っ張れる意味

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