14枚の年賀状を9万円で販売した日の話
こんばんは!
夢と金の恩恵に預かり続ける男、小栗義樹です。
先週の木曜日は久しぶりに短編小説を書きました。多くの方に読んで頂けてとても嬉しかったです。今日は先々週まで書き続けてきたメディアに関する記事の続きを書こうと思っていたのですが、昨日の読書感想文を受けて新たな依頼を頂いたので、先にお応えさせて頂きます。
夢と金という本を、解説を交えて感想文にして欲しいという依頼を頂き、昨日改めて夢と金という本について感想及び解説をさせて頂きました。
その中で、西野さんの本を文章に沿ってその通りにやれば、そこそこの結果が比較的簡単に出ると書き、僕の実例を簡単にご紹介させてもらいました。
今回の依頼はこの実例です。
「年賀状を売った話を詳しく教えてほしい」
そんな依頼が届きました。
わかりました。お話します。
年賀状を売った話については昨日の記事をご確認ください。
本題です。
僕は越谷雑談がやてっくというニュースメディアをやっています。最近はありがたいことに、市内の多くの方に「がやてっく」という名前を認識してもらえるようになったので、記事を書けば書くほど宣伝になるのですが、年賀状を販売していた2年前は、とてもじゃありませんがそんな状態ではなかったんです。
がやてっくというメディアがあるということを1日でも早く多くの方に周知してもらわないといけないが、そんなに大きなお金をかけることも出来ないという状況の中で、効果的で効率的な広告方法ななんだろうというのを選ばなければなりませんでした。
その宣伝方法の1つが「記念になるモノを売る」というもので、これこそが昨日の年賀状販売を指しています。
要するに目立つための一手、宣伝として、年賀状を売るぞという施策を取ったというわけです。
※当時は、はがきを販売していた際にはこれは宣伝ですなんて一言も言ってません。それを言ってしまった瞬間、売れるものも売れなくなります。
販売企画を宣伝素材にすれば、うまくいけば認知もお金も手に入るし、仮にうまくいかなくても認知だけはしてもらえるだろう。
そんな風に考えていました。
この場合、その企画が肯定されようが否定されようがどっちでもいいわけです。だって目的は、がやてっくというニュースメディアがあるということが越谷市内で広まればいいのだから。
とはいったものの、僕の手元にはお金がありません。ということは、そもそも大量生産は無理です。売れ残って在庫を抱える事もできません。当時の僕の手元には、がやてっくというメディアを宣伝するために用意したキャラクターと大量に投稿していた記事しかありませんでした。
断っておきますと、僕はかなり負けず嫌いです。仮に駄目でも宣伝にはなると思いながらも、企画そのものを絶対に成功させ、完売するつもりでいました。
しかしまぁ、メディアを運営するのは初めてです。手探りだったので、なんのイメージも持っていませんでした。だから商品を作ると言っても、当時は全然思いつきませんでした。メディアとある程度関連がないといけないかもなぁとか考えて、色々と売るものを想像してみたのですが、全くイメージが湧かなかったのです。
そんなときに読んだ本が「革命のファンファーレ」と西野さんのオンラインサロンの記事でした。
革命のファンファーレは気持ちが落ちてるとき、元気をもらいたくて読み返す本なのですが、そこに書いてある事と、当時のサロン記事を読み、辿り着いたモノが「年賀状」だったんです。
年賀状をピックアップした理由はいくつかあります。
1時期が年末だった
原価があまりかからない
かさばらない
郵送費が安い
飾ったり保存したり出来る
そもそも、地元でハガキを売ってる人がいない
当時のがやてっくには少ないながらファンがいた
などです。
僕の目的は、がやてっくの宣伝です。となれば、多少無茶苦茶な販売企画を立てほうが面白い。オリジナルのはがきを高額で販売し、きちんと売れれば宣伝になる。もちろん、イメージを落とすわけにはいかないので、購入者には満足して貰えるものを用意する予定でいました。
バンドでデザインイメージは死ぬほどやったので、良いと思わせるデザインを構築することにはそこそこ自信がありました。
何十万は無理でも、何万かなら作れる。
そう思って、時期がドンピシャで意味が生み出しやすくて、要素が揃ってるハガキをチョイスしたわけです。
ハガキを高く売ろうとすれば話題になるし、それが本当に売れればさらに話題になる。今いるヘビーユーザーさんとも交流が図れるし、もっと仲良くなるキッカケを作れるはず。そう思いました。
あとはこちらが言い値を提示出来るように準備をするだけです。
ここで売上の確認をさせて頂きます。
僕が売ったのは合計14枚のオリジナルデザインが施されたハガキです。
①は完成した2種類のデザインが印刷されたハガキが各5枚
②は2種類の初校データを印刷したハガキが各2枚
です。
原価は18,420円で、売上が90,000円でした。
利益は90,000-18,420で71,580円です。
何よりも盛り上がったのはハガキの単価です。
①は1枚5,000円
②は1枚10,000円
です。
この価格を打ち出した時点で越谷市内でちょっとした話題になりました。
ハガキは①が完売した2週間後に②の販売をスタートすると決めていました。理由は、完売した①のハガキの写真を宣伝材料にして、②の販売をしたかったからです。
それに、宣伝時間は長いほうがいいですから、できるだけ引っ張ったろうという思いもあって、じっくりゆっくりハガキを販売するスケジュールをとっていました。当時、時間だけはたっぷりあったんです(笑)
ちなみに途中宣伝の一環として、欲しいという御要望を受けた方にのみ、がやてっくから年末のお礼状と年始のお年賀を電子でお届けさせて頂くという企画をやりました。
この企画も盛り上がって、ご応募頂いた方がSNSにそのハガキデータを投稿してくれました。
では、それぞれのハガキはどれくらいの期間で売れたのか?
今でもはっきり覚えているのですが、①は4日で②は2日で完売しました。
①のハガキ宣伝に1ヶ月かけ、①が4日で完売。①の完売と写真を2週間かけて宣伝し、②が2日で完売。
期間でいくと、1ヶ月半の間は良い宣伝をさせてもらい、しかもその中で売上まで作れたことになります。
ちなみに、大本命の宣伝はどうなったのか?
こちらもバッチリ効果がありました。
忘れもしません。
当時のがやてっくの月間PV数の平均は7.4万PVでした。それがハガキ販売という企画を宣伝した1ヶ月半で10.3万PVまで増えたのです。
今までがやてっくを知らなかった方、あるいは見ないようにしていた人たちががやてっくの行動に干渉せざるを得なくなったからこそ、PV数が伸びたのです。
ここまでのお話でおわかりかと思いますが、僕はただ「SNSを使ってハガキの認知度を上げる」「普及度を調節し、意味を付与する」「販売スケジュールを立て、その通りにこなす」「当時がやてっくを応援してくれていた人たちに特別ですよ!というアプローチを直接会ってする」という4つの事しかやっていません。
これらは全て、西野さんほビジネス書に書いてあったことをやっただけです。愚直に、言われたとおりにやってみたら、狙っていた結果を得ることができたという話です。
重要なのは、色をつけないことです。書いてあることを、書いてあるとおりにやるんです。自分なりのエッセンスを加えていたら、恐らく失敗していたと思います。
これが、僕が西野さんの本から学んで実践した成功体験の1つです。ちなみに、まだまだあります(笑)
僕、要所要所で色々と真似させてもらっていると思います。思い返すと、西野さんのビジネス書から引用した方法で失敗したことはないと思います。
もちろん、がやてっくを始める前にバンドでも似たような経験をしているので、始めやすかったというのもあるのかもしれませんが、基本的になぞって失敗することはないと思います。
ということで、年賀ハガキを販売した日についてリクエストをもらったので、詳細を思い出しながら書いてみました。まだまだ細部を話そうと思えば色々とあるんですが、大枠はこんな感じです。
これについては僕の話よりも、西野さんの話や文章の方が圧倒的に分かりやすい気がします(笑)
オンラインサロンやブログなどから、西野さんが現場から見た色々な情報にアクセスしてみてはいかがでしょうか?(笑)
▼西野亮廣エンタメ研究所
▼チムニータウンHP
▼夢と金
というわけで、本日はこの辺で失礼致します。
ここまで読んでくださりありがとうございました!
また明日の記事でお会いしましょう!
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