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蛙太郎
2024年5月19日 16:30
厚着明けは首周りが心許なくて、忘れ物の予感と似ていたから、振り返れば春だった。建設現場のフェンスから漏れ出すノスタルジア。愛しい轍は霞んでいく。スカーレットの鈍行列車。秘色の膝の裏。おやすみのベルガマスク。質量を失くしても背負い続けて、土踏まずを凹ませた。あれから何も出来ないままで、湿っぽくなった風が吹く。トーキョータワーのアンテナが、脳漿に放つ微弱な電流。目まぐるしいこの街で、立って
2023年10月31日 03:47
くよくよくよと鳴る言葉を、毎日いくつも飲み込んで、アセトアルデヒドは乱痴気。今日を終わるのが苦手みたい。直線道路を一人ゆく、あの人はまだ日傘を差している。叫んでしまえば簡単に世界は壊れる。そんな緊張感でコンクリートは地球に根を張る。冷ややかな輪郭に、触れようとは誰も思わない。遮る物は無くなって、日傘は吸い切れない光を浴びる。蟠りに覆われた都市、メランコリック・ワンダーランド。抜け穴
2023年7月8日 07:38
もしもし幸せを捨てちゃって、悲しみを拾ってきたような人。あなたが捨てた幸せを拾った、幸運な人もいるようです。感謝も同情もされないあなたが、ラブソングを口遊む時、太陽系第九惑星の、核で蠢くものがあります。もしもし四畳半の窪みに嵌って、5ミリの雨を聞いていた人。部屋の隅にはホコリと一緒に、アジアの戦塵が煌めきます。ゴミ捨ても支払いもこなすあなたが、白い目で見られるのであれば、私は紫
2023年6月15日 01:28
浮雲ひとつ さびしい片足が 空中に蹲る 破れた靴下みたく 今にも千切れそう死ぬ間際だけお前を もう忘れるから お前は死ぬ間際だけぼくを思い出してくれ浮雲ひとつ漂っているやがて一碧二匹
2023年5月2日 10:07
待ち合わせたランドマークにぬるい水たまりがあったらそれは私のつま先から溢れた歓喜のオアシスです。帰り着いた最寄駅のホームを一陣の風が通り過ぎたらそれは私のご機嫌な口笛が引き連れた鳥です。鳴らないはずの目覚まし時計が夢現の鼓膜を揺らしたならそれは私が目を遣った花が散る間際のお便りです。残された私には罪と涙があるだけです。それらを拾い集めたあなたに私は逢いたかったの
2023年2月13日 18:54
こんなに人がいる、こんなにも。誰の今日も、大きな目で見れば、何の意味もない。そんな目で見る必要はないけれど。でもだからこそ、せめてもっと、他人に優しくなれたらよかった。僕もあんたも。目を閉じれば忘れてしまうこと。開いた口は正義かもしれない。吐かれた思想は大抵間違ってる。そもそも正解なんてないよ。口無しだって受け容れてくれよ。大切なこと大切な人に伝えられたら死んだっていい。叶わないから僕たち
2022年11月29日 05:25
さよならの途中で土砂降りになって中断した夜は、万華鏡みたく変幻し、なにひとつ確かなものがない。首都高速に川が流れて、古都の桜を狂い咲かせた。あの道をまっすぐ行って、赤信号をそそくさ渡ったところに、かつて螺旋階段が聳えていた。一段飛ばしで駆け上がった。穴の空いた靴下を早く脱ぎたかった。極彩色のその靴下は、いつかの街の光をすべて内包していた。綻びから零れる光が眩しいうちに風に預けた。今その片足がタ
2021年9月4日 16:17
駅に降り立つ。甲斐性なしを宥める匂いが膜となってへばりつく。おかえりと鳴く湿風も気のせいなのに。歩道橋を駆け上がる。純然たる筋肉が己の所在を叫んでいる。導べを務めたランドセルも気のせいなのに。茂みをかき分ける。一度潜ったトンネルは跨いで越えねばならぬ。凱歌を唱えるリンリン虫も気のせいなのに。ただいまなどは気のせいだ。気のせいではない道程だ。いってきますの原動力は、さよ
2021年8月28日 17:31
晴天の休日にこそ、人けのない日陰を探す。文化ホールの裏道や、休業中の店先や。私は一人だけれども、漏れ聞こえてくる喧騒は幸福の鐘声で、それが独りを許すのだから。晴天の休日にこそ、知らない路地で立ち止まる。干上がった赤い灰皿や、公園近くの廃屋や。私は一人だけれども、坂の上に立つ陽炎は祝福の予感で、それが独りを満たすのだから。街は辛うじてのんびりしていて、私の帰属を曖昧にする。
2021年9月22日 00:01
熱狂の外側にいたい。傍観と干渉の狭間で、私の炎が保てる位置で。箱入り娘の私の炎、天色に燃える私の心。私の愛する映画を観ても「良かった」なんて言わないで欲しい。ブルーなハートのピエロなら「なるほどね」とだけ残して去るの。我が町にサーカス。夜更けのテントに、火の輪くぐりの虎を見た。秘密の興行、クライマックスは、天色に燃えさかる虎が、私の名前を叫んで散った。スタンディングオベーションだって、私だけな
2022年4月6日 21:02
早朝の3番線ホームは空に浮かんだ孤島みたいだ。しんとした空気に凍える指で、信号機の赤を長押しする。企みが失敗すれば始発電車がやってくる。世界の一時停止を願う天空の使者、もとい選ばれざる私は、こうして世界に一人だけのとき、昨日までより幸福である。連日の雨で早くも桜は靴底色に塗れてしまった。寒さに晒された分だけ力一杯咲く花を、理不尽に散らす雨などは、絶対悪だと言ってやる。青空だけがあればいいのに。膿
2022年7月24日 09:08
バス通りを走る風は下り坂。凪いだ日陰には、幼気なナイショ話がしんと佇む。取り出せるはずと信じたガラス玉。少ないほどにきらめくビー玉。透かして見たら歪む水平線。焼けたうなじに潮の移り香。黄昏は最もゆったり流れる時間。行き交う気怠い猫らは、ご自慢の尻尾で太陽をピカピカに磨いた帰り道。17時のチャイムが鳴ったら帰る。夕日に背中を押されて帰る。また明日ねって泥んこの手を振る。陽炎に紛れたか
2021年10月13日 23:54
冷めていく、なにもかも。サイフォンで淹れたコーヒーも、スクリーンに吸わせた興奮も、湿った髪で汗ばんだ腕も。猫舌だからと言い訳をして、冷ました愛を啜った者には、触れられなかった耳たぶ。気まぐれに焦がれようとも、冷めていく、ただ冷めていく。死んだら冷たくなるという。どうせ燃やすのに冷めていく。保ち続けた体温を、最期くらいは昂らせたっていいだろう?一つ命が果てた時、一世一代の大爆発を。骨まで木っ
2021年12月31日 00:51
楽しんだもん勝ちという言葉が辞書に載ることはありません。人生を取り巻くのは、規範と倫理と人、人。憂いに添って耐えている人を優しいと言うのだし、優しい人が大多数のここは憂いで溢れて当然でしょう。要らない優しさがあるのではなく、憂う理由がありすぎるのです。心理学で括っても掬いきれない思いがあります。生物学で括っても私とあなたは同時に眠りません。善意が裏目に出ることは相応しい勲章なのかもしれな